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「馬鹿なっ!」
レジーナの言葉に皆が驚く。息を呑み、目を見開いた。
フリッツが「あり得ない」と否定する。
その目には怒り。レジーナの「虚偽」を責める。
「殿下の言う通りだ、レジーナ」
リオネルも断言する。
「ここがダンジョン内だというのも怪しいが……、カシビアだと言うなら、それは絶対にあり得ない」
彼の目にあるのもまた怒り。レジーナに対する憎悪をちらつかせる。
リオネルが言い切るのには根拠がある。
クロードのヴィジョンにあった彼の上官、クロードに死を命じた当時の騎士団長は――
フリッツがリオネルに問い掛ける。
「四年前だったか? 騎士団がカシビアの枯渇を報告し、閉鎖を進言したのは」
「はい。父が調査団の指揮を任されておりました」
答えたリオネルは、レジーナに怒りをぶつける。
「レジーナ! なぜそんな見え透いた嘘を!?」
「嘘はついていないわ」
「いい加減にしろっ! 皆を危険な目に合わせ、君は一体なにがしたいんだ!?」
(え……?)
レジーナは彼の言葉に衝撃を受けた。
「皆を危険な目に合わせる」とは、つまり、レジーナがこの事態を引き起こしたと――?
(……ああ、だから……)
再会してからずっと、これほどの敵意を向けられているのか。
元より、殺人未遂の容疑者――少なくとも、彼らにとっては――、だから、警戒されても仕方がないとは思っていた。窮地にあっても、相容れないのだろうと。
だが、それ以上、レジーナが彼らを直接害すると思われていたとは。
思わず、嗤いそうになった。
醜く歪んだレジーナの口が、辛辣な毒を吐きそうになる。しかし――
目の前に大きな背中が立ち塞がった。
彼らとレジーナの間に立つ静かな壁。
「クロード……」
怒りが萎み、熱を失う。
レジーナは小さく苦笑した。
彼が振り返る。
見下ろして来る瞳に、レジーナは「大丈夫だ」と答えた。
「……平気だから、どいて。皆と話をさせて」
クロードは無言でその場を譲った。その代わりのように、レジーナの背後にピタリと張りつく。
レジーナはまた苦笑しそうになったが、呑み込む。静かにリオネルに問いかけた。
「……それで? 私が皆を危険な目に合わせたというのは、どういう意味かしら?」
「言葉通りだ! この場所に我々を連れてきたのは君だろう、レジーナ!?」
「いいえ、してないわ。……そもそも、私にそんなことができると思う?」
冷静に考えればわかりそうなもの。
レジーナには大して魔法の素養がない。それはリオネルも承知済み。
だが、彼は、否定されてますますいきり立った。
一歩前に踏み出したのを、アロイスが止める。
「落ち着け。レジーナの言う通りだ。彼女が我々をこの場に連れて来るなど不可能」
「しかしっ!」
「シリルやフリッツは魔術阻害のアイテムを身に付けているんだぞ? それでどうやって、二人を連れ去る?」
「それは……!」
リオネルが歯噛みする。アロイスに指摘され、無理があると気付いたのだろう。僅かながら、冷静さを取り戻したようだった。
(今なら……)
誤解は解けずとも、ここから抜け出す協力関係は結べるのではないか。
レジーナが口を開きかけた時、突如、割り込む声があった。
「あの、でも、もしかしたら、ですが……」
躊躇いがちな声。
エリカが怯えたような視線をレジーナへ向け、サッと逸らす。
「……実はあの時、私、レジーナ様の魔力を感じたんです」
リオネルがハッとしたように彼女を見る。
「本当かっ!?」
「はい……」
エリカは言い辛そうに、しかし、はっきりと答えた。
リオネルが再び勢いを取り戻す。
「レジーナ、説明してもらおう。どうして、あの状況で魔法を? 邪魔な我々を転移させようとしたのか?」
「違います。あれは、エリカの指輪を外そうとして……」
「指輪? 下手な言い訳はやめてくれ。あの場で指輪なんて関係なかっただろう?」
リオネルは、レジーナの言葉を端から信じる気がない。
レジーナはどこまで口にするか迷った。彼の背後にチラリと目をやる。
一歩引いた場所でこちらを眺める男。
レジーナは寒気を覚えた。僅かに顔を伏せ、口を開く。
「嫌な気配がしたのよ。魔法陣に合わせて、彼女の指輪が何かの魔法を発動していたわ。それが……」
とても嫌だった――
レジーナは、過去、同じ魔法の発動を感じたことがある。
その時、レジーナは一人の男の狂気を見た。
(あの時は、指輪じゃなくてブレスレットだったけど……)
贈り主である男は、今も穏やかな笑みでこちらを見ている。
