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本格的なパン作りはしばらくできなかったけど、子育てがある程度落ち着き、正孝が小学校高学年になった時、祐誠さんが言ってくれた。
「雫のパンは本当に美味しいんだから、みんなにも食べさせてあげたら?」
趣味だけなんてもったいないと、祐誠さんが背中を押してくれたんだ。
私は、勇気を出して1歩踏み出してみようと思った。
資格も取り、自宅でパンを焼いて、月曜日と金曜日だけそれを販売することにした。
パンの販売なら家でもできるし、正孝のことも側で見ていられるだろうからと……2人でいろいろ話し合いながら進めた。
家の一部を改造して、新たにパン作り用のキッチンと販売スペースを作ってくれ、祐誠さんのおかげで、好きなことがちょっとした仕事になった。
近所の人が毎回買いに来てくれ、気づけば予約注文も入るようになり、人気のパン屋さんとして地方雑誌に掲載されるまでになった。
評判が評判を呼び、東堂製粉所の小麦粉を使った私のパンに、たくさんのファンができた。
すごく嬉しいことだったけど、パン作りと販売は1人では限界があった。
そんな私を気遣い、簡単な作業ならと、近くに住む私の両親が手伝ってくれるようになった。
すでに定年を迎えていた父は、その販売業がとても楽しいみたいで、新たな生きがいを見つけたとまで言ってすごく喜んでくれてる。
母も正孝が可愛くて仕方ないみたいで、子育てと仕事の両方を手伝ってくれ、ものすごく助かってる。
それに、嬉しいことに、祐誠さんがいる時はパンの販売を手伝ってくれて……
その時の売り上げは、何といつもの倍ほどにもなり、パンより祐誠さん目当てなの? って思う程、お客様が増えた。
でも、祐誠さん、パンを売ってお客様と話したりするのも案外楽しそうだった。
きっと、普段の仕事とは全然違うからリラックスしてるんだろうな。
実はこういう仕事の方が向いてるのかも?
とても44歳には見えない、いつまでも変わらずかっこよ過ぎるイケメンぶりに、近所の奥様達は瞳をキラキラ輝かせて彼を見ている。
ますます色気を増して、いい男になっていく祐誠さん。
私は……38歳。
女として魅力があるかなんて、もうこの年齢になると怖くて誰にも聞けない。
私が『杏』で祐誠さんと出会った頃、あの時のあんこさんの年齢が38歳。
いつの間にか、そこまで時間が進んでいた。
月日が経つのは早い。
私は、あの頃のあんこさんみたいな立派な大人にはなれてない気がする。
だけど、いろんな経験をしてほんの少しは成長できたって……そう信じたい。