9 夏の暑さ
「秘書」に立候補した私は時々、先生の手伝いをしてた。
約束した”ご褒美”は月に1回ぐらいだろうか。
忘れた頃に「カフェオレもあるけどやっぱミルクティー?」とか言われて思い出す。
サイダーとかオレンジジュースとかが出てきたこともあるけど
先生からの私の印象、頭の中に残してもらいたいから、いつもミルクティーにしてた。
なんというか、いくつか選択肢があってもそこには必ずミルクティーがあった。
先生は私の好きな飲み物はミルクティーだと思ってるのか。
それでもいいけど。
「いつも、ミルクティーで飽きねぇの?」
『飽きませんよ』
『じゃあ先生は、ビール飲んでて飽きますか?』
「ふふっ、飽きねぇな」
『それと同じです。』
蝉の声が聞こえてくる。
うるさい。とかいつもは思うのに、今日は何故か思わない。
『先生、夏は好きですか?』
「夏…は好きでも嫌いでもないな。」
『どの季節が好きですか?』
「んー、いつだろう。姫野は?」
『んー、いつだろう。』
「ふふっ真似すんなよ」
私は先生と出逢えた、春が好きです。
でも、先生と過ごす季節は全部幸せ、でした。
・
夏休みに入る前の放課後。
忘れてた数学の宿題を誰もいない教室で終わらせて、数学準備室に居る深澤先生に提出して
通らなくてもいい国語準備室の前を通り過ぎる時、
ドアが勢いよくガラガラって開いて
「ごめんなさい!失礼しました…!」
中から私と同じ学年の女の子が出てきた。
ビックリして『うわっ!』って声を出してしまってその子がこっちを向く。
彼女の目は真っ赤に潤んで、頬には何本かの涙のあと。
私が驚いた顔を見せないでいたら、彼女は走っていった。
準備室のドアが空きっぱなし。
この中に先生がいるかは分からない。
ほかの先生がいることだってあるし。
だからこの部屋は、渡辺先生だけの部屋じゃない。
だけど、今はきっと渡辺先生は一人でいるんだなって思った。
そして、何故か胸が苦しくなった。
ちょっと重く感じる足を前に出して開けっ放しのドアの前に立った。
その部屋の中には、腕と足を組んで斜め下を向く先生の横顔があった。
『先生…?』
私が名前を呼ぶと先生はフと顔を上げた。
「おう、姫野、どうした?」
『…入っていいですか?』
「なんだよ、いつもはズカズカ入ってくるくせに」
フハッて笑う先生は「暑いなぁー」って呟いた。
『暑いけど、この部屋は涼しいですよ?』
「あー、ドア開けっ放しだからか。」
そう言って先生はドアを閉めた。
「でー?何か用ですか?」
ちょっと首を傾げた先生に
『泣いてました…』
そう言うと
「主語を使え」
って呆れたように笑われた。
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