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「さて、協力するからにはこちらも得しなきゃならない。わかるよな?」
足元の氷が完全に溶け去り、自由を取り戻したミサキは、漆黒の忍装束の裾を払いながら、冷ややかな不敵さを孕んだ笑みを浮かべた。ただ命を助けられるだけの「敗北者」で終わるつもりはないらしい。暗殺者としての生存本能と、組織への冷めた打算が彼女の中で素早く計算されているのが見て取れた。
俺はパイプ椅子から腰を上げ、盛大に欠伸を噛み殺しながら彼女を見下ろした。
「ほう……命拾いするだけで十分恩の字だと思ったが、人間界のスパイ風情が、魔王に対して条件をふっかけるか」
「タダで組織を裏切るほど、私はお人好しじゃないわよ。それに……」
ミサキは懐から、先ほどまで厳重に隠されていたはずの微小な魔導記録チップをひょいと取り出し、指先で器用に弄んでみせた。
「この暗号パスコードの本体は、私の脳内とこのチップの二重ロックになっている。私がここで消されたら、データの半分は永久にロックアウトされる仕組みよ。……どう? 私を生かして『得』をさせる価値、あるでしょう?」
(――チッ、小賢しいマネを)
だが、怒る気にはならなかった。むしろ、ただ怯えて命乞いをするだけの脳筋どもや、盲目的に忠誠を誓うだけの側近どもよりよほど「まともな取引相手」だ。合理性と打算で動く人間ほど、利害が一致した時の駒としては使いやすい。
「……いいだろう」
俺は消音拳銃をホルスターへ完全に収め、冷徹に片眉を上げた。
「お前の要求は何だ? 金か、地位か、それとも勇者陣営の連中への仕返し(リベンジ)か?」
「金や地位はいらないわね。あんな堅苦しい組織はごめんだし、魔界の通貨なんて人間界じゃ使えないもの」
ミサキはスッと目を細め、静かに、しかし明確な殺意と欲望をその瞳に宿した。
「私に要求するのは一つ――。勇者陣営の裏で私を『捨て駒』に指定した最高幹部どものリスト、そして奴らが隠し持っている特務資金の保管場所。……そこを叩くための最新鋭の兵器を、私に貸し出しなさい」
「……なるほどな」
俺は思わずフッと小さく笑った。組織の使い捨てにされた恨みを、俺の物資と兵器を使ってそっくりそのまま奴らに叩き返してやるというわけだ。合理主義の徹底ぶりといい、復讐の効率性といい、どこか俺の「ドブネズミの帝王学」に通じるものがある。
「気に入った。その条件、乗ってやる」
俺はハンスとの通信端末を放り投げ、ミサキの手元の記録チップへと手を伸ばした。
「ハンスには俺から『新規の特命工作員・ミサキの装備調達枠』として、最高ランクの光学迷彩スーツと指向性C4の携帯キットを回させてやる。お前の復讐も、俺の裏データ収集も、一石二鳥で完了だ」
「……話が早くて助かるわ、魔王サマ」
ミサキはふっと初めて、警戒を解いたような、どこか不敵で綺麗な笑みを浮かべた。
チップが俺の手のひらに渡る。二重ロックの解除コードがスムーズに端末へ同期されていくのを確認し、俺は満足げに頷いた。
「シエル」
「……はい」
影から音もなく姿を現したシエルが、ミサキに向かって冷ややかな、しかしどこか認めたような視線を向ける。
「彼女に城内の専用個室を用意してやれ。それと、ハンスへの発注書を今すぐ送れ。明日から、さっそく人間界の裏切り者どもをあっと言わせる『共同作業』の始まりだ」
「……了解。……ようこそ、魔王城の裏稼業へ」
シエルが差し出した小さな鍵を、ミサキは面白そうに受け取る。
こうして、人間界の暗殺者だったくノ一は、俺の管理する冷徹な裏社会の歯車の一つとして、完全に組み込まれることになった。
「さて……」
二人を部屋に残し、俺は再びパイプ椅子に深く腰掛け、手に入ったばかりの最高機密データを端末に読み込ませた。
人間界の特務機関、勇者陣営、そして隠された遺産の謎。すべてのピースが、俺の有利な盤面へとカチリと音を立てて収まり始めていた。
コメント
1件
第35話、読み終えました……! ミサキがただ助けられるだけの存在じゃなくて、きっちり条件を突きつけてくるのが本当に格好良かったです。「捨て駒にされた恨みは自分で晴らす」っていう執念が伝わってきて、思わず応援したくなりました。魔王も「理不尽な忠誠より打算で動く奴の方が使いやすい」って言い放つシーン、ああいう合理主義の魅力がたまりませんね。シエルが「認めたような視線」を向けたのも、キャラの関係性が少しずつ動いてる感じがして好きです。次が気になります!