テラーノベル
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声の温度
……もしもし。
時刻は、
零時を回っている。
アルバイト終わり。
ひとりの車内。
コンビニの駐車場。
エンジンは切っているのに、
夜はまだ、
動いていた。
こんな時間に、
起きているとは思わなかった。
でも、
LINEが来た。
――少しだけ、
お電話してもいいですか。
だから、
かけてみた。
すぐだった。
勢いでも、
衝動でもない。
そこには、
確かに、
勇気があって。
決心があって。
ほんの少しの、
罪悪感と、
後悔が、
混ざっていた。
――……はい。
その声を、
聞いた瞬間。
高すぎず、
低すぎず。
夜に、
ちょうどいい声。
耳に、
すっと馴染んで。
胸の奥に、
静かに落ちてきた。
……初めまして。
大和です。
言ってから、
後悔する。
初めましてじゃない。
でも、
それしか言えなかった。
沈黙。
数秒。
短いはずなのに、
やけに長い。
何か話さなきゃ。
そう思うほど、
言葉が出てこない。
自分の、
コミュニケーション能力の低さが、
情けなくなる。
ふふっ。
笑い声。
それが、
救いだった。
つられて、
僕も笑う。
ようやく、
空気が、
少し動き出す。
今、
アルバイトが終わって、
これから帰るところなんです。
そう言ってから、
続けた。
……こんな時間ですけど、
大丈夫なんですか。
少しの間。
それから、
彼女は、
淡々と答えた。
今日は、
子どもも寝ていて。
旦那さんも、
飲みに行ってて、
いないので。
現実が、
一気に戻ってくる。
家庭がある。
僕にも、
彼女にも。
胸の奥に、
冷たいものが、
触れる。
でも。
その直後に、
彼女は言った。
遅くまで……
おつかれさまでした。
それだけ。
それだけなのに。
胸の奥が、
じんわり、
温かくなる。
誰かに、
労われたのが、
久しぶりだったのかもしれない。
この夜に、
肯定された気がした。
少し話して。
少し笑って。
その流れで、
ひとつ、
約束をした。
これから。
行ってらっしゃい、と。
おつかれさま、を。
言い合うこと。
それは、
小さな約束で。
でも、
確かに、
日常に入り込む合図だった。
電話を切ったあと。
車内は、
相変わらず静かで。
まだ、4月の夜は
冷たいはずなのに。
さっきまで、
冷たいと思っていた水が。
もう、
冷たくなかった。
むしろ、
温かくて。
心地よかった。