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リシェル特製の録画スタジオは、王都のど真ん中に無理やり差し込まれた異物だった。
瓦礫の山の上に、場違いなほど小ぎれいな床が広がる。半円状に並べられた照明から白い光が注がれていた。
天井はない。黒煙の空と、崩れかけた建物の影が見える。
複数のカメラが、音もなく空中を滑り、リシェルたちを囲んでいた。
ケーブルはどこにも繋がっていないのに、不思議とカメラは回っている。
中央には巨大スクリーンが鎮座し、クレスとシャドウの戦闘を映し出していた。
その手前のテーブルには、実況席と解説席が用意されている。
実況席に座っているのはリシェルだ。解説席に座っていたのは――。
*
「ふわふわさんだあ!」
枕ほどのサイズの白くフワッとした生き物に抱きつき、リシェルは頬ずりする。
「ペットにします! 今日からこの子はうちの子です!」
「王都に渦巻くふ力にあてられ、塵から再生したんだ。良かったね」
隣に座るアラン・スミスが、優しい微笑みを投げかけた。
リシェルがムッとした顔でアランを睨む。
「まーたそうやって、あたかも昔からお友達だったかのような顔で居座る。あなたはいつもそうです」
「解説席に座るのは、僕がふさわしい。選手交代さ。ゲイリー君も役割を終えたようだし」
「ゲイリーさんの役割?」
「……カイル君は本当に、仲間と作戦を共有しないな。君もちょっと変だよ。よくそれで、動画配信なんて意味わかんない役目引き受けたね」
「知る意味ないでしょ? 私、あの人ほど頭良くないですよ?」
「……割り切ってるなあ」
リシェルが軽く伸びをする。
「今のところ、あなたのシナリオ通りにお話は進んでいますか? 黒幕さん?」
「全然。僕が差し向けたのは、ムーと巨大戦艦まで。強敵エイリアンとのバトルを演出する計画だった……あの時までは、僕の掌の上だったのになぁ……ダークヒーローは完全に盤面をひっくり返した。ここから先は、僕も知らない」
アラン・スミスは顎をさすり、愉し気に目を細めている。
「……知らないって人の顔じゃないですよ。何を見据えてるんですか?」
「気のせいだよ、イレギュラーが多くて困ってばかりさ。ま、悪いことでもない。先が読めない展開は、エンターテイメントの一要素だ」
解説席から追いやられ、スタジオの隅で縮こまっていたゲイリーが、怯えた顔でアランに向き直る。
「なあ、アンタ、やけに物知り顔じゃないか……今何が起きてるのか、アンタにはわかるのか?」
「まあ、大体は観測してるよ?」
「なら教えてくれ! あれは何なんだ!?」
ゲイリーは大画面を指さした。
そこでは今も、クレス=ウォーカーと彼の鏡像が激闘を繰り広げている。
「皮肉だねえ。外ならぬ君が、アレが何者か知らないなんて」
「皮肉?」
「だって、シャドウは君が生み出した怪物じゃないか、ゲイリー君」
「俺が、生み出した?」
ゲイリーが頭を抱える。質問前より困惑しているようだ。
アラン・スミスが指を組む。
「ゲイリー君、君は怨霊を知ってるかな?」
「怨霊?」
「八王国が一つ、ノルディアが引き入れた侵略者さ。人間の恐怖心から生じる、ふ力と呼ばれる感情エネルギーが集約した怪物……でも、あの世界がもたらした災厄の本質は、侵入してきた妖怪たちより、流れ込んできたシステムにある」
「システム?」
「別世界と繋がったせいで、世界のルールが歪み始めているんだ」
「……意味わかんねえ。何だよ、世界のルールって!」
ゲイリーが頭をかきむしる。そろそろ発狂寸前らしい。
「はは、そうだね。もっと身近な話から始めよう。物理法則があるだろう? 物体はより高い場所から落ちた方が、地面との衝突速度が速くなるとか。光は水やガラスを通るとき屈折するとか。アタリマエの世界のルールさ」
「……それなら、知ってるが」
「今、物理法則に等しい、アタリマエの世界のルールが一つ追加されたと思ってくれ」
「……ルールの、追加?」
「人がお化けに恐怖すると、そのお化けは現実になる。それが新しく追加された、この世界の理さ」
「……そんな馬鹿な」
「その馬鹿を、ノルディアの輪が引き入れたんだ」
ゲイリーは画面越しに、クレスの姿をしたシャドウを見つめる。
「あれが、アンタの言う……実体を得たお化け……なのか?」
「ああ。そして彼が顕現したのは、ゲイリー君のおかげさ。君がクレス=ウォーカーの大虐殺にビビり散らしている顔は、リシェル嬢のデバイスで王国中のゾンビに共有された。ゾンビたちはみな君の恐怖に共感し、畏れの対象をクレス=ウォーカーの形に統一した」
アランは三本指を立てた。
「強い怨霊を生み出す条件は三つ。信じる人間が多い。その信仰心が深い。恐怖の対象のイメージが、信じる者の間で一致している。最後の一つを満たした立役者は、間違いなくゲイリー君だね」
リシェルが片手を上げ、「ハイ先生! 何でカイルさんはその役目、私に振らなかったんですか!?」と割り込んできた。
「君は論外。単騎で国一つ落とす魔王の皇子……視聴者から共感を得るには人外過ぎる」
リシェルは口を尖らせた。ふわふわさんを枕にしてテーブルに伏せ、横目で解説席を見やる。
「アランさんは、今の戦況をどう見ますか?」
「カイル君の意図は読める。怨霊とダークヒーローをぶつけ、ごちゃついた戦況で両者を狩る気だ」
「それ、上手くいきそうですか? 成功率何パーセントくらいですかね?」
アラン・スミスが指を組み、薄っすらと微笑んだ
「ゼロだよ」