「ライオネルとはここで一旦お別れだ。今回の旅ではどのみち駅で汽車に乗り換えるからね」
馬上のランディリックがそう言って微笑む。その横顔は、春の光を受けて穏やかで、どこか寂しげだった。
その表情を見ながら、リリアンナはもし自分が王都のウールウォード邸へ正式に戻る日が来たならば、ライオネルはどうなるんだろう? と思わずにはいられない。
「あのランディ……」
それを問おうとしたら、まるでその先を封じたいみたいにランディリックが続ける。
「心配しなくても大丈夫だ。あの子のことはカイルが面倒を見てくれる。カイルに任せておけばリリーも安心だろう?」
「……うん」
リリアンナは先程問おうとした言葉を何となく飲み込んで、小さくうなずいた。少なくとも、今回は一時的な帰郷だ。ライオネルとだって、このまま離れ離れになるわけではない。
リリアンナが気を取り直したように窓越しに手を振ると、ライオネルが名残を惜しむように小さく嘶いた。
その声は、屋敷を離れる馬車の車輪の音にゆっくりと溶けていった――。
石畳を抜けると、外気の冷たさが窓越しにも伝わってくる。
道の両脇には雪解けの跡がまだ残り、朝露を帯びた野花が風に揺れる。
リリアンナは窓を引き上げて閉ざすと、ナディエルの横へ腰かけた。
正面にはクラリーチェ・ヴァレンティナ・モレッティが背筋をスッと伸ばして行儀よく座っている。リリアンナはクラリーチェの視線を受けて居住まいを正すと、気持ち背筋をピンと伸ばす。
そうしながらも、ヴァン・エルダールの城門を過ぎたあと、もう一度だけ後ろを振り返らずにはいられなかった。
城の塔が朝靄の中へ霞んでいく。
その姿が遠ざかるにつれ、胸の奥で何かが静かに締めつけられるようだった。
馬車の外では、ランディリックと、少し後ろを行く一人の騎士が馬を並べて走っていた。
騎士の髪はつややかな黒髪だった。だが、陽の光を受けるとどこか赤みを帯びて感じられる不思議な髪色をしていた。穏やかな風にその髪が静かに揺れる。
ランディリックの傍にいるということは、結構重要な職務を任された兵士なのだろう。
いつもなら近衛長官ディアルトがいそうなものだけれど、彼ではないことになんだかソワソワとしてしまったリリアンナである。
(誰かしら)
リリアンナは結構城の者たちの顔と名前を把握しているつもりだったけれど、彼のことは知らなかった。
その兵士の後ろ姿からは、他の者たちからは感じられないような不思議な落ち着きと柔らかな気配が感じられた。
リリアンナの視線に気づいたナディエルが、彼を見て「もしかして……」とつぶやく。
「……?」
その声にリリアンナがナディエルを見遣ると、ナディエルがニコッと笑った。
「ほら、あれがあの方じゃないですか? 今朝、私がお話した……」
「え?」
「ほら、ノアール侯爵家の三男坊の……」
「セレン様?」
「そうそう。多分そうですわ」
そう思ってみれば、その兵士の後ろ姿からは、確かにランディリックに似た、貴族然とした風格が感じられた。








