感動系
昏い星がまた瞬く夜に
東京から少し離れた古い町。赤煉瓦の壁にツタが這う坂道を、ないこはひとり歩いていた。
――今夜、“ほとけ”に会いに行く。
胸中には期待と不安と、あのとき言えなかった言葉の重さが、風のように渦巻いていた。
坂の頂上にある一軒家。その玄関に灯されている、やわらかな橙色の明かりを、ないこはずっと覚えていた。
ノックする手が震える。
「…ほとけ?」
返ってきた声は変わらず、でも――どこか遠くて、あの日の教室とは違っていた。
扉が開くと、そこにはすっと背の高い女性が立っていた。
深い水色の髪をまとめ、瞳は少しずつ大人びて――でも、ないこが憧れたあの“ほとけ”だった。
「来てくれたのね、ないちゃん」
ほとけはゆっくり微笑む。
ないこは一瞬、息をのんだ。
変わらず――でも、その奥に重荷を背負った影が見えた。
「久しぶり…」
ないこは照れながら言う。
「ほんとに、久しぶりだね」
ほとけは玄関の窓から坂道を振り返るように見つめて、そっと閉めた。
1.夜風と再会
二人が並んで歩く庭道には、春の花の残り香が薄く漂っていた。
夜風が心地よく、ないこは思い切り深呼吸をする。
「…元気だった?」
ないこの問いに、ほとけは伏し目になり、そっと吐息を。
「そうね…うん、元気、って言いたいけど、正直に言えば――まだ、少し、壊れそうになってる」
その言葉に、ないこの胸がぎゅっと痛む。
彼女はそっとほとけの手を取った。
「大丈夫。私、そばにいるから」
ほとけはその温もりに小さく震えながらも、握り返した。
2.ほとけの過去
縁側に腰かけて、外の夜空を眺める二人。
星はあまり見えないけれど、都会とは違う静けさの中で、心が解けていくようだった。
「ねぇ、覚えてる?私たち、高校のときに一緒に夜の校舎に忍び込んだこと」
ないこが小さな笑みで話すと、ほとけは淡く笑った。
「覚えてる。二人で屋上行って、『いつかまたここ来ようね』って…言った」
そのとき、ないこが思い切って訊いた。
「なんで、あのとき急にいなくなったの?」
ほとけは肩を震わせ、「…言いたくなかった」と小声で答える。
「…あの頃、うちの家は本当にボロボロだった。お願い、黙っていさせてほしかった。ないこに私の弱いところ、全部見せるのが怖かった」
ほとけの瞳に、涙が伝う。
ないこの胸が締めつけられる。
「でもね…借金、母のこと、全部乗り越えたんだよ。やっと、私、“ほとけ”としてじゃなく、素の私として、歩いていけると思ったから…」
ほとけの声は震えていた。
「それで、会いたくなった。あの夜、伝えたかった『一緒にいよう』って。」
その瞬間、ないこの目にも涙があふれた。
3.ないこの告白
ないこは深く息をつき、そっと膝の上に置いた手を、ほとけの手に重ねた。
「…ほとけ、私ね、ずっと…ずっとあなたのこと、大好きだった。高校時代も、ずっと。あなたがいなくなったとき、私、壊れそうだった」
「…ないちゃん…」
ほとけの声は震え、表情も険しかった。
「どうしてすぐ戻ってきてくれなかったの?」
ないこは問い詰めるように言ってしまい、二人の間に静寂が流れた。
「ごめん、ごめんね、ないこ。私、あなたを苦しめたかったわけじゃない。あなたの前で、泣きたくなかった。あなたが、私の涙で傷つくのが怖かった…」
その言葉に、ないこはほとけの手をぎゅっと握り返して、涙を流した。
「でも、あなたがいないとか、もう、耐えられなかった」
ないこの涙声に、ほとけも大粒の涙をぽろぽろとこぼした。
「私はあなたと一緒にいたかった。苦しいことも悲しいことも全部、二人で受け止めたかった。あの夜、伝えたかったのは、そういうことだった…」
ないこは震える声で続ける。
「…これからなら、きっと大丈夫。私たちなら、きっと、どんなことでも乗り越えられる」
4.ふたりの誓い
庭に置かれた縁台に並んで座り、ほとけがそっと言った。
「ないちゃん…ありがとう。あなたがいてくれるなら、私はもうひとりじゃない」
ほとけの笑顔は震えながらも、強く、温かかった。
「一緒に、これからの景色を見よう。ずっと。」
ないこが微笑みながら言う。
そのとき、遠くの電車の音がゆっくりと聞こえてきた。
駅への夕暮れの響き。
まるで、新しい未来への合図のように。
秋の夜気は、やわらかく、二人を包み込む。
暗い過去も、苦しかった想い出も、今宵、この小さな庭で、すべてが安らぎに変わっていく。
「ほとけ…」
「ないちゃん…うん…」
夜風が木々を揺らし、その中に二人の静かな誓いが囁かれる。
「ずっと、離れない。」
あとがき
ないことほとけは、それぞれ深い悲しみを背負って再会し、初めてお互いの想いを伝え合いました。
彼女たちの“傷”は癒えたわけではありませんが、新たな未来に向かって共に歩き出す覚悟を胸にしました。
二人のこれからには、また困難が待ち受けるでしょう。それでも、今夜交わした誓いと、手と手の温もりが、きっとその先を照らす――。
いえいいえい✌
おわり!
コメント
2件
いぇいいぇい! 良きですねぇ!