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アクリルの雫

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アクリルの雫

1 - 世界観考察に一番時間かかった

♥

35

2025年10月19日

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「…………。」


河畔の草を踏みつける、静かな狼の足音。真夜中の街は魔法のような街灯の明かりを見せ、草木の生い茂る川沿いの道には豊かな木々がそびえ立つ。


“……シロコ。”


「ん、先生。」


少し異色な、静けさに包まれた川沿いの場所。今にでも雨が降り出しそうな黒塗りの空、髪を掠める風が微かに音を鳴らす。


“どうしたの?こんな所で。”


「──ちょっとだけ、記憶に残ってたから。」


記憶を蘇らせながら、私はツツジの花に触れる。


「…私はそろそろ戻るよ。」


重い腰を上げ、立ち上がる。無気力な足を引き摺り気味に、微笑みを浮かべる。そこにまた、先生は笑みを返してくれた。



「こっちのシロコに、ビナーがまた出たって伝えといて。」


“分かった。ありがとう、シロコ。”




「───雨。傘持ってないのに。」


街道の脇、降りしきる雨音が耳に入ってくる。聞こえてくるしつこい音、静止したようにすら見えるアクリルのような雨をどうも気に入ることができない。

さっきまでの賑わいも大層と落ち着いて、その静けさは順を追って近づいてくる。見覚えのある、アビドスの街並み。その一つ一つが、あの頃の記憶を鮮明に映し出してくれる。


頬をがさつに撫でる冷えた風が、しつこい雨粒で冷えた体に染み渡る。自然と訪れたコンビニで、無機質でも少し温かい挨拶を受け取る。

置いてある商品を見ていると、よく見覚えのある影が見えた。


「……あ。」


「……シロコちゃん?」


目が、ふと合った。無声劇みたいな店内の時間は、河口に近づいた河のようにゆるやかに流れていた。



「シロコちゃん、この辺りにはよく来るんですか?」


「うん、ノノミは元気?」


「はい、元気です☆」


夜の静かなコンビニ脇。ノノミとはよく会うし、他愛もない会話のはずが、少し固い再会のようにも聞こえてしまう。ノノミの隣に置かれたマシンガンが、無意識にも視界に映り込んでくる。


「それにしても、こうやって一対一で話すのは中々無いかもしれませんね〜」


ノノミの声に、はっとした。今までノノミと話すとしても、大抵はホシノ先輩や皆がいた。


「……確かに。」


変に納得のついたような声と共に、ノノミの静かな失笑が聞こえた。ノノミの失笑を聞いたのは久しぶりだったかもしれない。


「……すみません」


肩を震わせながら、ノノミは答えた。そんなに変だったか疑問に思ったが、私は自分の頭に乗った1枚のツツジの葉に気づいた。


「……ん、そういえば最近はどう?」


「あ、最近はヘルメット団の数も目に見えて減ってきてるんです☆」


満面の笑みで、ノノミは話してくれた。見慣れているはずの顔なのに、どこか疑問を持ってしまう自分を悔やむ。


「…?どうかしましたか?」


正直、衝撃を受けた。心の中で留めておいたと思っていたものの、顔にまで浮かんでいたのか。


「……なんでもない。」


おもわず、左手が震える。私は怖かった。ノノミはきっと私を歓迎してくれてる。それ自体は、もう分かっていた。

私の存在に、疑問や不信感を持たれるのが怖かった。それが、杞憂と分かってもなお。


「………そう、ですか。」





「それでは、私はこれで☆」


暫く話した後、ノノミに手を降って別れた。別れた後、晴れた道を、歩いていた。

途端に、まわりの湿度を含んだ空気は温度を上げはじめる。首筋のあたりにじっとりとへばりつくような汗がにじみだして、嫌気が恐怖を誤魔化してくれているように感じる。


私は、ビル近くの路地裏に目を向けた。不思議と、あの路地裏に私と先生が座っている光景が思い浮かぶ。あの時、ビルはもう無くなってたけど、先生は顔一つ変えずにいた。変えれなかった。


