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その頃オスルェンシスの実家では……──
「今頃シスは聞いてた現場に着いてる頃かしらねー。帰ってくるまでに掃除しておかなきゃ」
オスルェンシスの母が寝室の掃除をするべく入室。
客人を連れてくると連絡があった時から張り切っているという事を、娘はしっかり把握していた。というよりも、友達が出来たら連れてきなさいと言われ続け、今回の遠征の宿泊先として利用させてもらう事にしたのである。どうやら母は、かなりの世話好きのようだ。
娘の交友関係の妄想を楽しそうに呟きながら、のんびりと掃除を進めていこうとしたその時、
「あら、これって……」
ファナリア製のベッドの下に落ちているそれを見つけ、クスッと笑みを浮かべた。
「これ…きっとあのアリエッタちゃんって娘のものね~。こんな可愛いのをつけてるのね。ミューゼ達のセンスかしら~? 着替えてから見落としちゃったのね、もう仕方ないわねぇ~♪」
他に落ちている物が無いか見渡し、掃除用具を置いて一旦部屋を出ていった。
「これからの若い子は、こういう所にもオシャレをしていくのかしらね。いいわねー、おばさんも真似しちゃおうかしらー」
そう楽しそうに呟きながら、その三角の布を持って、洗濯場へと向かうのだった。
「洗ってからお姉さんの方に、ちゃんと返してあげた方がいいわね~」
保護者がいれば、保護者に説明して返すのは当然の事である。
(うー……転んだらダメ、抱っこされるのもマズイ。緊張のせいとはいえパンツ忘れるとか何やってんだろ……逃げたい……)
先日の事で混乱が残っていたアリエッタは、なんと朝の着替えの時に、うっかりパンツを脱いでしまい、慌て過ぎて着替えの手順を間違え、そのまま連れ出されてしまったのだった。
もちろん誰にも言ってない。そもそも伝える為の言葉を知らない。確実に伝えるには、スカートをたくし上げて直接見せるしかないという状況。
そんな開き直った度胸、冷静さを無くしたアリエッタにあるわけがないのだ。
(こんなのバレたら絶対怒られる! 嫌われるかもしれない……それだけは絶対に避けないと!)
残念ながら、帰れば絶対にバレるという事態に陥っている事など知る由も無く、このまま隠し通すと心に誓うのだった。
アリエッタのスカートは、ひざまでの長さである。加えてパニエも入っているので、普通にしていれば見られる事は無い。
(スカートを押さえすぎると怪しまれる。捲れた時だけ全力最速で押さえればいい。うん、恥じらいだから何もおかしくない。これでいこう)
こうして、羞恥にまみれたアリエッタの無駄な努力が今始まった。
「はいここ段差なのよー、おいでアリエッタ」
(って誓った先から、高く持ち上げないでえええ!)「だ、だいじょうぶぅ!」
いきなり誓いが破綻しそうになり、顔を真っ赤にしながら大慌て。ふわりと風を感じれば、下半身は涼しくなり、上半身は熱くなる。
すぐに地面に降ろされたアリエッタは、今度は絶対に持ち上げられないぞという意思を込め、パフィの腰をしっかりと掴んだ。
「あらあら♡ 怖いのよ? もっとくっついていいのよー」
そのお陰で良い気分になったパフィは、アリエッタの肩に手を添え、心底嬉しそうにゆっくりと歩くのだった。
影の岩場に色の灯りを当てる事で、段差を見分ける事が出来ると分かってからは、ミューゼも光る花を出して辺りを照らしている。そのお陰で、かなりの広さを見渡す事が出来るようになっている。
「……もしかしてもう山登ってる?」
「えーっと…あ、はいそうですね。ゆったりとした坂になっているので、もう山の中です」
「道理で少し疲れやすいと思ったわ。岩も少なくなってたし」
山はよほど急でない限り、そして大きい程、境界が曖昧である。
アリエッタも別の緊張のせいもあり、その顔に明らかな疲れが見てとれた。
ここで一旦休憩する事になり、オスルェンシスの影の中に放り込んでいたおやつを取り出す。
「影で一気に登りたいですねー」
「目撃情報は麓近くだし、影の中からじゃ見えないから、地道に歩くしかないわ。面倒だけどね」
影で移動しない理由は捜索の為である。影の外の事は、外に出ていないと結局見えない。それでは目的が果たせないのだ。
全員が楽な姿勢で休憩している中、アリエッタはスカートの中が絶対に見えないよう、工夫しながら座っている。
「どうしたのかしら?」
「妙に緊張してますよね?」
様子がおかしい事に気付いた大人達が、アリエッタの事を気に掛けるも、流石にスカートの中を確認しようという考えは出てこない。情報が無いのにそんな事を言えば、ただの変態行為である。
「大丈夫? トイレ?」
「!? ととっといれ! だいじょぶ!」(今はまずい! 1人で行かないと絶対はいてないのバレる!)
