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モルスの爆発は大きく、チリーやレクス、サイラスまでもがその爆風に吹き飛ばされた。

爆風を自分の背中で受け止め、チリーは必死にミラルを抱きかかえる。


チリーは背中から地面に落下して転がり、血反吐を撒き散らす。いくらエリクシアンとは言え、受けたダメージが多過ぎる。苦痛に耐えながらも、チリーはミラルの安否を確認した。

今の爆風による外傷はない。しかし意識を失った状態だ。


「ッ……クソ!」


酷い有様だった。


腕や首筋、見える地肌はほとんど傷だらけだ。顔にも細かい傷が複数あり、血や土埃で服や髪が汚れている。

極めつけは手のひらだ。高熱を発していたモルスに直接触れたせいで、ひどく焼けただれている。その傷跡は見られたものではない。


細く小さな少女の手が負うべき傷ではない。


「ミラル! おい! 目ェ覚ませ!」


揺さぶっても反応はなく、チリーは否応なく思い出してしまう。


自分の腕の中で息絶えたティアナ・カロルの姿を。


「死ぬな……死ぬんじゃねえ!」


まるで、泣き喚くような声だった。


もう虚勢も何もない。今のチリーは、目の前の惨状に泣き叫ぶだけのただの少年だった。


「……チリー!」


そんなチリーの元に、アダマンタイトブレードを杖にしたレクスがふらふらと歩み寄る。

レクスの存在は認知しつつも、チリーはミラルから一切目が離せなかった。


「ミラルが……ミラルが目を覚まさねェ!」


一切思考がまとまらない。


言語化することさえ難しい速度で、感情だけが頭の中を駆け巡っていく。


呼吸の音が聞こえない。ミラルはピクリとも動かなかった。


「ふざけんじゃねェ……ッ! こんなこと、あっていいわけがねェ!」


決定的な言葉が思い浮かぶ度に、チリーはそれを必死で振り払う。


そうだ。こんなことがあっていいわけがないのだ。


「こいつは巻き込まれただけだッ! 何の責任も咎もありゃしねえだろうがッ!」


賢者の石も、聖杯も、モルスも、ミラルの意志とは本来何の関係もない。こんな場所でこんな目に遭う理由は、ミラルにはないハズなのだ。


それを彼女は、聖杯の力が自分にあるなら、守るために使うべきだと、そう言ったのだ。そしてそれだけを理由に、命を賭けたのだ。


「俺は……俺は情けなくて仕方ねえよッ……!」


チリーにとってこの旅は、負うべき責任を果たすためだけのものだった。


自分の力を壊すものだと決めつけて、ただ破壊だけを目的に歩み始めた。


そこに崇高な意志などありはしない。言ってしまえば、自分の罪を少しでも洗い流すためだけの旅をしようとしていた。


それが、少しだけ変わろうとしていた。


ミラルや、シュエットやレクスを見て、守るために使える力なんじゃないかと思えてきたのだ。


それなのに――――


「あいつの言う通りだ……俺はッ……俺はいつだって口だけじゃねえかッ!」


今度こそ守ると決めた相手すら、満足に守れない。


これでは何も変わらない。今までと同じだ。


青蘭の言うように、もう一度繰り返すだけだ。


「なんでこんなに……俺は守れねえんだッ……!」


チリーの手が、力なく垂れ下がる。

一向に目を覚まさないミラルを呆然と見つめて、チリーは一筋の涙をこぼした。


「……諦めるな……!」


そんなチリーを半ば突き飛ばすようにして、レクスは倒れているミラルの前に膝をつく。


「まだ、やれることはある……」


言いながら、レクスは両手でミラルの胸元を抑え込む。


「何をする気だ……!?」

「騎士団の仕事は戦いだけじゃない。救助活動もその一つだ!」


レクスの言う通り、騎士団の活動には戦闘だけでなく救助活動も含まれる。近隣で事故や災害があった際、救助のために駆けつけるのもまたヴァレンタイン騎士団なのである。

