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目が覚めると、いつものフィンセントのキザなセリフが聞こえてくる。
琥珀色の瞳がすぐそこにある。
彼は私の額に当たり前のように優しく口づけを落とすと
まるで宝物を手入れするように、私の右手首に繋がれた金の鎖を丁寧に磨き上げた。
監禁生活が始まって数年。
私の足首を飾る「王妃の証」である青い宝石の足枷は、今や私の身体の一部となっていた。
歩くたびに重厚な金属音が響き、その重みが「彼に所有されている」という確かな実感を私に与える。
「ねえ、フィンセント。今日は、あの青い薔薇を近くで見たいわ」
私の頼みに、フィンセントは一瞬だけ瞳を細めた。
彼は、私がこの部屋を一歩でも出れば
外部の空気に触れて心臓が止まるほど衰弱していることを知っている。
私の身体は、彼の魔力と青い薔薇の香気なしでは維持できない、不完全な偶像へと成り果てていた。
「いいよ。……ただし、僕の腕の中から離れないと約束するならね」
彼は私を赤ん坊のように軽々と抱き上げると
幾重もの魔法障壁を解除し、テラスへと続く扉を開いた。
一歩外へ出ると、そこには狂気的なまでの澄んだ青が広がっていた。
かつては王城の庭園だった場所は、今や広大な薔薇の海と化している。
その一本一本が、私の命を繋ぎ止めるための装置であり、同時に私を外の世界から隔絶するための防壁でもあった。
「綺麗……」
「ああ、君にピッタリの景色だよ」
フィンセントの腕の中で、私は微かな目眩を感じて彼の胸に顔を埋めた。
一瞬でも彼から離れれば、私は死ぬかもしれない
その依存の形が、今の私にはたまらなく心地よかった。
かつての私は、自由を求めていた。
泥を這ってでも、名前を捨ててでも、誰も私を知らない場所へ行きたかった。
けれど、今の私は知っている。
誰にも見られず、誰にも触れられず
ただ一人の男の愛撫と狂気の中で、永遠に摩耗していく幸福があることを。
「フィンセント…本当に私のこと好きね」
「そりゃあね……君が灰になるその瞬間まで、僕だけの箱庭で鳴いていてもらうよ」
彼の指が、私の首筋に残る古い吸い痕───
あの日、彼が刻みつけた最初の所有印をなぞる。
私はうっとりと目を閉じ、彼の心音に耳を澄ませた。
外の世界では、新しい時代が動き出しているのかもしれない。
新しい悪役令嬢が断罪され、新しいヒロインが王子と結ばれているのかもしれない。
けれど、そんなことはもう、今の私にはどうでもよかった。
窓のない、深紅と青の世界。
私たちは、誰にも許されることのない愛という名の毒を煽り合い
ゆっくりと、けれど確実に、二人だけの終焉へと向かって歩み続けている。
(……ああ、幸せ。……自由なんて、本当に、最初からいらなかったのね…フィンセントがいてくれるんだもの)
青い薔薇の花びらが、私たちの足元で音もなく降り積もっていく。
それはまるで、二人の愛を祝福する葬列の花吹雪のようだった。