仲良く手を繋いだまま家の中に入り、階段を上がってリビングに足を踏み入れたときだった。
「あ、スマホが鳴ってる」
歩は渋い顔をしながら制服のポケットからスマホを取り出し、無言で出る。しかも、耳からスマホを遠ざけた状態で。
『おに~ちゃんっ! 今、どこにいるの?』
――ああ、妹さんが心配して電話をかけてきたのか。
「うっせぇな。落ち着けって……学祭が盛りあがっちゃって、今夜は友達の家に泊まるから」
俺の顔をチラチラ見ながら、歩は意味深に笑った。今夜は泊まるって、つまりアレだしな。
『ウソついてもバレバレなんだからね! お兄ちゃん、すおー先生の家にいるんでしょ』
「なっ、なんで?」
スピーカーにして話をしていないのに、兄妹の会話が筒抜けって何気にすごいな。しかもウソが簡単にバレるとなると、お兄ちゃんは大変だ。
いつも自信満々な歩が、小さい妹にやられてる姿はかなり貴重なもので、口元を手で覆って笑いを必死になって堪えた。
『だって友達の家に泊まるとき、ちゃんと誰々って名前を教えてくれるのに、今は言わなかったから』
「やっ、それは大人数で、まだどこに泊まるか決まってなくて……」
『茜にウソついてもムダだよ』
その言葉に、ウッと息を飲む歩。バカ犬の素直さを、こういうところで発揮して、どうするんだか。
俺は頭を掻きながら思案して、目の前にあるスマホを迷うことなくひったくった。ギョッとした歩を無視し、勝手に話し出す。
「茜ちゃん、こんばんは。久しぶりだね」
『わっ!? すおー先生』
「茜ちゃんのお兄さん、ずっと学祭で忙しかったでしょ?」
『うん。帰ってくるのが遅くなってた』
やっぱり心配してるんだな、兄思いのいい妹じゃないか。
ほほ笑みながら歩を見ると、テレながら人差し指でポリポリ頬を掻いていた。
「今日、病院がお休みだったから、お兄さんの高校に行ってみたんだ。そしたら、顔色が結構悪くなっていたの。それで検査を兼ねてウチに泊まってもらおうと、さっき決まったんだ。茜ちゃんに心配かけたくなくて、お兄さんはウソを言っちゃったんだよね」
『そうだったんだ。お兄ちゃん、大丈夫ですか?』
「うん、大丈夫なようにちゃんと検査して、お薬を出しておく。元気になって、帰ってくるからね」
『お兄ちゃんを、よろしくお願いします』
しっかり挨拶をして電話を切った、しっかり者の妹。歩にスマホを返してやる。
「タケシ先生ゴメンな、いきなりウソつかせちまって」
しゅんとしながら謝ってきた言葉に、首を横に振った。
「いいや。あまりおまえには、ウソをつかせたくないから。俺と付き合っていくということは、こうやってウソを重ねることになる」
ウソをついてでも、歩と付き合っていく。その覚悟はとうの昔にできていた。だけど家族や周りを騙して付き合っていく覚悟に、コイツをつき合わせるには、まだ早いだろう。そこのところは俺がうまく立ち回って、フォローをしてやる。
「おまえを手放したくないから、俺は平気でウソをつくよ。縛りつけて離してやらない」
ほほ笑みながら告げてやると、歩は珍しく顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……タケシ先生、今日はやけに甘すぎ。嬉しすぎて、どうしていいかわかんねぇ」
「言ったろう? おまえにだけ甘いんだ。今だけ、な」
明日には、元に戻っているかもしれない。今日はやけに胸クソ悪い言葉ばかり、吐き続けているし。
「ずっと、甘くしていてほしいのに。ダメ?」
歩は持っていたビニール袋をダイニングテーブルに置いてから、いきなり俺の体を持ち上げた。まるで荷物を担ぐように。
「ちょっ!? なにするんだ?」
「殴られ防止だよ。このままベッドまで連れて行く」
ベッドという言葉に、サーッと血の気が引いた。だってヤバイ状態なのだから。
「まっ、待て! 寝室はダメだ。下に行こう」
担がれているので暴れるワケにもいかず、歩の背中をバシバシ叩きながら、足止めしようと騒ぎ立てた。
「ん? 寝室がダメってどうして?」
