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⚠︎死ネタあり(すみません!他の話に記載してませんでした!)
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「まちこ!まちこ!」
妖怪の体は、死ねば時間経過で跡形もなく消えていく。人間よりも野生に近く、土に還るのが早いのだ。徐々に形を失っていく牛鬼を背に、皆は集まっていた。
その中心には1匹の猫又が。
「まちこり死なないで!」
「まちこさん、俺薬草取ってくるから!」
「キャメ、俺も行く!」
傷だらけで血を流し続けるまちこりーたを18号が抱き、皆でその名を呼ぶ。
「あ、はは。皆、落ち着いて⋯⋯キャメさん、せんせーも、行かないで」
小さく、掠れた声でまちこりーたは言う。動き出そうとしていた彼らは「でも!」と飛び出そうとするが、まちこりーたはゆるりと首を振った。
「なんで⋯なんで治らないの⋯!!」
18号が叫ぶ。彼女の手から放たれる淡い光がまちこりーたを包んでいるが、彼女に変化はない。
「いくらじゅうはちの治癒でも、死は逃れられないんだよ」
優しく、諭すように渡されたまちこりーたの言葉に、その場にいた誰もが息を飲む。まちこりーたは身体を少し動かし、ぽんと変化する。
「いっ⋯」
動いたことでずきりと痛む傷に顔を顰めたまちこりーたに、皆が思わず近寄る。
「まちこ、無理すんな」
「んーん、こっちの方が、皆が近いから⋯」
18号がまちこりーたの頭を膝に乗せ、横たわらせると、まちこりーたは「特等席だ」と小さく笑う。
ぐっと、込み上げる悲しみに、皆は奥歯を噛み締める。仲間の死に目に笑っていられる程、彼らは慣れていなかったし、受け入れることができなかった。
「⋯ね、皆、近くに座って欲しいな」
少し甘えたように言われた言葉に皆は素直に従う。まちこりーたを囲むように全員が彼女の視界の中に入ると、彼女は嬉しそうに笑った。皆の背後に広がる満点の空は、今まで見た空の中で一番綺麗だった。
「⋯あのね、私の名前ってね」
「ああ」
優しく、しろが頷く。
「ずぅっと昔、それこそ数百年も前に、私の飼い主が付けてくれたの」
「まちこりーたって?」
キャメロンが暖かく相槌を打つ。
「うん。捨てられて、木の下でずっと助けをまってた」
まちこりーたの脳裏に今までの記憶が緩やかに流れてくる。その最初の記憶。忘れもしない、あの時を、歌うように彼女は紡ぐ。
「待ってた子、だから、まちこ。そこに変な語尾つけて、まちこりーた。安直で、変で、笑っちゃうけど、それでも大好きな名前なんだ」
「っ、⋯ああ。良い名前だよ」
涙が零れそうになるのを必死に堪えて、ニキは笑う。それにまた嬉しそうに「でしょ?」とまちこりーたは笑う。
「⋯わたしは、強くもないし、ただ逃げるしかなくて⋯でも、待つことは得意だから、守りたいって思ったんだ」
ああ、だからか。18号はすとんと腑に落ちる。彼女がどうして頑なに外出をしないのか。”待つこと”それが彼女にとって、一番”できること”だった。皆の役に立てることだった。
「みて、おうち、守れたでしょ?」
「うん。うん。傷一つないよ。ありがとう、まちこ。私たちの家を守ってくれて」
幼さを感じさせる得意気な笑みを見せるまちこりーたに、18号は柔らかく微笑む。その瞳に張る水の膜は今にも決壊してしまいそうだった。
「最初の飼い主が亡くなる時にね。いってたんだ。いつか、お前にも仲間が現れるよって。だから、待って、待って、ずっと待って⋯⋯諦めかけてた時に、ニキニキに、せんせーに、りいちょに、キャメさんに、じゅうはちに、あえた」
