テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
扉の向こうに立っていたのは、次男――蓮翔だった。整った髪、淡いグレーのシャツ。高校の制服姿で記憶が止まっていた顔が、わずかに大人びて見える。それでも、変わらない。あの目は。
「久しぶり」
その声に、一瞬、呼吸が止まった。
どこか他人行儀で、しかし明らかに確信をもってここに来ている声だった。
蓮翔は一歩、扉の隙間に足を差し入れた。
悠翔は反射的に動けなかった。むしろ、動くことが許されていないような感覚。時間が、戻っていく。
「こんなとこにいたんだな。言ってくれりゃ、もっと早く来たのに」
口調は軽い。けれどその軽さは、かつて悠翔の心をすり潰した“あの家庭の温度”に酷似していた。
久しぶりに会う弟への再会でもなければ、対話のための訪問でもない。それは“確認”だった。
「……何の用」
かろうじて言葉にできたのは、それだけだった。
蓮翔はその問いに直接答えず、部屋の中をひととおり見回した。
「大学、まあまあ楽しいか? ……ああ、そういや聞いたよ。お前、呼び出されたらしいな」
悠翔の体が微かに強張る。蓮翔は、それを面白がるように口元を歪めた。
「懐かしいな。お前、昔もそうやって誰にも言わなかったよな。怒りもしねぇし、泣きもしない。けど、全部覚えてんだろ?」
悠翔は答えない。
ただ、目の奥に静かな光だけを灯していた。
「……あの頃と同じでいてくれた方が、こっちはやりやすい」
そう呟くと、蓮翔は何事もなかったように背を向けた。
別れの言葉もないまま、階段の下にその姿が消える。
――数分後、扉を閉めた部屋の中で、悠翔は壁にもたれながら、ようやく膝を折った。
部屋の灯りはついていたが、視界の奥が、ほの暗く揺れていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!