そう言った場合、被害者がショックで呼吸が停止しているパターンは少なくない。そのため、騎士団のメンバーは心肺蘇生の方法もある程度叩き込まれているのだ。


「くッ……!」


レクスが現在行っているのは胸骨圧迫だ。一時的に停止した心臓をマッサージで再び動かさなければならない。

しかし負傷しているのはレクスも同じだ。いつも通りには力が入らず、レクスの身体にも激痛が走っている。


「手を貸してくれ! チリー!」


やや呆気に取られていたチリーだったが、レクスの言葉でハッとなる。

レクスと同じようにミラルの胸元を両手で抑え、ミラルの呼吸が戻ることを祈った。


「頼む……ッ! 死ぬんじゃねえッ……!」


こんなところで、彼女の命を終わらせるわけにはいかない。何もかもが終われば、ミラルには平和に生きる権利があるべきなのだ。


それを、こんな場所で失わせてはいけない。


(何より俺が……お前と、もう一度話がしてェ……ッ!)


伝えたいことがある。礼も謝罪も、まだ出来ていない。

自分のことよりも先に、チリーの未来を案じた彼女の未来を、絶対に失いたくない。


「お前は生きてなきゃダメだッ! こんなところで、こんな理由で死ぬんじゃねえ!」


必死に叫ぶチリーの目元から、もう一度涙が落ちる。


(俺があの日を許せなかったのは……こんな死で溢れていたからだ!)


赤き崩壊(レッドブレイクダウン)は、あの日いくつもの命を奪い去った。失われるべきじゃなかった命が、理由もなく失われていった。


それは同時に、ルベル・C(チリー)・ガーネットの死でもあった。

或いは青蘭の。


そんなチリーを、もう一度目覚めさせたのがミラルだ。


破壊のためでなく、守るために力を使うべきだと、そう思わせてくれた。


赤き破壊神は、ミラルと出会ったあの日から守護者に変わり始めていたのだ。


「頼む……死ぬなッ……!」


縋りつきながら咽ぶチリーの声は、どこか掠れかけていた。


そして次の瞬間、チリーは微かな呼吸の音を聞き取った。


「かっ……!」


咳込みながらミラルの身体が跳ねる。そのまま咽るミラルの姿を見て、チリーは思わずポロポロと涙をこぼした。溢れ出す感情を一切隠せず、チリーはミラルの身体を抱き寄せた。


「起きるのが遅ェンだよ……ッ! 心配かけやがって……ッ!」


チリーの言葉に、ミラルは答えることが出来なかった。

意識はまだ曖昧で、言葉もほとんど聞き取れていない。


ただそれでも、どんなことを言われているのかはなんとなく理解出来たし、チリーがどんな思いでいたのかもわかるような気がした。


「あり……がと……」


小さく答えたミラルの身体を強く抱きしめて、チリーは誓う。


この命を絶対に放しはしない、と。



***



ミラルが息を吹き返した直後、既に動きを止めていたモルスから再び轟音が鳴り響く。


慌ててチリーとレクスがモルスの方へ視線を向けると、そこにはリッキーを抱えて飛ぶサイラスの姿があった。


モルスの方はもうピクリとも動かず、身体の中心から破裂するような形で壊れている。その場に膝をついたまま微動だにしないその姿は、最初からそこにあった銅像かなにかのようだった。


モルスの周囲はかなり酷い有様だったが、幸い町への被害は少ない。爆風による影響はある程度あるだろうが、少なくとも激しい二次災害には繋がっていないだろう。


「まだあんな余力があんのかよあいつは……!」


チリーに一度敗れ、モルスの爆発の渦中にいたハズのサイラスだが、まだ飛び回る程の余力があるらしい。


まだ意識がはっきりとしないミラルを近くに寝かせ、チリーとレクスはこちらへ向かってくるサイラスを見据えて身構えた。


感傷に浸る余裕もないまま、チリーの意識は戦いへと引き戻される。


(俺もレクスもいい加減限界だ……! それに、今はミラルを安全な場所に移してェ!)


