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カーテンの隙間から眩しい朝日がチラチラと幸太を照らす。
「う……眩し……。まだ寝たい……」
くねくねとベッドでうねる幸太。しかし、観念したのかベッドから降りる。そしてカーテンを開く。
「でも、朝日を浴びるのは気持ちいいねぇ!」
伸びをしつつ朝日を全身に浴びる。そして優雅にスマホを取り今日の予定を確認する。
「さて、今日の仕事はどうだったっけな~……え?もう7時30分じゃん!アラームかけたはずなのに!」
どうやら朝の4時から30分ごとにかけたアラームはスマホのシステムアップデートによってなぜか全てキャンセルされていたようだ。
「なんでだよ~。ま、別に間に合う時間だしいっか!アラームなしで起きるほうが気持ちいいしラッキー!」
そういうと彼は洗面台に向かい顔を洗うと歯を磨く準備をする。しかし相変わらず歯磨き粉の中身が少なくうまく取り出せない。
「またかよ……」
思い出される第一話での失敗。しかし彼は学習した。蓋を持てば外れることは無いと。(最初からそうするべきではあるが)
しっかりと蓋を閉めて指で飛び出さないように歯磨き粉を下向きに降り出す。
「おら!おら!」
勢いよく振られる歯磨き粉。しかし試してもなかなか中身が出てこない。振り具合が足りないと判断した幸太はさらに勢いよく振る。
遠心力を使うために腕を伸ばして、頭上まで上げて叩き落すかのように振り下ろす。何回か繰り返しているといつものお約束がやって来た。
蓋はしっかりと止めているが、顔を洗った時に適当に手を拭いたため水分がしっかり残っており、その結果蓋を止めていた指は滑り蓋から離れる。そして蓋は解き放たれて中身が飛び出した。
「んな、またかよ!」
以下、前回と同じ展開のため省略。気になる方は第一話 彼の日常に幸あれをご覧ください。
それにしても、中身が出にくくなったら新しいのを出せば良いのではと思ってしまいますね。そんな事は置いといて何とか歯磨きの出来た幸太はリビングで食パンを焼いているようです。
まぁ、幸太がまともにパンを焼いて終わる訳がないですな。
「チーン」トースターで焼ける音が部屋に鳴り響く。幸太はお皿を持ってトースターに向かう。
「出来た出来た~。朝はパパパパーン、パパパンパーン~」
気色の悪いリズムでノリノリの幸太がトースターを開く。そこにはきれいに焼けた食パンが焼けていた。
「今日もきれいに焼けたな。いいねぇ!」
どうやら幸太はパンを焼くのは得意みたいですね。しかし安心する間もなく、悲劇はやって来る。
「あっちぃ!」
なんとパンを取り出す際に想像以上に熱くなっていたパンにびっくりして反射的に上方向へと手が動く。だがトースター内部の上面に手の甲が当たってしまい、熱さに反射して手は即座に下へと振り下ろされる。
「グシャ……」無情な音が幸太の悲鳴と重なる。
「うわぁ、つぶしちゃったよ……。あつかったぁ……」
せっかくきれいに焼けた食パンだっただけに少し悲しそうな幸太。
「ま、つぶれても味は変わらないしいいや~。いただきまーす!」
やけどよりも先にパンの事を気にして結果ポジティブ思考な幸太であった。
その後つぶれたパンを食べつつ幸太はテレビでニュースを流し見する。
「……と、ここ数年での未確認飛行物体の目撃情報が多発していることについて世間では盛り上がっている訳ですが、日本空飛ぶ円盤研究会代表の円谷《つぶらや》さん。この件についてどうお考えですか?宇宙人はいるのでしょうか?」
「います!彼らは地球人類を遥かに超えた科学技術を持っています。その技術でUFOなどで地球人を監視しているのです!先日のM県T市で発生した異常気象災害の時も、彼らは来て人間の監視と研究をしているのですよ!」
「なるほど、円谷《つぶらや》さんありがとうございます。では米田《こめだ》さんはどのようにお考えですか?」
「あのねぇ……宇宙人もUFOもあるわけないでしょ。未確認飛行物体は恐らく他国で極秘に製造された新型戦闘機ですよ。馬鹿馬鹿しい……」
「なんだと!?彼らは確実に来ているんだ!急いでコンタクトを取らないと世界は滅亡してしまうぞ!」
