テラーノベル
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◆ ◆ ◆
【異世界・王都/警備局医療棟・病室】
青白い光は、まだ半分。
ユナの胸の奥へ流れ込む“帰り道”は太くなったのに、終点が見えない。
ハレルとリオは、両手でカプセルを支えたまま動けない。
指先が熱い。火傷じゃない熱。胸の奥が焼けるみたいな熱。
サキはユナの腕に両手を添え、唇を噛んでいる。
アデルは肩に掌を置き、床に広げた膜――
〈護持〉の重さを保ち続けていた。
イヤーカフからノノの声。
『青、ちゃんと入ってる。今、器側の“脈”が立った』
『……でも、ここから揺れが来るかも。来たら、戻すのを止めないで』
その直後だった。
医療棟のどこかが――揺れた。
地震みたいに床が跳ねたわけじゃない。
“空気”がずれる。
病室の輪郭が、ほんの一拍だけ歪む。
窓の外から、遠くで金属が鳴る音。門のほうだ。
サキが息を呑む。
「……来た、の……?」
リオの目が窓へ向きかけて、ぎり、と止まる。
見ない。今は見ない。
見た瞬間、ここが切れる。
ハレルも同じだ。
外が気になる。サロゲートか、レアか。戻ってきたのかもしれない。
でも――今ここで手を緩めたら、ユナは戻らない。
アデルが低く言った。
「集中。……外はあと」
言葉は短いのに、背中を支えるみたいな重さがあった。
ノノの声が早くなる。
『揺れ、外周から来てる。門のほう。……でも、病室はまだ持つ』
『みんな、そのまま。青の終点、もうすぐ』
ハレルの胸元で主鍵が、限界みたいに熱を増した。
リオの腕輪が同じ拍で震え、掌の中のカプセルが光を吐く。
サキのスマホが勝手に点き、青白い文字列が走る。
《LOCK》
《PATH:KEEP》
《――手を離すな》
「離さない」
サキが小さく言って、ユナの腕をさらに強く握る。
指先は震えているのに、逃げない。
ハレルは息を吸い直す。
声を出す。言葉にする。ここで“戻す”と確定させる。
「〈接続・第一級〉――『帰還を完遂』」
リオも同時に、短く重ねた。
「〈同調・第二級〉――『名を返せ』」
青白い光が、跳ねる。
カプセルの中の青が最後の濃さになって、いっきに吸い込まれていく。
ユナの胸の紋が強く光り、病室の影が一瞬だけ薄くなる。
医療機器が、ピッ、ピッ、と一拍だけ早く鳴って――
次の瞬間、落ち着いた。
眠りの波形じゃない。生きている波形に近い。
ユナの指が、確かに動いた。
今度は偶然じゃない。握り返す動きだ。
リオの喉から声が漏れた。
「……ユナ……」
青の流れが止まる。
カプセルは、ただの透明な殻みたいに暗くなっていた。
静けさが落ちる。
一瞬だけ、全員が息をするのを忘れる。
そして――ユナのまぶたが、ほんのわずかに震えた。
「戻った……」
サキが言って、涙がこぼれそうになるのを必死に飲み込む。
ハレルは膝が笑いそうになるのを堪えながら、主鍵を胸に押さえた。
熱はまだ残っている。けれど“暴れる熱”じゃない。
落ち着いた脈だ。
アデルが、短く息を吐いた。
「……成功」
ノノの声が、珍しく間を置いてから言う。
『……やった。器の値、安定した。青、完全に戻った』
――一瞬、一安心。
本当に“一瞬”だけだった。
◆
リオが立ち上がった。
視線が窓へ行く。今度は止めない。止められない。
「……門のほう」
アデルも、窓の外へ歩いた。
隊員二人が本能的に扉側を固める。
窓の外。医療棟の門の向こう――森の縁。
そこに、青白い円が見えた。
あのとき、レアとサロゲートを飲み込んだ魔法陣の残り火みたいな円。
地面に焼き付いた輪郭の上を、
プログラムの文字列が虫みたいに走っている。
そして――
円の中心から、何かが“戻ろう”としていた。
片腕。
肘から先が、黒い影に覆われ、ところどころに青白い文字列が走っている。
その指が地面を掻いて、円の縁を掴もうとする。
さらに、その奥から――頭が覗く。
瞳は、白目のない真っ黒。
顔はカイトの肉体のはずなのに、“中身”が合っていない。
無邪気な笑みの形だけが貼り付いている。
「……ボク、帰れるかな?」
声が混じる。男、女、子ども、老人。
