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二人が帰り着いた神の森には、子どもの声があふれていた。
ドルジェ子爵家からの多額の寄付金が効いたのか、ターラと神様が留守にしていた2年の間に建て増しされた孤児院は、もともとの祈りの間の数倍も大きかった。
「おかえりなさい!」
「神様でしょ、僕、知ってるよ!」
「違うよ、男神さまと女神さまなんだよ!」
祈りの間と神の森の間にある緩衝地帯の草原がいい遊び場になっているようで、ターラたちが戻ってきたときはちょうど、大勢の子どもたちが飛び跳ねるように走り回っていた。
現れたターラと神様の姿に興奮した子どもたちは、あっという間に二人を取り囲む。
陽光を反射したキラキラの瞳で見上げられて、ターラはくすぐったい思いがした。
それと同時に、こんなにも孤児がいることに、まだまだ頑張らなくてはいけないと気合いが入った。
「あらあら、ターラさま、お戻りでしたか。神様も、お疲れ様でした」
そこへ神殿長が、孤児院から手を振りながら出てくる。
ターラは久しぶりに見た元気そうな神殿長へ、長旅の間のお礼を伝える。
「神殿長、神の森の管理をありがとうございます。おかげさまで、無事に旅を終えることが出来ました」
神殿長が二人の側まで来ると、それまで取り囲んでいた子どもたちは散らばり、また歓声を上げて遊びだした。
それを微笑ましく眺める神殿長に、ターラは気になったことを聞く。
「こんなにも孤児がいるのに驚きました。貧困による口減らしの習慣は、まだ残っているのですね」
「誤解ですよ、ターラさま。お二人が旅に出られてからは豊作・豊漁続きで、食べ物に困っている平民はほぼいません。ここにいる子どもたちは主に、学習の会に来ている子どもたちなんです。確かに孤児もいますが、それは親を病気や事故等の理由で亡くした、数人のみです」
大きな孤児院を建てたものの、思っていたよりも孤児が少なかったため、神殿の講堂で行っていた学習の会を、こちらでするようになったのだそうだ。
数人の孤児たちも、学習の会で多くの友だちが出来て、表情が明るくなったとか。
神殿長の話を聞いて、ターラはホッとした。
「一生懸命に文字を教わっている子どもたちですが、遊びたい盛りでもあるので、こうして息抜きの時間を作るようにしたのです。このあと、おやつの時間を挟んで、また勉強をするんですよ」
ターラは学習の会も孤児院も、うまく回っているようで安心した。
発案者はターラでも、運営していくのは神殿だ。
大変な部分ばかり押し付けてしまったのではないかと、気になっていた。
「私にも出来る部分は、お手伝いさせてください。これからしばらくは、神の森で過ごす予定なのです」
「それなら是非とも布絵のモデルになってもらいたいですね! なんでも支部では新婚夫婦のハネムーンのようだったと聞きましたよ! 私も、抱き上げられたターラさまを見てみたくて!」
神殿長のパッチワークの布絵にかける熱意は、相変わらずだった。
恥ずかしそうに笑ったターラを、神様が無言でガバっと抱き上げた。
「あっ! ガ、……神様!」
驚いて神様の名前を呼びそうになるターラ。
ターラを腕の中に囲えて満足そうな神様。
頬を染めるターラに口づけようとする神様を、神殿長はしっかり脳内に記憶するべく、目を見開いて凝視している。
子どもたちの声を空に届けるかのように、夏の風が草原に吹く。
幸せな一頁が、綴られようとしていた。
◇◆◇
「ターラ、子どもは好きか?」
神の森の入り口まで送ってくれた子どもたちとは、先ほど別れたばかりだ。
ターラと神様の姿が、森の奥に入って見えなくなるまで、ブンブンと手を振ってくれた。
その光景を思い出して微笑み、歩きながらターラは答える。