「円谷《つぶらや》さん、あんた頭おかしいのか?いるわけねぇでしょ!家に帰って月刊モーでも読んでなさいな」
「貴様……馬鹿にしやがってッ!僕らの研究ではね!……」
「そ、それでは一旦CMです!」
「なんか番組荒れてんな。放送事故ってやつかな?」
テレビの内容を気にすることなく、食事を終えると出勤の準備をする。シャツを着てネクタイを締める。
「このネクタイを締める瞬間がたまらないのよねぇ……。ま、一発できれいに結べたことはないけどさ」
何度かネクタイを結びなおしていると家を出る時間が迫る。
「やべぇ……。まぁ、これでいっか!」
人生には諦めも肝心である。ネクタイの結び目の大きさ、長さのバランスなどそれぞれ好みがあるがそれにこだわる必要はないのである。適当なところで諦めて、ジャケットを着て家を出る。
そしていつも通り、一階に降りて駐輪場に向かう。だが、そこにあった自転車はいつもと様子がおかしいのである。
変だ……。いや、何がおかしいのかはわかっている。問題はなぜそうなったのかだった。
「な、なぜ自転車のサドルがカリフラワーに……?」
そう、彼の自転車のサドルがカリフラワーになっていたのである。
サドルの悪戯の相場は、サドルがとられて何も刺さっていないか、サドルがブロッコリーになっているかである。さすがの幸太も謎の状況に困惑していた。
「珍しい悪戯だな……でもカリフラワーって高くて買えないから手に入ってラッキーじゃん!」
確かにカリフラワーは高い、ブロッコリーの2倍の値段が付くこともある。でも問題はそこじゃない。
「いや待てよ、これじゃあ自転車乗れないじゃん。さすがにカリフラワーには座りたくないし……よし走るか!」
カリフラワー事件から15分後。8時50分会社前にて。
「だっ……はぁ……」
幸太は間に合った。学生時代から走ることは得意だったが、さすがに25歳にもなるとどうしても体力が低下する。持久力など全くない。それでも遅刻したくない。その気持ちが彼を死ぬ気で走らせた。革靴で走ったため、ふくらはぎなどが攣りかけるも何とか会社まで間に合ったのだ。すごいとしか言えない。
息絶え絶えのまま自分の席に向かう。周りを見るとやたらと汗をかいているスタッフが多い。そして部長もまだ来ていない。そんな事を思いながら自身のデスクの椅子に腰かける。
「はぁぁぁぁ……」
足の負荷がなくなり何とも言えない開放感が全身を駆け巡る。一瞬意識が飛びそうになった。この疲労感では今日仕事なんてできる気がしない。
そして心拍数が下がると同時に汗がどんどん出てくる。もう止まらない。この時に幸太は気付く。周りの汗をかいている人も自身と同じように走ってきて出社したのだと。
8時53分、慌ただしく部署の扉が開け放たれる。
「ピ……ピィ!ピィー」
そこには汗だくでピィーピィー鼻を鳴らしている部長がいた。部長はふらふらとしつつも周りの目を見てそそくさと自身のデスクへと向かい椅子にゆっくりと腰をかける。
部長の珍しい始業時間ギリギリの出勤に社員たちはざわざわしつつも8時55分となり業務を開始する。いや、その日仕事が出来たのは一部の社員だけであった。半数以上の社員は居眠りしたり、虚な目をして天井を見ていた。
それもそのはず。彼らは出勤時に極度の疲労を経験している。それにより椅子に座ると意識が飛び、背もたれにへばりつくか、眠気でヘドバンをし続けてしまう。そんな彼らに生産性などある訳がないのである。
むろん部長も例外ではない。彼はもう「ピィ」しか話さなくなっている。そんな中でも幸太は太ももにボールペンを定期的に刺すことで眠気から脱しつつ何とか業務を進めた。
そんな彼らに至福の昼休憩がやって来る。しかし今日の昼休憩時間はいつもと雰囲気が違った。
「も、もう限界だ……誰だっピィ!私の自転車に悪戯をしたのはピピィ!」
突然の部長の叫び。フロアのスタッフが静まり返る。
「おかげで朝から走らないといけなくなったッピィ!これでは疲れて仕事にならんッピィ!」
「成山《なりやま》部長、うるさいですよ」
ピィーピィーうるさい部長に冷静に意見したのは、幸太の先輩、まどか先輩だ。
