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ワァ…
この部屋に入っていつも思うのは、変わっていない。ただそれだけだ。彼女がいなくなってからもう3年。美里は、前を向くことなく、暗がりの世界に生きていた。ここには、彼女の痕跡がいくつも残っている。もう使われていない歯ブラシ、中身がなくなってる芳香剤、魚のいない水槽——。これら全てが、3年もの間同じ場所に、ずっと置いてある。
「……シャワー浴びてくる。」
「うん。」
私は短く返事をし、また部屋の中を見回す。もう使わないでしょと言って、キーボードを取り上げた時の表情を、今でも忘れられない。その時から、私は彼女のものに触ることをやめた。私にとってはどうでも良いものでも、美里にとっては大切なもので、忘れられないものなんだ。だから動かさないし、動かせない。
シャワーの音が聞こえる。今日もブレスレットをつけたまま浴びているのだろうか。痛みやすくなるから外しなさい、なんてこと言えるわけない。私もこの部屋でシャワーを浴びることは多々ある。泊まることも、何度も。けれど、この部屋に馴染めることはない。ここは貴女の居場所じゃない、と、部屋自体が訴えかけてきている。ここは美里と彼女の居場所だ、と。
「……」
「あ、あがったんだ。」
美里は無言で頷き、ソファの上に無気力に座る。通ってきた場所には水が垂れており、またちゃんと体を拭かずに来たことが一目瞭然。これも、日課だったのだろう。彼女に体を拭いてもらい、頭を乾かしてもらう。私だったらそんなこと、したくないのに。彼女は、世話焼きが好きなタイプだった。
「美里、おいで。」
事前に準備しておいたタオルを広げて、誘う。美里はフラフラとした足取りでこちらへ向かってくる。今にも倒れそうで、見ていられない。近づき、抱きしめる。今日も、彼女の匂いがする。今日も同じシャンプーを使ったんだなぁ。隅々まで拭き、服を着せ、ソファに座らせ、ドライヤーで髪を乾かす。慣れた手つきで、今日も美里を世話していく。週に一回はこうやって世話しないと、彼女はどんどん腐っていってしまう。
「はい、終わったよ。」
無機質なドライヤーの音が消え、部屋にまた静寂が戻ってくる。
「私も、シャワー浴びてくるね。」
「…。」
彼女はぼーっと、壁に貼ってあるメモ紙を見ていた。10月16日、遊園地!と書かれている紙だ。彼女が書いた字で、その予定があったのだろう。
「……か。」
呟きを無視して、私はお風呂に向かう。
おいてあるボトルは4つ、彼女のものと、美里のもの。私のものは、ここにはない。一度置いていったのだが、次来た時には捨てられてしまっていた。私は美里のシャンプーとボディソープを使う。
・・・
シャワーを浴び終え、再びリビングに戻る。
「いない…。」
美里は寝室に移動していた。ふとキッチンの方を見てしまう。冷蔵庫には埋め尽くすほどの張り紙。美里が好きなオムライスの作り方、ハンバーグ、さらにはめんつゆの作り方まで——。
「最低だ、私。」
そう呟き、寝室に向かう。ドアは開きっぱなしで、音楽と、泣き声が聞こえる。彼女が演奏していた曲。それを垂れ流しにしながら、アルバムを捲る美里。
「彩花……」
美里は、彼女の名を口にしながら泣き続ける。
「美里。」
彼女と同じ髪型にして、優しく呼びかける。ゆっくりと美里のもとに向かい、ベッドに腰を預ける。
「おいで、美里。」
「……ん…。」
こんなものはまやかしだと、とっくに気づいているはずなのに。
「彩花……彩花!」
彼女に彩られた人生を、塗られた色を消せるはずもなく。
「好き……。大好き!あやかぁ!」
泣きながら、美里は叫ぶ。私は抵抗をせず押し倒され、美里に体を預ける。
——最低だ、私。
もう亡い彼女を、私の恋に使う。今だけは、美里の目が私を貫いてくれる。私の体を、弄んでくれる。例え呼ばれる名が違おうとも、私に向けられる目と愛情は本物だから。
ごめんね、彩花。こんな最低な私を、許して。
ありがとう、美里。こんな最低な私を、彩られた花だと思ってくれて。
最低だ。私は、最低だ。