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午前と違うのは遅刻ではないことだ。
大学の敷地内の舗装された道の端で立ち止まり
スマホを取り出し時刻を確認する。16時8分。
ゆっくりはできないがまだ時間がある。そう思うと同時に通知の欄に目が行く。
LIMEの通知だ。名前を見る。匠(タク)。フルネーム小野田匠。
彼は僕の中学からの親友と呼べるやつだ。
チラッっと名前の隣に表示されている文面を見る。
通知の欄に入り切っていない。要するにめちゃくちゃ長文が送られてきているということだ。
読むのも返事を考えるのも時間掛かりそうだ。
あとで返事しようと思いつつもLIMEのアプリを開く。
一番上には先程の小野田からのメッセージ。匠の欄の右側に3の数字が表示されている。
長文を3!?
戸惑いながらも一つ下を見ると鹿島からもメッセージがあった。
「ちゃんと起きました。」
時刻を見ると15時36分。
アラーム2回目くらいで起きたのだろう。
それにしても家近いって良いな。そう思いながら鹿島とのメッセージ画面を開く。
「大学着いた。中庭のベンチに座ってるわ」
と返事をした。
スマホをジーンズの前のポケットに入れ、大学構内の中庭に向かう。
2階の渡り廊下で影になっている1階の渡り廊下の部分を通り過ぎ
ベンチやガーデンテーブルというのだろうか?
カフェの外の席にあるような鉄製のテーブルやイスが十数個置いてある
外で寛げる中庭のベンチに腰を下ろす。
スマホを取り出し電源をつけると、ついさっき返事したのにもう返事が来ていた。
僕が返事を送ったのが16時11分。鹿島からの返事があったのが16時12分。
本当に入れ違いのレベルだった。
「オレも大学ついた」
家近いってマ ジ で いいな…。
スマホの画面を見つめながら心底そう思った。
鹿島からの通知をタップし、鹿島とのトーク画面へ飛ぶ。
「そんな報告は」
いらんからはよ来い。
そう送ろうと指を忙しなく動かしていると
「怜ちゃ〜ん!」
男らしい低い声ではなくどちらかというと女性のような
でも男とわかるような形容しがたい声がする。そう。鹿島の声だ。
声のほうに視線を送る。
「おう」
と声を掛けるまで数秒ボーっと鹿島を見つめた。
午前に会ったときの服装ではないし髪もワックスをつけて整え
足先から頭の先まで全身を引きで見るとまるでモデルのようだった。
雑誌に載っているようなモデルとも引けを取らない。
もしかしたら勝っているかも。
そう思ってしまうほどキマっていた。
「どしたん?」
そう心の中でベタ褒めしていたとは思えないほど眉間に皺を寄せて尋ねる。
「どした?って。格好のこと?怜ちゃん。この後飲み会だよ?
新入生も来るしうちのサークルの人だいたい来るんだよ?」
「うん。だから?」
本気で「だから?」と思って聞いたが
「だから?」の「ら」を言う瞬間にだいたいの察しがついた。
「だから?って怜ちゃん。今日の飲み会には”女の子”も来るんだよ?
ほぼ合コンみたいなもんよ?そりゃカッコつけてくるでしょ!」
察した通りだった。
鹿島はほとんどゲームの話しかできないが
大学に来るときや出掛けるときの私服のセンスが良い。
きっと生まれ持った才能だろう。生まれ持った才能と言えば見た目もだ。
顔は良い。スタイルは良い。センスは磨かなくても良い。
なんだコイツは。
改めて鹿島について考え心底そう思った。
「怜ちゃんは…」
今度は鹿島が僕の足先から頭の先までを見て
「まぁ悪くはない」
「いや午前と変わってねぇ」
「うん。変わってない。変わらず悪くないってこと」
「はぁ…なるほど?」
すると鹿島が首を傾げ
「怜ちゃんはキメて来なかったの?どして?」
そう尋ねてきた。
「そもそもの話、合コンだなんて思ってもなかったし
そんなオシャレな服持ってないし
高校でもワックスで髪セットしたときとしてないときで
髪セットしたときが爆発的にモテたわけじゃないし
そもそも髪セットしたり、このパンツにはこのシャツかな?とかしてる暇なかった」
なにも包み隠すことなく打ち明けた。
「なるほどねぇ〜」
鹿島はそう言いながら僕の隣に座る。
「まぁたしかにオレも髪セットしたりオシャレしたりで
めちゃモテた!ってことはないけどオシャレしたことで「オシャレだね」
「どこで買ってるの?」「今度一緒に服選ばない?」とか
男女問わず話し掛けてもらうキッカケにはなるのよ」
鹿島の目を見つめたまま声が出ない。これこそ”ぐうの音も出ない”というやつだ。
「お、論破?」
鹿島が満面の笑みを浮かべる。
「話のキッカケになる」たしかに。
それを言われると反論は出なかった。
「参りました」
いつか見た将棋の「参りました」を真似て頭を下げそう言った。すると鹿島は
「そう言えば今いくら持ってる?」
そう尋ねてきた。
僕は体の右側にあった鞄を正面にズラし
鞄の中から財布を取り出し、お札の入っているところを開き
自分でも把握していなかった持ち金を確認する。
「8千円ちょいだな」
5千円札が1枚に千円札が3枚。
小銭は確認していないが小銭が入っているところがある程度膨らんでいるため
それを「ちょい」と表現した。
「なんで?」
僕の持ち金を尋ねてきたことを鹿島に尋ねる。
そこでハッっと思い出す。自分があまりにも愚かなことを鹿島に頼んでいたことに。
自分が愚かすぎてベンチから落ち、地面に両膝をつきそうになる気持ちになる。
…
今日の午前の講義が終わったあと鹿島に
「今日いくら必要か聞いてる?」
と聞きその後
「どうせ午後講義あるんだし、そのとき教えて」
…
家まで約1時間かかるのにそのとき聞いて
もし足りなかったらどうしろっていうんだ約6時間前のオレ!