リオネルが彼を振り返った。
「シリル、何かしらの方法で、君の転移魔法の転移先を変えることは?」
「うーん。僕より魔力が多くて僕より魔力操作が上手い人なら、ひょっとしたら?」
「そうか……」
つまり、レジーナを含め、あの場にいた誰にも不可能だった。
リオネルは落胆するが、それでもなお食い下がる。
「……レジーナの魔力が君の魔力操作に影響を与えた可能性は?」
「転移魔法を暴走させるってこと? 無理じゃない? そんなの聞いたことないし」
シリルの否定で風向きが変わる。
レジーナに非はない。
そう確定しかけたところで、エリカが再び「あの」と口を挟んだ。リオネルに告げる。
「ひょっとして、レジーナ様は勘違いしたのかもしれないわ」
「勘違い? どういうことだい?」
「この指輪がリオネルからの贈り物だと思ったんじゃないかしら」
「え?」
話が見えず、リオネルが戸惑う。
レジーナは不快に眉を顰めた。
「思ってないわ。勝手に話を作らないで。それこそ、何の関係もない話でしょう?」
「す、すみません。でも、リオネルからだって勘違いしたから、レジーナ様は指輪を盗ろうと無理したのではありませんか?」
「違うわ。盗るつもりだってなかった」
レジーナはきっぱりと否定した。
しかし、眉根を下げたエリカはユルユルと首を横に振る。再び「すみません」と口にした。
「レジーナ様がリオネルのことでお怒りになるのは当然です……」
何をどうすればそんな話になるというのか。
エリカの妄言に、レジーナは辟易する。
しかし、そんなことはお構いなしに、エリカはリオネルに訴える。
「レジーナ様が誤解して魔力を使ったのは私のせいよ。とても必死だったもの」
「エリカ……」
「それで転移魔法がおかしなことになったのかも。でも、決してレジーナ様のせいではないわ」
(この女、また……!)
レジーナは怒りに頭が沸騰する。
レジーナを庇う体で、「レジーナのせいである」とするエリカ。
それが、リオネルの目には、「悪者を庇う善人」という崇高な姿に映るらしい。
彼は目を細め、眩しそうにエリカを見つめる。
レジーナは内心のため息を飲み込んだ。
(馬鹿らしい)
今まで、何度同じような場面を見せつけられてきたか。
レジーナがエリカと揉めた時、エリカは決してレジーナを責めない。時に、庇うかのような発言をする。けれど、それは結局、「レジーナが悪」という前提の上に成り立つものだ。
かつてのレジーナはその前提を覆せないことに胸を痛めた。やがて、諦めを覚え、今はもう「馬鹿らしい」と切り捨てられる。
レジーナはアロイスとフリッツを向く。
「今後の話をしてもよろしいですか?」
フリッツが眉をしかめ、アロイスが答えた。
「ここから脱出する方法ということでいいか?」
レジーナが首肯すると、アロイスが「ならば」と告げる。
「あなたが真実を言っていると仮定して、ここがダンジョンの三十階層だとする。であれば……」
真剣な目がレジーナを捉える。
「この人数での脱出は不可能、ではないか?」
アロイスの言葉はもっともだった。
通常、十階層を越えるダンジョンに潜るには数ヵ月を掛ける。探索の装備を持たないとなれば、条件は更に悪くなる。
脱出は不可能。そう判断するのが当然だった。
けれど、ここにはクロードがいる。
レジーナが振り返ると、碧い瞳が静かに頷く。
レジーナはアロイスに告げた。
「一日に十階層を抜けて、三日で脱出するそうよ」
「三日……。そんなことが可能、なのか?」
「彼が道を知っているわ。道中の露払いも問題ないと言っているから――」
「ふざけるなっ!」
言いかけた言葉はリオネルの怒声に阻まれた。
「調査団がどれほどの犠牲を払ってダンジョンを攻略していると思う!? こんな知性の欠片もないような男の言葉など信じられるものかっ!」
クロードを侮辱する言葉に、レジーナは苛立った。
「文句があるのなら、あなたはこの場に残ればいいでしょう?」
睨み合うレジーナとリオネル。
アロイスが割って入った。
「リオネル、さすがに今のは言葉が過ぎる。彼は、私たちを助けてくれた恩人だろう?」
「だがっ! そもそもの話、レジーナが無茶をしなければ、我々がこんな場所に飛ばされることはなかった!」
話が堂々巡りしそうになったところで、フリッツが口を開いた。
「止めろ。ここでお前たちが言い争ったところで、どうにもならんだろう」
彼がレジーナを向く。
「……少し時間をくれ。俺たちだけで話をしたい」
「わかりました」
レジーナは頷いて、彼らに背を向けった。
奥の小部屋へ向かう。クロードが静かに後をついて来た。