部活入部の歓迎会を終えた私は複雑な思いを抱きながら帰宅した。
まさかただの歓迎会で世界の命運をかけた話を聞かされるとは思わず、私はただただ机の前で頭を抱えていた。
せっかく雷電丸から身体の支配権を取り戻したというのに今日も夏場所の録画を見る気にすらならず、私はただ苦悩するより他は無かった。
そんな私の様子に気付いてか、雷電丸が声をかけて来る。
『食事から帰って来てからずっとそんな調子じゃの。何をそんなに悩んでおるのじゃ?』
「普通の女子高校生がいきなり世界の命運を背負わされたのよ。そりゃ悩みもするでしょうよ」
『命を賭して戦うのは双葉じゃのうてワシじゃから問題はなかろう?』
「これは、私の、身体なの! 万が一があったら、私も死んじゃうってことなのよ⁉」
近頃私も忘れがちなのだが、この身体は私のもの。雷電丸が命をかけて戦うにしても、傷つくのは私の身体なのだ。
雷電丸の強さは理解しているつもりだが、それはあくまで競技内でのこと。命がけの戦いとなると話は別だ。
『あー、そう言えばそうじゃの。じゃが、気にするな。お前は死なぬからの』
「何で断言出来るの?」
『ワシにも色々と事情があるんじゃよ。とにかく、お前の身の安全だけは保障してやるから、そんなに不安がるではない』
確かに雷電丸は破天荒で人の話を聞かないやつだけれども、嘘だけは言ったことはなかった。その点だけは信用できるのだけれども、事が事だけに楽観は出来ないわ。
「まぁ、乗りかかった船だし。あんな話を聞いた後じゃ断ることもできないわね。木場先生の言っていることが本当ならば、だけれども」
今でも木場先生の話を全て頭から信じることは出来ていない。疑う理由もないけれども、あまりにも現実離れし過ぎた話だった。
国譲りの儀で敗北すれば街が滅びるなどと言われたって実感など湧こう筈もない。
昨日までは非現実的な生活などまだまだぬるま湯であったことを私は思い知らされた。
『全て真実じゃよ。国譲りの儀が失敗すれば、この街は滅ぶ。その時はお前もワシも、ご家族も同じ運命を辿ることになるじゃろう』
「逃げることは出来ないのかしら?」
『無理じゃの。この街の住人の魂はこの土地と深く結びついておる。何処に逃れようとも、死神は地の果てまで追いかけてくるじゃろう。それに、例え他の土地に逃げることが出来たとしても、国譲りの儀はこの国の全ての土地で行われている。結局、新たな脅威が目の前に現れるだけで逃げることは出来ぬじゃろうな』
「そこなのよね。結局、逃げることが出来ないと判断したから私も了承したのだけれども。それに、雷電丸以上に適任者がいないことも確かなのよ。でも、あの話は本当なのかしら……?」
『東京の話のことかの? ワシの前世では江戸と呼ばれておったが』
木場先生に聞かされた話はあまりにも衝撃的な内容だった。
国譲りの儀に敗北した街は悪神に全てを奪われるという。
「国譲りの儀に失敗した土地は悪神に全てを奪われ、その存在ごと人々の記憶から消え去ってしまう。そして、去年、この国の首都である『東京』とかいう都市が全て悪神に奪われてしまった、なんて、それだけは流石に頭から信じることは出来ないわ」
かつては私たちも『東京』という都市を認識していた。でも、ある日、突然その記憶がなくなってしまったと言われても、流石に鵜呑みにすることは出来ないのだ。
「雷電丸も前世では国譲りの儀を経験したと言っていたわよね。昔はどんな感じだったの?」
『どんなも何も、普通じゃよ』
「普通って?」
『命を賭しての大戦の日々じゃった。中には勝負に敗れ、穢れに頭から食われた力士もおったよ』
その凄惨な光景を想像してしまい、双葉は吐き気をもよおす。きっと私の顔は青ざめていることだろう。
「それで、国譲りの儀はどうだったの!?」
『一度たりともワシらが敗北したことはなかったぞ。地方巡業でも死者は出ても奪われた土地は一つもなかった。じゃから、ワシも東京の話を聞いた時は驚いたぞ。悪神に敗北するなど、何と現代の力士は惰弱なのかとな。本当に嘆かわしい話じゃ』
「あ、そっちか……。でも、雷電丸、貴方は大丈夫だったの?」
『ワシが相撲で負けるワケがなかろう? ワシってば生涯無敗の大横綱だったんじゃしの』ガハハハハ! と高らかに笑う。
「違うわ。そうじゃなくって、毎日命を賭して戦い続けて来て、貴方の心は大丈夫だったの、という意味よ」
すると、雷電丸は少し驚いたかのように少し間を置いてから意外そうな声を上げた。
『ほう。双葉よ、ワシを心配してくれるのかの?』
「当たり前じゃない。友達なんだし。変なことを言うのね」
『いや、それは済まん。少し驚いたものでな』
「私が貴方を心配するのが驚くことなの? ちょっと酷くない?」
雷電丸がかけがえのない友人であることは間違いない。それを心配するのは当然のことだ。もしかして雷電丸ってば、私を血も涙もない人間だとでも思っているのかしら?
『そうではない。ワシはこんなんじゃから、今まで誰かに心配されたことがなかったのでの。少々面食らっただけじゃよ』
雷電丸は少し照れ臭そうにして『ありがとうな、双葉よ』と嬉しそうに呟いた。
「そこ、私のことを本当に友達だと思ってくれているのならお礼は言わないで。その代わり、私も貴方に何かしてもらっても、いちいち御礼は言わないわ。だって、私たちは文字通り心と心で繋がっている親友同士なのだから、ね?」
それは雷電丸の受け売りの言葉だ。かつて彼が静川さんに言っていたそのままの言葉だ。あの時の言葉が頭から離れず、いつか雷電丸にも言ってやろうとタイミングを見計らっていたのだ。
『ああ、確かにそうじゃ。ワシが間違っておったよ。ならば、儂は二度と双葉に礼は言わん」
「ええ、そうしてね」
雷電丸の微笑む姿が頭に浮かんだ。
自然と私の顔も緩まり、机で頬杖をつきながら穏やかな気持ちになった。
しかし、この時、私はまだ知らなかった。
間もなく彼と私が世界の命運をかけて互いに殺し合うことを。
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