周囲が夜に覆われていくなか、星歌はチラチラと隣りを気にしながら歩を進めていた。
左手をぐっと握りしめて。
翔太が去ったあと、忘れ物のスマホを届けてくれただけだよと、問われてもいないのに必死に説明したものだ。
「ふーん……」と、行人は半眼を閉じた微妙な表情で、聞いているのかいないのか。
そのまま、ふたりは並んで歩きだした。
無言である。
この短い距離が異様に長く感じられたのは、彼女の迷い故か。
行人が、どうやら自分の歩調に合わせてくれていることに気付くと、未練が足取りを更に重くする。
「じゃあね」と手を振れば良かったのに。
ふたりの分かれ道はとっくに過ぎてしまっていた。
結果的に行人のアパートに到着し、階段を上る。
一段一段、足を持ち上げるのがこんなに重いなんて。
一日中ヒールで立ちっぱなしだったというのも原因だろうが、圧しかかる気持ちが、より過重をかけていたに違いなかった。
今はシレッとした表情にみえる行人だが何となく声をかけづらいのは、いつもに比べて足音が荒いからに他ならない。
星歌は握りしめた左拳に更に力をこめた。
バラバラに離れた星の飾りたちが皮膚に喰いこむことも厭わずに。
体重など感じさせないかのように階段を上る義弟の背中を見つめる。
この男が、石野谷という名のあの生徒の元に行ったのは恐らく間違いないだろう。
思いのほか早く戻ってきてくれて良かった。
あのまま、ひとりで自分のアパートには帰りたくなかったから。
「星歌?」
不意の呼びかけに我に返ると、段を上りきったところで行人が立ちつくし、見下ろしていた。
「大丈夫か? 足、痛い?」
「んーん、だいじょぶだよ」
にわかに沸き立つ雨雲が空を汚すように、ともすれば、どす黒い感情が全身を蝕むところだった。
星歌は平静を装って義弟の問いに首を振った。
決して遅い時間ではないとはいえ、単身者向けのアパートだ。
廊下での会話には気を遣う。
それ以降、ふたりは無言で廊下を進んだ。
鍵を取り出す行人の手、骨ばった手首を何気なく見つめていた星歌は、チャリンという音に引き寄せられてそれを凝視した。
「あっ……!」
行人の手からこぼれて、遊ぶように揺れている白い星形。
今まさに星歌の左拳の中で眠っている壊れたブレスレット──その星のカケラとまったく同じものを、行人はキーチェーンに加工して持っていたのだ。
「行人、それ……」
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