暗く厚い雲に覆われた空を窓から眺めていると、後ろで大きなくしゃみが聞こえた。
「祐希さん、風呂ありがとうございました」
振り返ればタオルで髪を吹きながらへらり、と笑う藍がいた。
先程に比べ温まったことでずいぶんと血色が戻ったようだった。
「どういたしまして。髪、ちゃんと乾かさないと風邪ひくからね」
くしゃみをしていたため、先輩らしくきちんと忠告をしておく。
「はーい」
ぺたぺたと歩き自分の隣まで来る。
「それにしても、急な夕立ちでしたね」
「ほんとにな」
「このままやったら止みそうにないなぁ」
のんびりと藍が呟く。たしかに、雨は弱まるどころか勢いを増していた。それどころか時折稲妻が見え遠雷が聞こえてくる。自分はあまり雷が得意ではないというのに。
「藍、どうやって帰るの」
「うーんどうしましょ」
一緒に頭をひねり考える。この雨では傘を貸したところで役に立たないだろうから、タクシーを呼んだ方がマシだろうと思い、そう提案しようと口を開くが、声の代わりに乾いた咳が出た。
「祐希さん?大丈夫ですか?」
くらり、と微かな目眩を感じ、その長身を丸めて咳き込んでいると、藍の温かい手で背中をさすられる。
「…ん、大丈夫。ありがと」
「風邪、ですか?」
「ひき始めくらいだったから気にしてなかったんだけど、さっきの雨で酷くなったのかも」
顔を上げると藍は祐希に合わせて屈み、心配そうにこちらを見つめていた。
「…ついてなかったですね。」
笑って同意を示そうとすればまた乾いた咳が口から飛び出す。そのままコホコホと咳き込んでいると、スっと首元に手を伸ばされ軽く撫でられる。
「…ん、っ、」
くすぐったさから思いもよらない声が出てしまったと思い口元を抑えれば、藍はグッとこらえるような顔をしていた。あまりの居た堪れなさに声を上げようとすると、その前に藍が口を開く。
「…祐希さん、口開けてみて。喉腫れてないか見ますよ。」
言われるがままに口をぱかりと開けば、藍は再び苦虫を噛み潰したような表情をした。しかし、すぐに祐希の頬を両手で包み、喉の奥を注意深く観察し始める。
「…だいぶ赤いですね。飲み込んだりするとき痛くないですか?」
「言われてみればそうかも。あんまり気にしてなかったもんな」
「プロアスリートの健康管理不足は見逃せませんよ?」
そう言ってニヤリとする藍の頭をタオルの上からわしゃわしゃと撫で付ける。
「わーってるよ。気をつける」
「もう、キャプテンしっかりしてくださいね」
さて、と。藍が帰るためのタクシーを呼ぼうかと思いスマホを探しに行こうとしたその時だった。
辺り一面が一瞬、眩しいくらいに明るくなり、直後、耳をつんざくような雷鳴がけたたましく鳴り響く。そして、部屋の電気がフッと消えた。
ひ、と飛び出しかけた悲鳴を飲み込み、つい無意識のうちに藍の手の指を握っていた。
驚いたような藍の声が聞こえる。
「ゆうき、さん?雷、怖いの?」
「ぁ、」
大丈夫、と答えようとすると再びすぐ近くに雷が落ち、その言葉は音とならずに消え、祐希はぺたん、と床に座り込んだ。手を引っ張られたことにより抵抗することなく藍も祐希に合わせて屈んだ。窓の近くだったため、外からの光か幾分届く。その光を頼りに藍の方を見れば、最初は驚いたような顔でこちらを見ていたが、祐希の顔を見て瞬く間に色が変わった。
じっと、祐希の瞳を覗き込む。祐希も負けじとその瞳を見つめ返した。いつもの天真爛漫な瞳の中には、欲情の色をした炎がゆらゆらと揺れていた。
垂れ下がっていた藍の手が、祐希の頬に添えられ上を向かされる。それに従い祐希も顔を上向けると、藍はその親指で下唇をゆっくりとなぞり、自身の唇をそれに重ねた。
しばらく角度を変えながら軽く触れ合うキスをしていたが、息継ぎのために祐希がうっすらと口を開けばその隙を逃さず、すかさず藍の舌が祐希の腔内に侵入する。
「…ん、ぅぁ、ッ、」
上顎を舌で撫でられれば脳と腰に甘い刺激が走る。藍の手は祐希の後頭部へと場所を変えて支えていたが、するりと耳朶をなぞり始める。
「っあ、、!」
思いもよらない自分の声に羞恥を覚え顔に熱が集まる。藍はそんな祐希を見てクスリと笑ったようだった。
初めての刺激で体が溶かされていく。いよいよ力が抜け始めると、藍は腕を祐希の腰にまわしグッと自分の方に抱き寄せる。
下半身が密着し、互いの張り詰めたものに気づく。自分だけでなく、藍もこの状況に、自分に、興奮しているのだと分かり何だか無性に嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになる。
「っはは、祐希さん、イイ顔してるね?」
祐希から口を離して、どちらのものかも分からない口端についた唾液を親指ですくい取って舐め、艶やかに笑った。
「きもちよかった?」
耳元に顔を寄せて、低く甘く囁かれる。
返事の代わりに首に腕をまわし、甘えるように上目遣いで見上げる。
「かーわい、」
そう一言だけ漏らして、そっと床に組み敷かれた。
らん、と舌っ足らずにその名前を呼べば、欲と愛が入り交じった目でこちらを見つめ、小首を傾げた。
「風邪、うつっちゃうよ」
瞬間、藍は瞠目したが、すぐに照れ笑いを浮かべた。
「祐希さんが看病してくれるんなら構わへんよ」
愛情が溢れんばかりに伝わってくるような優しいキスをして、藍はそう呟いた。
雨の音で外界と断絶されたこの部屋は、まるで世界に二人だけが取り残されたようだった。
fin.
コメント
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やばい、最高すぎます・・。これは神作品ですね、🥹