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|龍紗《りゅうさ》の帳が静かに揺れる。
沈香木の幽玄な香りが、室内に静かに満ちていた。
天井の高い御座所には、漆黒の柱に金泥細工が施され、龍の彫刻が威厳を放っている。
煌びやかでありながら、どこか冷え冷えとした空気。
|煌星《こうせい》は、漆塗りの床に膝をついたまま、ゆっくりと顔を上げた。
玉座の横には、象牙の彫刻が施された硯台と筆が並び、静寂の中、琥珀色の瞳が煌星を射抜く。
――|燎華《りょうか》帝国 皇帝、 |龍景耀《りゅう・けいよう》。
その視線は、まるで興味深い玩具を見つけたかのように、どこか楽しげだった。
(……なぜだろう。何か、おかしい気がする……)
気のせいではない。
ここにいるのは、自分だけではない。
背後には、侍女の|柳蘭《りゅうらん》と|柳香《りゅうこう》が控えている。
緊張に喉が渇いた。
「貴妃様、お言葉を」
柳蘭の小さく低い声が響く。
落ち着いた声音ではあるが、その眼差しには「早く」と圧が込められていた。
「が、頑張ってくださいぃぃ……!」
柳香は、今にも泣きそうな顔をしている。
煌星は密かに息を吸い込み、心を落ち着かせるように瞼を閉じた。
|璃月《りげつ》なら、きっとこう言う――ゆっくりと目を開き、口を開く。
「……陛下、ご無沙汰しております。しばらく里へ戻っておりましたが、本日より再びお仕えいたします」
瞬間、空気が張り詰めた。
柳蘭の顔が微かに引きつる。柳香は「ひええ!」と声にならない悲鳴を飲み込んだ。
「……ほう?」
景耀の唇がわずかに釣り上がる。
それは、興味深いものを見つけたときの笑みだった。
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
(……バレて……? いや、まさか……)
景耀は静かに立ち上がった。
長い袖を引きずりながら、ゆったりと歩を進める。
煌星のすぐ目の前で立ち止まり、琥珀色の瞳がじっと覗き込んできた。
喉が詰まる。
逃げ出したいのに、体が動かない。
「……里帰りは、どうだった?」
低く、囁くような声。
瞬間、指先がひやりと冷えた。
何を答えればいい?
ろくに準備もしていないこの茶番を、どう切り抜ければ――
必死に心を落ち着け、煌星は無理やり口角を上げる。
「……陛下の御前で話すことではございませんが、何事もなく過ごしておりました」
景耀の笑みが、さらに深まった。
「そうか……ならば良い。下がっていいぞ」
その声音には、どこか含みがあった。
煌星は、静かに頭を垂れ、足早にこの場を去ろうとした――。
――カチリ。
乾いた音が響いた。
視線の先、景耀の指先には「|蘇貴妃《そ・きひ》」と刻まれた金牌。
それが、ゆっくりと|白磁《はくじ》の盆へと置かれる。
息を呑んだのは、煌星だけではなかった。
柳蘭と柳香も、静かに震えている。
(……嘘だろう……⁈)
静寂の中、涼やかな声音が響く。
「蘇貴妃よ、準備を整えておくがいい」
景耀の眼差しは、まるで獲物を追う猛禽のようだった。