「可愛いですよね。元気な子どもを見ているだけで、こちらも元気になります」
「私とターラの間にも、子どもが出来る。欲しいか?」
「え……!?」
にこにこしてターラを見ている神様に、もしかしてこれが「神の森に着いたら話す」という話だろうかと思い当たる。
「それが神様の、新しい能力なのですか?」
「そうだ。夫婦神の次の段階の能力らしい」
若干、えっへんと胸を張っているように見える神様が可愛い。
子ども好きのターラは、この能力を間違いなく喜んでくれる、と分かっているのだろう。
もちろん、ターラは嬉しくて仕方がない。
「私、神殿に仕えると決めたときに、結婚を諦めました。だから、神様と夫婦になれただけでも嬉しかったのに……もっと嬉しい出来事があるなんて」
瞳を潤ませるターラを、いつものように神様が腕の中に囲う。
「嬉し涙を流すターラは、キレイだ。私の魂まで洗われて、キレイになる」
「神様の魂は、もともとキレイですよ」
「もっとターラ色に染まりたい」
ぎゅうと抱きしめてくる神様に、ターラの顔が真っ赤になる。
人を嫌っていた神様が、神様のために祈るターラに関心を引かれたことで始まった関係が、また一歩進もうとしている。
奇跡のような今に、ターラは感謝をする。
「神様、私、幸せです」
「それは良かった。……それで、相談がある。ターラは人の子どもの作り方を、知っているか?」
「……え?」
シャンティから一度説明されたそうだが、いい加減に聞いていたので、今ひとつ理解をしていないと宣う神様に、パクパクと口を開いたり閉じたり繰り返すしかないターラだった。
◇◆◇
「ほお、これがターラお姉さまのご夫君ですか。初めまして、弟のビクラム・ドルジェと申します」
困ったターラが頼れる相手は、弟のビクラムしかいない。
男性向けの閨の指南書を送って欲しいと、恥を忍んで頼んだターラの手紙に、返ってきたのは本ではなく本人だった。
そろそろドルジェ子爵家の当主の座を息子に譲ろうとしている六十路間近のビクラムは、艶やかだった金髪が白くなり、顔には深いシワも刻まれていたが、若い頃は美男子だったとうかがえる顔だちをしている。
祈りの間の一室を貸してもらい、そこで顔合わせをしたビクラムと神様だったが、ターラの夫となった神様を見極めてやろうと険しい顔で現れたビクラムに、最初から二人を取り巻く空気は重い。
対する神様も、決して負けてはいない。
「知っている。ターラの話に、よく登場していた。何歳までおねしょをしていたんだったか?」
すっとぼけるようにターラに聞いてくる神様に、剣呑だったビクラムのまとう雰囲気がさらに荒んだ。
「ターラお姉さま、今からでも遅くはありません。結婚相手はよく選んだほうがいいですよ」
「もう遅い。ターラと私は、お前が持っているその本で、これから子作りをするのだからな」
神様の言い分は、若干、子どもっぽくて情けない。
子作りの知識が無いことは、すでにビクラムに知られているため、開き直っているのだろう。
そしてビクラムの手には、ターラがお願いしていた男性向けの閨の指南書らしき紙包みがあった。
「これを渡すかどうかは、私が決めます。あなたがターラお姉さまに相応しくなければ、持ち帰りますよ」
「そうなれば大変なのはターラだ。何しろ、なけなしの子作りの知識を、私に手取り足取り説明する羽目になるのだぞ」
それを聞いて、悔しそうにビクラムの口が曲がる。
完全に子ども同士の喧嘩になってしまっている展開に、ターラは止めるべきだと判断した。
「神様もビクラムも、落ち着いてください。仲違いする必要がどこにあるんですか? 二人は義兄弟なのですよ」
ターラの使った義兄弟という言葉に、神様とビクラムは揃って嫌そうな顔をした。
それがあまりにも同じタイミングだったので、ターラだけがくすりと笑ってしまった。