「その……散らかっていて、できる状態じゃないんだ」
寝室の状況を伝えたというのに、カラカラ笑い飛ばす。
「珍しいのな。いつも俺には整理整頓しろって、口煩く言うクセにさ。忙しくしていたから?」
「や、そんなんじゃなくて……とにかく引き返してくれ。見られるのがハズカシイ」
「今さらなにを言ってんだか。恥ずかしがるような関係でもないのに。散らかっているモノなんてさっさと蹴散らして、はじめようぜ」
「頼むから、引き返してくれって。本当に酷いんだ……」
押し問答している間に、寝室前に到着してしまった。
「酷いかどうかは、俺が見て決める。もしかして誰かと情事を過ごしたあとが、見られたりして?」
ニヤニヤしてる様子が、ひしひしと空気で伝わった。寝室の状態を見たら、きっと驚くだろうな。
歩は力なくグッタリした俺を担いだまま扉を開け、パッと電気を点けた。
「うげっ! なんだよコレ……泥棒にでも入られたのか?」
「……見てわかっただろう。さぁ引き返せ、今すぐに!」
「その前に説明しろって。キレイ好きのタケシ先生がこんなに散らかすなんて、らしくないよ」
突っ込んでほしくないトコ、いつも指摘するなんて。少しは見逃すことを覚えてほしいのに。しかも担がれたままって、なんの拷問なんだか。ただでさえこの状況を見られてハズカシさの極みで、余計頭に血がのぼってしまう。
「らしくなくて当然だろ。はじめておまえの通ってる大学に顔を出すんだし、久しぶりに逢うんだから」
ベッドの上や床に散乱したままの、朝のファッションショーの服。すぐに片付けられなくて、帰ってきてから整理しようと、そのままの状態だった。ただ、散らかしているだけじゃない。その理由を知られて、恥ずかしくないヤツがいるのなら見てみたい。
俺が告げた力ない言葉を聞き、歩はゆっくりと床に下ろしてくれた。そしてわざわざ頭の先から足先まで、俺の姿を見つめる。
「ただ俺に逢うだけなのに、こんなに散らかして、なにやってんだタケシ先生」
「笑ってくれ。なにを着ても変わらないのがわかっているのに、バカみたいに舞いあがってさ。ハハハ……」
「すげぇキマってる。さすが俺の恋人って感じ」
歩の言ってくれた言葉が、じんと胸を疼かせた。それと同時に感じる、頬を染めあげる熱――どうしていいかわからず、瞳が忙しなく動いてしまった。
恥ずかしくなって背中を向けると、後ろからぎゅうっと体を抱きしめられる。
「寝室に入らなかったらタケシ先生のキモチ、全然わからなかった。どうして隠すんだよ? 俺は全部知りたいっていうのにさ。今だってそうやって、かわいいい顔を隠そうとしちゃうし」
「やっ、だって……らしくないトコ、見せたくなくて。まるで俺がおまえに――」
「ん。わかってる、バレバレだし。耳まで赤くなってる」
甘ったるい声で囁いたと思ったら、首筋にキスを落とした。
「くっ、いきなりなにするんだ!?」
「だって、こっち向いてくんないから仕方なく、目の前にあるものにキスをしただけだよ。俺のだって印、つけたいし」
耳元で囁くと、同じところに噛み付くようなキスをした次の瞬間、肌に残るであろうチリッとした痛みが走った。
「こらっ、目立つトコにつけるなって」
「はあぁ? ホントは出てるトコ、全部に付けたいのに、ここだけで終わらせてる俺のキモチを、偉いって褒めてほしいね」
手を離され自由のきく体でテレながら渋々振り向いた俺に、へらっといつもの笑みをくれた歩。
首につけられた痕を撫でさすりながら睨んでやると、しゃがみ込んで床に落ちてる服を手に取り、キレイに畳み始めた。
「手間のかかる大人だよな、困った人すぎる。素直じゃないし、思ってることだって、なかなか言ってくんないし。二言目には、俺のことをバカ犬呼ばわりするクセに」
「なんだよ……」
いつも歩に対して困ったヤツと思ってる俺に、延々と文句を言われようとは――。
「この散らかってる洋服の量とタケシ先生の想いが、見事にリンクしちゃってるなぁんてさ。涙が出そうなくらい、感激させてもらってます」
(く~~っ、しなくていい指摘しやがって!)