「⋯うん」
りいちょが、聞こえないくらいの小さな声で頷いた。それに小さく笑って、まちこりーたは言葉を続ける。
「まってたかい、あったなー」
まちこりーたは鉛より重く感じる己の右腕を力を振り絞って上げる。それをしろが支え、皆がそこに手を重ねる。暖かい、大好きなぬくもりに、
「⋯でもね、ほんとにちょっとだけ⋯⋯わたしもみんなといっしょに、外に行きたかったんだ」
舌っ足らずな喋り方で、囁くように、まちこりーたはそう言った。それは、ずっと帰りを待っていた彼女が、外に出たいと初めて言った瞬間だった。
「っ、⋯行こう、一緒に。今度は皆で」
鼻声で、それでも真っ直ぐに見つめながら、ニキがまちこりーたの手を強く握る。
「俺の髑髏に乗れば、一瞬で海までだって行けるんだぞ?まちこ。景色も良いし、一緒に見よう」
しろが震える声で、けれど優しく言う。
「珍しい魚とか、いっぱい食べに行こう。まちこさん」
キャメロンがにこりと微笑む。
「俺、まちこりと見たいものいっぱいある。変な動物とか、変な形の崖とか、それ見て、一緒にばか笑いしようよ、まちこり」
ぽろぽろと涙を零しながら、りいちょは縋るようにまちこりーたの手を握る。
「簪に、着物に、甘味に、紅に白粉、全部全部見に行こうよ。私ずっと、まちことお出かけしたかったんだ。まちことならなんでも楽しいんだから」
美しく、柔らかく、少女のように微笑む18号は、空いた手でさらりと親友の髪を撫でる。
「そっかぁ⋯⋯たのしみだなぁ⋯」
皆からの言葉に、まちこりーたは心の底から嬉しそうに微笑んだ。
徐々にまちこりーたの視界がぼやけていく。けれど、彼らの派手な色彩はそんな世界でも鮮やかで、それに安心する。
「みんな、であってくれて、ありがとう。だいすきだよ」
もう自分の声が相手に届いてるかもわからなかった。それでも、これだけは伝えたいとまちこりーたは必死に口を動かして音を紡いだ。
そして、花が咲くように柔らかく微笑んで、彼女は重いまぶたをゆっくりと下ろした。
「ありがとう、まちこ。また殴り合いしような」
ニキが涙を流しながら、笑顔を贈る。
「愛してるぜ、まちこ」
少しおちゃらけたように、けれどやはり涙を零し、しろもくしゃりと笑みを浮かべる。
「まちこりと馬鹿やるの、めちゃくちゃ楽しかったよ」
瞳から涙を散らし、りいちょが元気よく明るい笑顔で言葉を贈る。
「まちことの思い出は全部唯一無二だよ。おやすみ、まちこ」
母のように暖かく、親友として溌剌に、18号は愛しい彼女の額に唇を落とす。
「まちこさん、また会える日を楽しみにしてるよ。今は、ゆっくり休んで」
穏やかで頼れる笑みを称えて、キャメロンは労いの言葉をかける。
全員の言葉を聞き終えるのを待っていたかのように、キャメロンが言葉を贈ると、まちこりーたの身体は徐々に徐々に、空気に溶けて消えていく。
皆はただ黙ってその全てを見つめていた。
どれだけ時間が経っただろうか、下を向く皆を、朝日が照らした。
それに驚いて皆が顔を上げた瞬間、ふわりと柔らかな風が彼らを包んだ。
そこに残る暖かな匂いは、ぬくもりは、柔らかさは、彼女のものだ。
──いつまで下向いてんの!
そう、鼓舞された気がした。
誰もが黙って目を強く擦り、涙を止めた。泣いてばかりでは彼女に笑われてしまう。
「みんな、行こう」
ニキの号令で、皆は立ち上がり、そして家の中へと入って行った。また彼女に出会うため、これからを生きるため、もう振り返ることはなかった。
柔らかな朝日だけが、その全てを暖かく見守っていた。