「…………。」


崇高的には記号すらも無い畏敬に喉を刺されて、歩くことがやっとだと自分に言い聞かせる。

少し生臭い匂いを無視して、路地裏を進む。その途中、黒い猫を見かけた。猫は、便利屋の課長が好きだった気がする。


慣れた動きで道に出る猫を横目に、私はとある場所に着いた。アビドス自治区の、石塀の並ぶ住宅街。不気味にも艶を浮かべた甲虫の死骸に、冷え込んだ候薫風が刺さるように当たっている。


「ここ、か……。」


道路の何の変哲もない場所。近づいてみても変わらない寒さは、冷涼なんて形容できるものじゃなかった。


あの日、先生を拾った場所。そして、私と私があの物語を始めた場所。ここが私の始まりで、私の始まり。そして、私の終わり。



記憶はこびり付いて、錆びついて。優麗に畏敬を語る背中は、どこか綺麗で、儚くて、怖ろしくて。

あの日見た雨が、アクリル素材でできた雨みたいに視界に映る。どこか暖かいアルカリ性の涙が、その雨を伝って、どこか地面に消え落ちて──。


同時に、夜の崇高さが蛇のように感気味悪くも余所となった。


「…………。」


独り歩きする記憶を追い回していたら、無意識に家についていた。比較的最近の記憶だ。



「先生って、なんだろうな。」


あの日、先生は崇高的な大衆芸術だった。勿論、私でも。

その真理を見れる人はいなくて、仮想性の記号に奇行を繰り返す機構は、いつ見ても理解とは程遠い。でも、それがあの時できた最大限の功利だと最初から分かっていた。

それが真理で、それもまた解釈を含んでいる。多重的な解釈に、実存不安が止まらなくなる。



夜は明け、朝に星が消えた。変な無力感は、形容しづらく神秘の無い空洞性を思わせる。起きてから5分後、ヘイローがやっとついたように感じた。



「……、大丈夫?」


“大丈夫だよ、シロコ。”


玄関口に立つ先生。肩に、大量の砂がついていた。


「……とりあえず、拭こう。先生。」



“………ありがとう、シロコ。”




人の声も無い朝方の静けさ、紫の花を眺める。


“……ツツジ?”


「そうだよ、先生。」


“綺麗だね。”


雨宿りの時に近い空間。穏やかな空気感が、目に写る。


「…………。」


“…寝不足気味?”



私の目を見て、先生はそう尋ねる。動揺する目、変な質問でもないのに。震える左手を、私は先生から隠す。


「──先生って、不思議な存在だなって。」


“…そう、かな?”


変な空虚感が立ち込める。先生の目は、まだ麗しく透き通っているままで。


「崇高も無い、記号も少し。」


“語彙が増えたんだね。”


潤しい窓外。小編成の演奏ほどには、まだ少し落ち着いた様子だった。


“……シロコ。”


少し低い、先生の声。澄んでいて、暖かくて、どこか聞き覚えのあるような。


“難しく考えるのは苦手かな。”


“崇高とかそういうのは、あまり分からない。”


「……そっか、そうだよね。」


──私も、そうだ。


“……悩みがあったら、なんでも言って。”


少しの間を開け、先生はそう言った。


「…………。」



「いや、なんでもなかった。」


“そっか。”



鶏鳴を連想させる、暁の時間。静かなこの空間が、心臓を握っている。


「私は、ちょっと散歩に行ってくる。」


道で先生に手を振り、直線の道を歩く。きっと、私は気づいたのだろう。そして、忘れた。今日は良い日かもしれない。



「…あ、ノノミ。」


「シロコちゃん、少し暗そうな顔だったので。」


明るい声が、反響も無しに響く。朝霞の中、風が髪を靡かせる。


「……穏やかな顔ですね。良かったです☆」


その声は静かに、透き通っていた。朝日に照らされ、小鳥が鳴き声を上げ始める。


「……うん。」


小さく、応答する。

ノノミは、ただ笑顔だった。そして、私も。



この作品はいかがでしたか?

35

コメント

5

ユーザー

おお......なんともすっと目に入る文章だ。クロコの妙な心の突っ掛かり?がひしひしと感じました!

ユーザー

アルカリ性の涙とかの表現良すぎるなぁ…クロコの不安とかそういうのがひしひしと感じる作品でしたなぁ

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