「何もするな、ですって!?」
「そうだ、そのまま障壁を維持していろ」
オークが矢に射られ続ける中、ゼゲルは冷静だった。
アーカードの矢は何度でも回収、射出されるが、一度刺さった矢はそのままだ。
オークが盾になったことで、敵の矢は減っている。
この程度の被害で済んでいるのは、女神の障壁があるからだ。
一瞬でも障壁を解除すれば隙を突いて結界外の矢が殺到し、オークの群れはたちまち全滅するだろう。
再展開する余裕などない。
「オークたちよ! 今こそ義務を果たせ!!」
ゼゲルの怒号が、オークたちを打つ。
奴隷らしいびくびくとした恐れが、突き立つ矢よりも強く、オークに刺さった。
「よくぞここまで耐えた! 奴は悪しき奴隷商人の首魁だ! 奴を倒せば、勝利は目前!! お前達ならできる!!」
褒められた。
ただそれだけで、オークの総身に力が宿る。
降り注ぐ矢をものともせずに、オークの群れが奴隷部隊に突貫した。
「戦場で光るとは思っていたが、ここまでか」
奴隷魔法を用いず、信頼のみで構築された主従関係。
死を度外視して、主人に従う忠誠心をオークが持っていようとは。
「くっ、数が多い!」
ハガネの魔法剣が手首を落とすも、血に酔ったオークは残った腕で組み付いてくる。
「幸福は義務! 幸福は義務!」
意味不明な言葉を連呼しながら、襲い来るオークたち。
主の危機を察した奴隷兵がオークをひるませ、ハガネが後退するが、もう下がる場所がない。
円陣を組んだオークの猛攻を、奴隷部隊が押しとどめる。
この数だ。魔眼でオーク一匹支配したところで焼け石に水だろう。
「おい、アーカード! もう十分じゃろ! このまま全滅するのか!?」
距離はいい。
うまく引きつけている。
イリスの【其は願望の影】を使えば、オークを引きつけることなど容易い。
元々、粗暴なオークどもだ。性衝動を喚起されれば、自制の効かない獣のようにイリスを犯そうとするだろう。
その間にゼゲルを叩けば戦争は終わる。
イリスをみると、きょとんとしていた。
アーカードは考える。
イリスは脳が下半身に支配されているから、楽しい輪姦が始まるくらいに考えているのだろうが、血に酔った600ものオークに襲われて無事で済むわけがない。
体力が保っても、肉体が保たない。
つまり、死ぬ。
「なんじゃ、ガラにもない顔をして。最後にちゅーでもしてやろうか?」
「うるさい、薄汚い奴隷め。お前などオークに犯し殺されてしまえ。連続強姦殺人鬼にはお似合いの末路だ」
「死ぬぅ!? わしがか? 笑える冗談じゃのう! 戻ってきたら犯してやるから×××を長くして待っておれよ!」
「口の減らぬド変態ロリエルフが、返り討ちにしてやる」
いつもより少しだけ長く罵り合うと、アーカードはイリスを放り投げた。
「やれ、イリス」
「【其は願望の影】!!」
眩く輝く銀髪のエルフを、オークの瞳が追う。
あらゆる願望を体現し、願いそのものとなったイリスはまるで天使のように見えた。
「おい、みんな。どうした!?」
思想も自由もかなぐり捨てて、オークが殺到する。
対象をオークに絞っていなければ、アーカードやゼゲルも錯乱していただろう。
まるで撃ち落とした天使の羽をもぐかのようにドーム状になっていた。息は荒く、目は血走っている。
仲間を引きずり下ろし、脳天をたたき割るものまでいた。
争い、罵り合い、殺し合いを始めている。
「これが、願望か」
これではイリスが保つわけがない。
性行為以前の問題だ。
オークの体重に耐えきれず、いずれ圧死するだろう。
「いずれは、な」
「ひぃっ」
アーカードに睨まれ、ゼゲルが悲鳴を上げる。
全戦力を失ったのだ。もはや為す術はない。
「や、やめて。殺さないで」
ゼゲルの精神は幼児化しつつある。
度重なる不幸と絶望の連続に、自我が溶け出していた。
「終わりだゼゲル。オークを降伏させろ」
それでも、狂乱状態にあるオークを止めることができるのは主人であるゼゲルだけだ。
言葉は届かずとも、第二奴隷魔法で強制すれば止まる。
「それとも、今ここで殺されたいか?」
イリスに生きる目があるとすれば、早い段階でオークを止めた場合だけだ。
「安心しろ。オレはお前を何度も助けてきただろう? また助けてやる。だから第二奴隷魔法で、オークを止めるんだ」
ゼゲルが歯切れ悪くもぼそぼそと、何かを呟く。
苛立つアーカードの顔を見て、ひぃと鳴いた。
「そ、そそ、その。オークには奴隷刻印をつけてないんです」
「だ、だから、俺にも止められない」
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