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室町時代の空の下。十四歳の幼い少年、茶々丸が町から家に帰るときの話である。
「おい、そこの少年や。」
帰り道にある日陰に座っていた女性に話しかけられた。女性の近くには竹の水筒が数本立てられていた。
「何でしょうか」
茶々丸はそう返した。
「何か悩みはあるか?」
「悩み?」
茶々丸は女性の言葉に少し驚いた。
「悩みがあるなら、解決してやろう」
女性は微笑んだ。茶々丸は女性の言葉の胡散臭さに思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ただし、お前の声と引き換えにだがな」
女性は先程の言葉に続けて言った。
「声と引き換えに?」
「まあ、声と引き換えにといってもこれを飲むだけだけど。ちなみに、お金は一銭も貰わないよ」
女性は近くにあった竹の水筒を持ち上げ、茶々丸に見せながら話した。
「それで、悩みは?」
女性は茶々丸に聞いた。誠はしばらく考えた後に口を開いた。
「…僕は不運をなくしたいです」
「なるほど、不運か…」
茶々丸が山に入れば山賊か動物に襲われて、なんの変哲もない道を歩けば子供達がいたずらで掘った落とし穴に落ちる。毎回そんなことが起こるので茶々丸も困っていたのだ。
「ならばいっそのことお前のもつ運そのものをなくしてやろう。これからお前は人生を運に左右されることはなく、ただ自分の運命に従うだけになる」
言い終わると女性は竹の水筒を茶々丸に手渡した。
「ありがとうございます」
茶々丸は竹の水筒を受け取ると、女性に一礼してから自分の家の方向に歩き始めた。
家に帰るとちょうど農作業を終えて片付けをしている茶々丸の兄の姿があった。茶々丸がただいまというとおかえりという天真爛漫な兄の声が返ってきた。
茶々丸は草鞋(わらじ)を脱いで家に上がり、部屋の中に座った。先ほど女性にもらった竹の水筒の蓋を開けた。そして、茶々丸はそれを飲んだ。すると、茶々丸の喉に今までに感じたことのないような激痛が走った。茶々丸はいきなり倒れて悶絶した。
「茶々丸?大丈夫か?」
兄が唸り声を聞いて走って入ってきた 。
「茶々丸。どうした?」
兄は茶々丸の背中をさすりながら部屋を見回した。すると、竹の水筒があることに気づいた。兄は急いで布団を敷き、そこに茶々丸を寝かせた後、井戸から大量の水を汲んできて、それを茶々丸に飲ませた。
茶々丸が目を覚ますと近くに兄の姿があった。兄は茶々丸が起きたことに気づいていなかった。
「お兄ちゃん」
茶々丸は言おうと思い、口を動かしたが声は出なかった。必死に声を出そうとしても喉が痛むだけだった。茶々丸は起き上がった。すると、兄はようやく茶々丸が起きたことに気づいた。
「茶々丸。起きたのか。大丈夫?どこか痛むか?」
兄は心配そうに茶々丸に話しかけた。茶々丸はちょっと喉が痛いけど大丈夫だよと言いたかったが口が動くだけで声を出すことができなかった。
「どうした?もしかして声が出ないのか?」
茶々丸は頷いた。この時代には手話なんてものはないし、文字の読み書きができない者は珍しくはなかった。つまり、茶々丸が自分の意思を明確に兄に伝えることはできないのだ。この先どうしようかそんな不安が茶々丸の中にあった。
「茶々丸、一つだけ教えてくれ。さっきお前はこの竹の中に入ってるやつを飲んで喉が痛くなったのか?」
兄の問いに茶々丸は首を縦に振った。
「そうか。この中に入っていた水には七味とか唐辛子とか喉を痛めるようなものが大量に入っていたんだ。多分、声が出ないのは喉が焼けたからだと思う。でも、痛みはしばらくしたら良くなるよ」
兄が言い終わると茶々丸の目には段々と涙が浮かんできた。やがて涙は目からこぼれ落ち、頰を伝い落ちていった。兄は茶々丸をしっかりと抱きしめた。
「ごめんな。お前が一番辛いのに何もしてやれなくて…ごめんな」
兄は申し訳無さそうに言った。兄の言葉に茶々丸は更に涙を流した。
「違うんだよお兄ちゃん。お兄ちゃんは何も悪くないんだよ。僕が悪いんだ。声がでなくなるってわかっててやったんだ。だから、謝らないで。」
茶々丸はそう言いたかったが声が出なかった。茶々丸は兄を強く抱きしめた。