二度三度と詰め込み忘れが無い事を確認し終えたレイブは、自分に付き合って倉庫内で遊んでいた弟と妹に声を掛ける。
「うん大丈夫、忘れ物無しっと、お待たせギレスラ、ペトラ、んじゃあ行こうか、ん? どうしたのギレスラ?」
レイブに背を向けて何やら悪戯(いたずら)していたらしいギレスラは申し訳無さそうにおどおどと振り返った。
長く突き出た鼻先には赤い粉がたっぷりと張り付いて、まだドレイク型の子竜の短い前足も、小さい翼も届かず、拭う事が出来ずに戸惑っているようだ。
『ググガァ…… ト、トレナイ…… グゥ』
所在なさげに視線を地に落とす弟にレイブは優しい笑顔を浮かべて言う。
「あはは大丈夫だよ、それはタンバーキラー、竜と魔獣、それに野獣の体調を整える、栄養補給剤? みたいな物だからね、舌を伸ばして舐め取っちゃいなよ!」
『グゥグ?』
「うん大丈夫! ヴノなんか粉にする前の空魔石に自分で回復を掛けてから丸ごとボリボリ齧(かじ)っていたからね、最近はやっていないけどさっ!」
『…………グッ! っ! グルッ、ウマイィッ!』
懐疑的な視線を向けたまま、二つに割れて異様に長い舌を伸ばしてチロっと鼻先を舐め取ったギレスラは、電気でも流れた様にその身を硬直させながら大きい声で言った。
続けて自分の鼻先を凄い勢いでベロベロ舐め取ったギレスラに向けたのはレイブの声だ。
「でしょ? 魔獣や野獣、それに竜種には害じゃないらしいよ、それってぇ! でも、モンスター、つまり魔物だったら一口で死んじゃう猛毒なんだってよぉ! 即死なんだってぇ! ヴノはねぇ、イチコロ、そんな風に言ってたけどね♪」
その言葉を聞いたギレスラは、再び顔を差し入れようとしていた赤い粉の入れられていた樽から、距離を取って黙り込んでしまった、その姿は、何と無くだが自身の体調の変化的な事柄に集中している様に見えた、慎重派だな。
静かになったギレスラから視線を周囲に移したレイブはここまで気配を見せていないペトラを呼ぶ。
「ペトラ、出発の準備が済んだからそろそろ表に行くよぉ! ………………ん、んんん? ペトラ? ペ、ペトラァッ! どこっ! た、大変だっ、ギレスラっ! ペトラがいなくなっちゃったぞっ!」
『グッ! グッ? グガァッ! タ、タイヘ、ンダッ! ペトラァッ!』
慌てて倉庫から外、洞窟の居住区に飛び出そうと足を揃えるレイブとギレスラの耳に聞きなれた声が届く。
『ブヒ、えへへ♪』
「ん?」
「グァ?」
ピタリと足を止めたレイブとギレスラの視線は倉庫の最奥、更にその奥、岩の壁の中へと向けられていたのである。
ゴツゴツとした岩の壁を不思議そうに、それでいて必死な表情で目を凝らしながら近付いていった耳に再び聞きなれた声が、
『ブヒィ♪ ここでしたぁ! イヒッ♪』
最奥の壁の下方から顔を出したペトラの姿は、相変わらず真っ黒な毛玉っぽくて、割と視力が鋭い筈のレイブやギレスラでも何と無く、としか捉える事が出来ない物であったが、同時に悪戯(いたずら)そうにチョロリと出した、赤く小さな舌が彼女の居場所を教えてくれていた。
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