突っ込むのもバカらしいので文句を飲み込み、歩の隣に座って無言で服を畳み始める。
ムスッとしたままの俺に、歩はなぜか手にしている洋服を押しつけた。しかも押しつけるというよりも、体に服を当てているみたいな感じ。
「へぇ、なるほどな」
「なにが、なるほどなんだ?」
そこら辺に落ちてる服を数点適当に掴んでは、俺に当てて見比べ続ける歩。
「一緒にいるときからタケシ先生って、お洒落だなぁと思ってたんだけどさ。近くにいるからこそ気がつかないものが、結構あるんだなって考えさせられた」
言ってる意味がわらず首を傾げると、笑いながら洋服のタグを指差した。
「服を畳んでいて気がついたんだ。同じブランドのものがあるんだなぁってさ」
「ああ、そこのデザインが好きなんだよ」
ぽつりと呟いた言葉に、歩は柔らかい笑みを浮かべる。
「こんな小さいことだけど、タケシ先生のことが知ることができて、すっげぇ嬉しい」
「そ、そうか。こんなくだらないことなのに」
言いながら自分自身も歩のことなら、小さいことだって知りたがっていることを実感させられた。こんなに傍にいてなんでも知ってると思っていたのに、お互いまだまだ知らないことだらけだった。
「タケシ先生今度さ、デートしよう。ここのブランドショップに連れて行ってよ」
言いながら左肩をコツンとぶつけてくる。不意打ちで体が、グラリと揺れた。
(いきなり、じゃれついてくるなよ。心の準備が追いつかないじゃないか)
「別にいいけど。なにを買うんだ?」
「タケシ先生に俺が似合う服を、是非とも見繕ってほしくてさ。一度、やってみたかったんだよ。お揃いってヤツ」
覗き込むように俺を見て、嬉しそうに瞳を細めた。
「お揃いって、なんだかなぁ……」
歩の言葉に顔を曇らせると、そうじゃなくってさと大きな声で訂正する。
「お揃いはお揃いでも、見えないお揃いってヤツ。同じブランドの服を着て、並んで歩きたい。パッと見、他の人にはわからないだろうけど、俺らだけがわかってる繋がりっていう感じ」
「……おもしろいことを考えたな。そういうの、キライじゃない」
歩には、どんな服が似合うだろうか。きっと、店にあるもの全部を試してしまうかもしれない。親バカならぬ、恋人バカってヤツかも。
店内でのやり取りを想像しただけで、自然と笑みが浮かんでしまった。そんな俺の左腕を、強引に自分に引き寄せた歩。
「うわっ!?」
胸元に飛び込んだ体を、ぎゅっと抱きしめてくれる。胸の高鳴りを知られたくなくて、慌てて両腕を使い、なんとか抵抗しようとしたけど、全然ビクともしなかった。
「なに、赤い顔しながら抵抗してんだ、タケシ先生」
「ま、まだ片づけが終わってないのに……」
「タケシ先生が俺のことを考えながら畳んでる間に、ベッドの上をキレイに片付けました」
「……なっ!?」
(――なんで歩のことを考えてるってバレてんだよ)
口をパクパクさせてる俺を見て、歩は心底おかしそうに笑う。
「目尻をデレデレ下げて、楽しそうな表情をしていたら、誰でもわかるっちゅーの。大方、俺とのデートシーンでも考えていたんだろうな」
言い終わらない内に抵抗していた両腕を掴み、引き上げるとそのままベッドに押し倒す。
「もう、ぜってー逃がさない」
囁くように言うと、唇を合わせてきた。高台で俺が歩にしたキス――舌を甘噛みされた瞬間、胸の奥がきゅっとしなる。その後におとずれてきた、呼吸を奪う荒いキスに、体がどんどん熱くなっていった。
「はぁ、あっ……んぅ……」