サイラスがゆっくりとチリー達の前に降りてくる。その右肩には、リッキーが乱雑に抱えられていた。


「……よう」


チリーとレクスに視線を向け、サイラスは小さく息をつく。


既にチリーは身にまとっていた鎧も失い満身創痍の状態だが、サイラスもかなり魔力を消耗しているのか、翼以外はほとんど人間の状態だ。


その上でどこまでやれるかわからない。


チリーがミラルを一瞥してから目で合図すると、レクスはすぐに頷いた。


(ミラルを頼む……!)


レクスもかなりボロボロだったが、それでもなんとかミラルを抱きかかえると、その場を離れていく。


サイラスはそれを、追おうとはしなかった。

ただ黙ったまま、その場に残ったチリーを見つめていた。


「やるんだろ……? 相手してやるよ」


サイラスは必ず再戦を望む。そう考えて身構えるチリーだったが、意外にもサイラスはかぶりを振った。


「今日はもうやらねえよガキ、俺の負けだ。モルスがアレじゃもうここに用もねえ……帰るぜ」

「何……?」

「それより名前を教えろよ」


そう告げるサイラスからは、戦闘中の異様な熱気はもう感じられなかった。


「……チリーだ」

「よし、覚えたぜ。じゃあな、またヤろうやチリー」


それだけ言うと、サイラスは踵を返してチリーに背を向けた。真意がわからず戸惑うチリーに、サイラスは背を向けたまま振り返らなかった。


「それと……」


一度だけ立ち止まり、サイラスは振り返らないまま告げる。


「アホのシュエットに伝えとけ、もっと強くなってからまた来いやってな」


言い残すと、チリーの返事を待たずにそのままサイラスは去って行く。いつの間にか背中の翼は消えており、サイラスは歩いてその場を立ち去っていった。


張り詰めていた緊張がじわじわととけて、チリーは膝をつきかける。


「……また命拾いか。ムカつく野郎だぜ……」


口をついて出る憎まれ口だったが、今は何よりも無事にミラル達を逃がせたことへの安堵感が強い。

ふらつく身体をなんとか立たせて、チリーはレクスの後を追い始めた。



***



チリーに背を向け、サイラスはリッキーを抱えたまま悠然と歩く。

しかしその足取りは妙に重く、歩幅も狭い。どこか引きずるような歩き方だ。


やがて、サイラスの身体はわずかによろめく。リッキーを抱えたままどうにか踏みとどまり、サイラスは血の混じった唾を吐き捨てた。


リッキーを適当に地面におろし、サイラスは近くの木にもたれかかる。


「相手してやるよ、か……冗談じゃねえや」


自嘲気味に笑い、サイラスはこちらを真っ直ぐに見据えるチリーの目を思い出す。


アレは手負いの獣の目だ。


あの少女がチリーにとってどれほど大切なのか、推察する以上のことは出来ない。しかし間違いなく、チリーはあの少女を守るために命を賭けるだろう。


先程対峙したあの一瞬、チリーが見せた殺気はこれまで彼が向けたきたものの中で最も強烈だった。いくら負傷していたとは言え、サイラスがわずかに気圧される程には。


「守るためか……。なるほど、あいつにとっちゃその理由が一番燃えるってワケだ」


ひとりごちて、サイラスは立ち上がる。生きているのか死んでいるのかわからないリッキーを再び担ぎ上げ、サイラスは再び歩き出す。


「また万全の状態でヤろうぜ。次は俺が勝つ」


チリーに告げた言葉に嘘はない。サイラスはあの時、間違いなく負けていた。勝敗の着いた闘いに、後から泥をかけるのはサイラスの流儀に反する。命を拾ったのはサイラスにとっても計算外だったが、次があるというのも案外悪くない気持ちだった。


モルスの件、リッキーの件、チリーの件、そして妙な力を持つ少女の件。報告せねばならないことがいくつもある。


熱が冷めれば顔を出してしまう軍人としての責任に、サイラスは心底うんざりした。

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