そう心の中で約6時間前のあまりにも愚かな自分に文句を叫んだ。
そして息を吐いたついでで話すかのように弱々しく
「鹿島〜今日の予算って…」
「あぁ4千あればお釣りくるって言ってた」
「お釣りくるって言ってた」
「言ってた」
「言ってた」
…
鹿島の声にエコーがかかっているかのように聞こえる。
そしてまるで天使が周りを飛び回り祝福してくれているような
まるで女神に肩を抱かれているかのような安堵感が溢れる。
鹿島にも後光が差しているかのように感じた。
そんな救世主鹿島が悩んでいるような表情を見せる。
「なんかあった?」
そう鹿島に尋ねると
「いや、服を買うにもあれだし…」
「は?なに?」
「いや怜ちゃんに参りましたさせたし
夜のために服買いに行こうかと考えてたんだけど、予算4千円かぁと思って」
一瞬脳が停止する。通信制限がかかっているときに動画を見て
読み込みが長いときのあのクルクルが脳に映し出されているようだ。
通信制限が解除され読み込みマークが無くなり、我に返る。
鹿島のその言葉を理解するのにそのくらい時間がかかった。理解したところで
「は?今からってこと?」
たぶん目を丸くしてそう尋ねる。
「当たり前じゃん。今日の夜のためなんだし」
鹿島が可愛い笑顔を浮かべる。
「いや講義講義」
と言いつつも頭の中で
あれ?そういえばここに何分いただろう?
そう考えていると
「もう遅刻だよ」
と言ってスマホのロック画面を見せてくる。
スマホを突き出すように出し、スマホの背景にはニマニマした鹿島の顔が
見切れている。スマホに視線を移す。
画面に映し出された時間。16時23分。10分以上もここで話していた。
「マジか!?」
声が出た。
「マジよ」
真剣な表情をして鹿島が言う。
午前の講義も遅刻して午後の講義も遅刻だ。
なんて思ったが後悔の気持ちはなかった。
自分の内心のクズさに心の中で笑った。そんな僕を尻目に鹿島が続ける。
「どうせ遅刻だしぃ?怜ちゃんの服買いに行こうか悩んでたんだけど〜…」
「どうせ遅刻だし休んでも変わらんと?」
鹿島が真顔で大きく頷く。
「変わるわ!!」
とツッコミを入れる。
すると鹿島は笑って
「いいツッコミ!」
と人差し指と親指を立て、人差し指をこちらに向けをツッコミを褒めた。
「でもさぁ」
「ん?」
一旦自分で自分の服装を確認する。
「鹿島が「悪くない」ってなら「良い」んじゃないの?」
と遠回しに褒めてみた。
「いやいやそれはオレのセンスを過大評価しすぎですよ」
そう笑いながら言い、また僕の頭の先から足の先までを見ながら
「髪はぁ〜あとでセットするとして。眉毛は整ってる。顔は良い。」
「良かねぇわ」
ツッコミを入れるもそれには反応せず続ける。
「ピアスは〜」
僕の両耳をボクシングのパンチを避けるスウェーのように体を動かし確認する。
「ファーストピアス!?」
「うん」
鹿島は驚いたように割と大きな声を出した。
ファーストピアスとは
ピアス穴を開ける器具ピアッサーと呼ばれるものに元々装填されているピアス。
もしくはピアス穴を開けたあとピアス穴を安定させるためにつけるピアスのこと。
だと僕は認識している。鹿島からすれば飾りっ気のないものなのだろう。
まぁ僕も正直そう思う。ゲームで例えると初期装備だ。
Tシャツ短パンに木の棒の装備みたいなものだろう。そんなこと思っていると
「怜ちゃん。魔王のステージに棍棒で挑むつもり?」
僕は思わず吹き出した。その様子を見て鹿島も笑いながら
「そんなおもしろかった?」
と尋ねてきたので
「いや、オレもほぼ同じこと思ってたから。鹿島が同じこと言ったから」
「マジか。さすがだわ」
笑いながら謎のハイタッチを交わした。
「そ れ よ り も!」
と盛り上がりに区切りをつけ、また鹿島は僕の戦闘力の確認をする。
「ネックレスは…まぁうん。イケてる。
服は淡い青のYシャツに胸ポケット付きの白Tね。ジーンズは細身のシンプルなやつ。
靴はモンターニュのクリーム色のハイカットのスニーカーか」
僕の全身の戦闘力を確認し終え
「…ピアスだけでも変えない?」
と言ってきた。
「ピアスか。家にはあるんだけどな」
「じゃあ取りに帰る?」
「鹿島講義サボる気満々だろ」
そう言うと鹿島はマンガか!とツッコミたくなるほどに
口笛を吹くフリをして左上を見て誤魔化そうとする。
「もうサボる気なら取り帰ったほうが
無駄金も使わずに済むし良いかな」
そう言うと
「なら帰ろう!」
とふわりと浮くように元気よくベンチから立ち上がった鹿島を見上げ
目を瞑り、鼻から息をため息のように出し
両膝に両手を置いて「やれやれ」といった感じで立ち上がった。