大好きな歩に求められ、普段はあげないような鼻にかかった声を出してる自分。素直になるにはまず、テレをなんとかしなければならないな。
「なぁ……もっと教えてよ、タケシ先生のこと」
「な、にを?」
「他にどんなことをすれば、感じさせることができるのかって」
濡れているであろう唇を、右手人差し指でそっとなぞられる。それだけなのに感じてしまい、ゾクゾクしてしまった。
お返しといわんばかりに、なぞっていた歩の手を掴んで人差し指を口に含み、音をたてて食んでやる。
――簡単には、教えてやらない……。
「ちょっ、その顔すっげぇ反則。かわいすぎるんだけど」
(おまえを感じさせたいから、教えてやるもんか)
「俺のことを感じさせたいなら、自分で探せバカ犬」
歩は挑戦的な俺の言葉に目を細めてから、両手の関節を鳴らした。
「じゃあ遠慮なく探して、感じさせてやるよ!」
ムダにでかい声で宣言し剥ぎ取る勢いで、俺の服を脱がしにかかる。
「おっ、おいこら! 服が破れる破れる! 丁寧に扱えって高いんだぞ、これは!!」
「いいじゃん、そんなの。破れたら買ってあげるって」
「バカ者っ、この服は限定品だ。もう売ってないんだぞ」
洋服を守りながら歩の頭に目がけて、拳を振り下ろした。
「いってー! 俺よりも服のほうが大事なのかよ!」
「どんな物よりも、おまえが一番大事だ!!」
勢いでポロッと本音が漏れる。しまったと思ったら、歩は俺の頭にチョップを仕掛けた。
「ほほぅ。タケシ先生は大事な俺にどーして、こんな扱いをするのでしょうね?」
「そ、それはおまえが俺に対して、雑に扱うから……。その反面教師というか――」
横を向いて必死に言い訳する自分が、情けないことこの上ない。顔の表面、全部が熱いぞ。
「あー……何かタケシ先生の匙加減、未だに読めねぇ。これだから、惹きつけられるんだろうな」
歩は横を向いた俺の耳元で甘く囁くと、優しい手つきで服を脱がしていく。
「電気……消してくれ」
「イヤだね。久しぶりだから全部見たいし、それに――」
正面を向くといつの間にか、服を脱いでる歩の姿が目に留まる。一回り、体が大きくなった気がした。
「感じてるタケシ先生の顔をしっかりと見たいから。忘れないように、頭の中に刻みつけたい」
そんなふうに言われたら、断れるワケがない。
「だったら俺も、おまえの感じてる姿をしっかり見てやる。覚悟しろよ」
俺が知らない、おまえの顔がたくさん見たいから――。
心の中でそう呟いて、歩が知らないであろうキスを、しっとりとお見舞いしてやった。
「んっ……タケシ先、生ぃ……エロすぎ」
「俺のキモチを受け取ってくれ、バカ犬」
薄ら笑いを浮かべた俺に、今度は歩がキスをしてくれる。
特大のアメを投げつつ、時々鞭の応戦をしながら、この日の夜は適度に甘く過ごせた俺たち。それはきっと、未来の俺たちの姿なのかもしれないな。
疲れ果てて眠ってしまった歩の隣で、幸せを噛みしめながら思ってしまった。
「素直になりきれない俺だけど、これからもヨロシクな……」
ポツリと呟いて、歩の肩口に頬をすりりと擦ってみたら、ぎゅっと抱きしめてくれる。
この腕の中にずっといたい、笑っている歩の傍にいたいから――ちょっとずつ素直になろうと、決意した夜だったのに。
翌朝目覚めたら、いきなりヤろうと圧し掛かってきた歩に向かって、力いっぱい拳を振り下ろしてしまった自分。
――いつまで経っても、この恋は甘くはならない模様である。
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