一人なのに、複数が同時に喋っている。
リオの背中が冷えた。
「サロゲート……」
アデルの目が細くなる。
「消えたんじゃない。……引っ張られてるだけ」
門のほうで、空気がまた揺れた。
円周の文字列が強く光り、腕が一段、こちらへ伸びる。
ハレルは窓の外を見ながらも、
さっき戻したばかりの“現実”を思い出して歯を食いしばる。
ユナは戻った。
でも、ここで終わりじゃない。
ノノの声が飛ぶ。
『門周辺、座標がまだ不安定。
戻ろうとしてるの、破片じゃない……“根”が残ってる』
『……医療棟の結界、今は守ってる。でも外、長くは持たないかも』
サキがスマホを握りしめた。
画面は静かだ。けれど、さっきの文字列がまだ指先に残っている気がする。
リオはユナのほうを一度だけ振り返る。
眠る顔は変わらない。
でも、戻った。確かに。
「……守る」
小さく言って、リオは窓から目を離さなかった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/石造建物・内部】
暗闇の奥にいた“サラリーマン風”の男は、近づいてきても普通に喋った。
「いやぁ、ほんとに。最近は物騒で。……こういう場所、怖いですよね」
声の調子だけ聞けば、会社帰りに雑談する人間だ。
でも全身を覆う黒い影は、煤みたいに厚い。
その煤の縁から、青白いプログラム文字列が滲み出している。
――これは、人間じゃない。
“観測亡霊の破片”。
この現実側に溶け込もうとしている、思念体の残り滓。
自分を人間だと思い込み、人間の形を借りているだけ。
だから、欲しがる。
人間の体を。
城ヶ峰が銃口を上げたまま、低く言った。
「……狙いは俺たちか」
返事の代わりに、黒い影が中心から迫ってきた。
文字列が絡まり合って、分厚い膜になって、距離を消す。
「撃て!」
銃声。
当たる音がしない。火花もない。
弾は、吸われるみたいに消えていく。
木崎は喉が鳴った。
「効かねぇ……!」
日下部がノートパソコンを抱え、青い顔で言う。
「これ……残留物だ。ここに残ってた“ずれ”の煤……人間になろうとしてる」
黒い影の男は、まだ世間話の口調を崩さない。
「働くって、大変ですよね。……責任とか、家族とか」
その“普通さ”が、背骨を凍らせる。
人間の言葉をなぞっているだけ。意味じゃなく、形だけ。
城ヶ峰は指を立てた。
撃つな、じゃない。
“息を止めろ”という合図。
日下部の言葉が続く。小声で、急ぐ。
「……探してる。体を。動いてる人間を。気配を拾ってる」
「だから……動くな。息も、できるだけ」
特殊部隊員たちが、壁際に身体を寄せる。
木崎も反射で呼吸を殺した。カメラのストラップが揺れないように押さえる。
静かになると、黒い影の男は一拍だけ足を止めた。
首を傾げる。
「……あれ? 誰か、いました?」
声だけが明るい。
けれど影は、こちらを“見ていない”。
見ているのは体温でも顔でもない。動きと呼吸の揺れだけ。
城ヶ峰の額に汗が浮く。
(通り過ぎろ)
黒い影が、ゆっくりと横へずれた。
文字列の膜が床を舐めるように動き、壁際の隊員のすぐ前を通る。
――息を止める。
動かない。
数秒が、やけに長い。
黒い影の男は、雑談の続きを独り言みたいに言いながら、少し先へ進んだ。
「いやぁ、ほんと。……みんな、疲れてますよね」
遠ざかる。
木崎は、肺が限界になる寸前で、やっと微かに息を吸った。
音を立てないように。
城ヶ峰が小さく指を動かす。
“今だ”。
通り過ぎた。追うな。背中を向けるな。中心へ進む。
日下部が唇を噛み、ノートパソコンを抱え直した。
「あれ……戻ってくる。探し続ける。だから急ぐ」
城ヶ峰は頷く。
「……中心を押さえる。残留物ごと、元を断つ」
暗闇の奥で、もう一度だけ、黒い影の文字列が青白く瞬いた。
まるで「また会おう」と言うみたいに。
◆ ◆ ◆
ユナは戻った。
けれど外では、戻りきれないものが“強引に戻ろうとしている”。
そして現実側でも、同じ種類の“煤”が、人間の形で歩き回っていた。
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