日曜日のうちに、三岡先生は私をここから出してくれる手筈を整えてくれた。
実は……宝くじがビギナーズラックで300万円当たっていたので、誰も知らない土地で一人で生活を始められるかと思い、事務所を辞めると先生に連絡したのだ。
だけど、先生は私の異変を察知し
‘相談は無料です。守秘義務は守ります。事務所よりこの電話が話しやすいと思いませんか?誰にも気づかれず、泣きわめいても怒声を上げても構わない。順序だてる必要もない。辞めると言う前に吐き出しなさい’
先生は私の話を聞くだけでなく、絶妙な相づちと短い声かけの繰り返しで詳細まで……見事に聞き出してしまった。
‘佐藤さんがここから離れることには賛成です。佐藤さん自身の心身を守るためにその方がいい。私に任せてみませんか?そうですね……月1万円で佐藤さんの代理人を引き受けます’
あり得ない金額だ。
法律相談だけでも、30分5000円というのが妥当なところ。
プロとして知識を売るのだから当たり前。
それを月1万円?
‘いいですね?契約成立です。2時間待って下さい。その間に、スーツケースにでも段ボール箱にでもいい。身の回りの物をつめておいて下さい’
何がなんだかわからないまま……でも先生は信頼できる方だ。
裏切ったり欺いたりする友達ではない、プロフェッショナルな仕事人だと最後の望みを掛け、一番大きなスーツケースと段ボールひとつに着替え等を入れた。
きっちり2時間後に先生から電話があり
詳細は万が一漏らしてはいけないから言わないけれど、明日ここを出る手筈を整えたこと。
近所の目があるからいつも通り出勤してから、その後先生が新天地に送ってくれること。
荷造りしたものは、先生がすぐに送ってくれること。
居場所等を聞き出してしまわれるかもしれないから、親兄弟にも代理人として先生から連絡してもらうこと……
を丁寧に教えてもらった。
そして事務所では……皆さんに、急に辞めて申し訳ないと挨拶したが、先生が何も心配はないとにこやかに言って下さる。
「弁護士は人それぞれの人生に寄り添う仕事ですから、ここの皆は理解してくれますよ」
颯ちゃんたちにも申し訳ないと思いながら、三岡先生と向かった先は、都内の弁護士事務所だった。
「都内に兄が住んでいますけど……」
「この人ごみで簡単には会いませんよ。会っても大きな問題のある相手ではないでしょ?」
「はい……」
ここ‘北川法律事務所’の北川先生は、三岡先生と法科の同級生らしい。
「待ってたよ。佐藤さん、北川です。よろしく」
挨拶する間もないくらいすぐに、コロンと丸い手を差し出され……握手するとブンブンと振られて驚いた。
声のトーンも明るい北川先生は、私と三岡先生に徒歩数分のマンションの説明をしてくれる。
北川先生が顧問弁護士を努める不動産会社の、単身者向けマンションの賃貸契約を今日、今からすると言う。
昨日のうちに話はついているので、今朝一番にクリーニングは入っており、今日はサインするだけ。
保証人は北川先生だそうだ。
コメント
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三岡先生ありがとうございます😭ほんのわずかな変化を察知されるとはご職業柄とはいえ凄いです。 でもまさか宝くじ当たっていたとは…😳 新天地で心機一転!前を向いていこう✨北川先生のお力添えいただきながら☺️