「めっちゃ驚いてる……」
結局、アリエッタが見せる新しい挙動に関しては、まだミューゼへの恥ずかしさが残っているという事で落ち着くのだった。
しばらくまったりと休憩していたところに、突然それは現れた。
「さーてそろそろ──」
「何者だ?」
男の低い声が聞こえてくる。
「あーっ! アリエッタ、今のうちにトイレしないと」
「ふええっ!? だいじょうぶ! だいじょぶ!」
「大丈夫じゃないのー。ほら、一緒にいこうねー」
(やばいやばいやばいやばい!)
「……おい」
「おっと、ゴミ回収しますねー」
「うん、ありがと」
しかし、ミューゼ達は出発準備でそれどころではなかった。
「おい貴様ら」
「ん? テリア何か言ったのよ?」
「ん-にゃ。どうしたの?」
誰にも気づいてもらえない事で、その声の主はとうとう叫び出した。
「いい加減にしろ貴様ら! この俺を無視するとは良い度胸だな!」
『えっ』
上から聞こえたその怒号には、流石に気づいた一同。何事かと全員上を見上げる。
白い空には、黒いマントに身を包んだ1人の男が立っていた。黒髪と黒髭の渋い中年男性である。
男はようやく気付いたかと言いたげに、冷たい視線でミューゼ達を見下ろし、姿勢を正した。
そんな威圧感抜群の男に見られ、最初に声を上げて反応したのは、ネフテリアだった。
「キャー覗きー!!」
「んなっ!?」
「うわ本当だ! どっかいけ変態!」
野外で女性集団が用を足そうと動き出す所に不意に現れれば、こんな反応をされるのも無理は無いかもしれない。
しかし叫んだネフテリアはいたって冷静である。今のは、これから離れようとしたパフィとアリエッタの身を守る為に、率先して覗きを知らせ、あわよくば撃退しようとしただけに過ぎない。
(お、なるほどーこれはラッキーだわ)
2人を覗かせない為に立ちはだかって男を観察した事で、ある事に気がついた。
「シス、あのオジサマがわたくし達の目的よ」
「! 承知」
男のマントごしに、丁度山のシルエットと空の境界が見えているのを、ネフテリアは見逃さなかった。背景が単色では、例え透けていても違いに気付けないのだ。相手が浮かんでいた為、運よく発見する事が出来たのである。
そんな冷静な2人の後ろでは、大慌てなアリエッタを宥めようと、ミューゼとパフィが頑張っている。
「アリエッタ、大丈夫なのよ。覗きはやっつけてあげるのよ」
「ほら、一緒に隠れよ? 良い子だからねー」
「ふええ……」
2人は完全に、男を覗き魔と認識した。
「おのれ…この俺を誰だと思っている」
イラついている男の呟きは、しっかりとネフテリアにも聞こえている。
少し考えたネフテリアは、アワアワするアリエッタをチラ見し、そして男に向き直る。
「幼女のトイレを覗こうとする変態おじさんかな」
「きっ…貴様ああああああ!!」
「声をかけるにしても、タイミング悪すぎですよね」
激昂する男に対し、オスルェンシスも呆れたように言い放つ。
知らない男の尊厳は、恐るべき間の悪さだけで、思いっきり崩れていた。拳を握って悔しそうにワナワナと震えている。
「貴様ら…この俺を魔王ギアンと知っての狼藉かぁっ!」
『!?』
悔しさのあまり、とうとう名乗った男。その名に反応を示したのは、ネフテリアとミューゼのみ。
「……マオーギアンってなんなのよ?」
「さあ……ネフテリア様はご存知ですか?」
リージョンの文化の違いから、『魔王』という単語すら知らないパフィとオスルェンシス。何言ってるか分からないアリエッタは、反応のしようが無い。
「この期に及んで、まだ俺を馬鹿にしておるのか?」
「……なんだかラッチみたいな口調なのよ。痛々しい人なのよ」
「ちょっとパフィ、一旦黙ろうか?」
率直な意見を述べるパフィを、慌ててミューゼが止めた。
ネフテリアは苦笑いしながら、今の状況を説明するべく、魔王ギアンに向かって話しかける。
「あー……ちょっと待っててくださいねー。今から『魔王』が何なのか教えておくんでー」
「おい……」
納得のいかない魔王を無視して、そのまま説明を始めてしまった。
(あっ! 今のうちに1人で済ませておけば、パンツ無いのバレないな! 急げー)