「ま、まどか君。私は朝からこの社員の誰かに悪戯されたんだよッピィ!自転車に乗った瞬間びっくりだッピィ!それに痛い……ピピィ……」
「なるほど、事情は大体わかりました。部長が悪戯される要因はわかりますが、周りを見てください。部長だけではなく何人かのスタッフも、ぐったりしています」
「え!?本当だッピィ……たしかにぐったりした者が多いッピねぇ……」
「これは一度スタッフ全員に聞き込み調査をするべきかと思います。もしかするとこれは部長だけが狙われた悪戯ではなく、この部署、いや会社自体に損害を与えるための競合企業の策略かもしれません。実際に今年度に入ってから会社内で不可思議な現象や動きが発生しています。そしてその犯人はこの会社内に企業スパイとしている!」
まどか先輩の企業スパイ発言に、部署内がざわつく。
「な、なんだとッピィ!まどか君それはいったい誰なんだッピィ!」
「まだ、わかりません。しかし木を隠すなら森の中と言うように、本人もぐったりしているほうが被害者との認識を受けて疑惑の目を背けることが出来ます。つまり犯人はこのフロア内の今ぐったりしている者の中にいます!」
「「な……なんだってー!!」」
全員が同じリアクションを取ると、そこからはまどか先輩による個別取り調べが始まった。
「福永《ふくなが》君……。君は今朝、ギリギリで出社したわね。どうしてかしら?」
「そ、それは……自転車が悪戯されて乗れなかったので、走ってきたからです……」
「へぇ……そうなのね。でも君の家から会社まではかなり距離があるけど、走って間に合うのかしら?」
「え?あぁ……俺走るの得意なんですよ!この中の誰よりも走るの速いと思います!」
「……わかったわ、犯人があなたじゃないことは」
「へ?」
「だって犯人ならもっとましな嘘を吐くわ。誰よりも走るのが速いからって……小学生じゃないんだから……。はい、次」
そしてまどか先輩は次の社員を呼ぶ。
「……なんで?ホントの事なのに……」
そんなこんなでまどか先輩の取り調べが全て終わる。まどか先輩はゆっくりと椅子に座った後、目を閉じ頭を下げると少し沈黙した。
彼女の沈黙の中、フロア内は張りつめた空気が充満していた。一体誰が犯人なのか、この疲労感をどうしてくれるんだと……。
沈黙が十数秒続いた後にまどか先輩は頭を上げて目をゆっくり開く。誰もが彼女の答えを待ちわびている。そして彼女は椅子から立ち上がり、口を開く。
「わかりました。犯人は……」
「ごくり……」
時が止まっているような感覚だった。続いて何を話すのか……。全員が全集中して耳を傾ける。
「犯人は……」
その瞬間、会社の外でアナウンスが鳴り響いた。
「ただいま、T市内全域で自転車のサドルがブロッコリーに替えられる事件が発生しております。被害に遭われた方はお近くの警察署にお越しください~」
再び、フロア内に沈黙が流れる。
「……ま、犯人は宇宙人かしらね?テヘヘ……」
そう言い残すとまどか先輩は、フロアから走って出ていく。
「「なわけあるかいな!」」
フロア内のスタッフの声が響き、そして笑い声に変わっていった。
「……みんなブロッコリーだったんだ。俺はカリフラワーでしたよ~。にしても、まどか先輩の話そうとした犯人って誰だったんだろうなぁ……」
「そんな事より、ブロッコリーに座った時のあの感触!あれ、すっげぇ気持ち悪かったわ~」
「えぇ!?座ったんですか!?座る前に気付きましょうよ~」
彼らの談笑の中、部長が叫ぶ。
「ブロッコリーだかカリフラワーだか……あるだけよかったと思えッピィ!」
その叫びに全スタッフは、今朝からの部長の行動、そして昼休憩時の叫びを思い出す。
「椅子から立とうとしない……悪戯に気付かずに乗って痛かった?……」
「……ハッ!?」
全員が何かを察したのか部長に近寄り、優しい言葉をかけたり背中や頭をなでたりしている。中には涙を流す者まで現れた。
そんな彼らに部長も我慢しきれず、泣き出す。
「……な、なんでだッピィ……。なんで私だけすり替えじゃないんだッピィ……」
その日以降スタッフから部長への態度が優しくなった。
そして部長は自転車通勤を止めた……。
これにて第4話、おしまい。