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「くそっ、俺に力があれば……ッ!!」
男は絶望して涙を流した。
思わず、洞窟の地面を両手で叩きつける。
男の名前はハノ。
彼の目の前には、落盤によって塞がった道がある。
その奥に、彼の幼馴染が生き埋めになってしまったのだ。
ハノには、取り立てて自慢するところが無い。
強いて言えば普通よりも力は強いが、それでも戦士や鍛えた人間には敵わない。
当然のように、魔法だって使えやしない。
「――力が欲しいの?」
突然、少女の声がした。
ハノが顔を上げて振り返ってみると、そこには白い身なりの少女が立っている。
栗色の整った髪。白いローブに白い帽子、白い靴。金色と赤色の刺繡や装飾が浮かぶように施されたデザイン。
……どう見ても、教団の神職者のようだった。
「お前は?」
「あたしは教団所属のアリア。それよりも、これをどうにかしないと?」
「ああ、この奥にペブルが……俺の幼馴染が生き埋めにされているんだ。
くそ、誰かを呼んでくるべきか、少しでも土砂を取り除くべきか……!」
「確かこの先って、狭くなってたよね? 息が長くは続かないかも……。
……君、本当に助ける気はある?」
「急に何を言ってるんだ! あるに決まってるだろう!?」
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」
口調が突然変わった少女に圧され、男は素直に跪いてしまった。
同年代の少女に、こんなにも素直に応じるのは初めての経験だった。
アリアは左手に杖を持ち、右手を軽く握りしめ、人差し指と中指の2本を伸ばし、ハノの額にそっと触れる。
「――神の祝福はここに在り。
望みと共に、その魂から発芽せよ――」
ハノは額に一瞬の熱さを感じたあと、心臓が強く打ち付ける痛みを覚えた。
鼓動は速くなり、全身から汗が噴き出していく。
……しかしそれはすぐに収まり、身体中に力が漲ってくるのを感じた。
それと同時に、身体中の筋肉が大きく隆起していることにも気が付いた。
「お、おお……。これは……!?」
「君が手に入れたギフト――異能は、『怪力化』だね。
その怪力で、目の前の土砂を取り除く? ……まぁ、この場にはぴったりなんじゃないかな」
祝福が終わると、アリアの口調は元に戻っていた。
しかしハノはそれにも気付かず、急いで土砂の塊に手を伸ばす。
「――軽い! 軽いぞッ!!」
先ほどまではビクともしなかった重い土砂が、今では軽い砂のようにどんどん吹き飛ばされていく。
途中で現れた岩盤でさえも、容易く砕かれ、土砂と同様に吹き飛ばされていく。
「おぉー、すっごーい!」
「これなら、これなら助けることが出来る……!!」
土砂は凄まじい勢いで減り続け、向こう側に繋がった後は早かった。
「おい、ペブル! 生きてるか!?」
「……お、おぉ? ……ハノか。大丈夫だ、まだ生きてはいる……」
向こう側からは、ペブルのか細い声が聞こえてくる。
その声を聞いて、ハノとアリアはようやく人心地をつくことが出来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
洞窟の外に出ると、雨は上がっていた。
ここ3日ほどはずっと雨で、洞窟で崩落が起きたのもそれが原因だったのだろう。
ペブルは助けられたことに安堵して、気を失っていた。
折れた腕の痛みもあっただろう。落ちていた枝を添え木にして、アリアが応急処置を済ませていた。
村まで戻ると、時間は夕方を過ぎていた。
アリアのことが村の人々に伝えられ、村で一番大きな建物の宿屋で、宴が始まった。
「――ハノ、聞いたぞ! 今回は大活躍だったな!
洞窟の崩落から、ペブルを助けたんだって!?」
「ははは、それもこれも全ては――」
「いやー、驚いちゃいましたよ~。
まさか目の前で突然、祝福を授かるだなんて! とっても珍しいことですよ!!」
ハノの言葉を遮ったのはアリアだった。
ハノは一瞬ポカンとしてしまったが、アリアが祝福してくれたことは、言わない方が良いのかな……と思うことにした。
「ところでお嬢ちゃんは、どういった人で?」
その言葉に、他の村人もアリアに注目する。
「あたしは教団から参りました、異端諮問局のアストリア・S・ノクスといいます。
固いのは苦手なので、気軽に『アリア』って呼んでくださいね!」
「異端諮問局……? もしかして、お偉いさん?」
「あはは、そんなことはないですよ!
一応は悪い人を取り締まる部署ですけど、基本的には御用聞き~みたいな感じですから」
「あー、たまに教団の人が話を聞きにくるもんな。そっかそっか、いつもご苦労様」
「いえいえ!」
「それにしても、お嬢ちゃんはたくさん食べるねぇ」
「えへへ、外回りのときはお腹が減って減って」
「それじゃ、ここら辺の料理も全部食べちまいな。そうそう、最後にはデザートもあるからな!」
「やったー、ありがとうございます!」
村人に囲まれたアリアを眺めながら、ハノはひとつ息を吐いた。
「あの子、すごく打ち解けてるよなぁ……。あの気難しい爺さんが、あんなにデレデレと……。
同じ年頃の娘なら、この村にはフィオレがいるのに……」
この村は、そこまで大きい場所ではない。
幼い子供はいるものの、10代後半というのはハノ、ペブル、フィオレの3人だけだった。
フィオレという少女は持病を持っており、ハノとペブルは彼女のために、定期的に洞窟を訪れているのだ。
……ハノは、フィオレに片思いをしていた。
打算的ではあるが、洞窟に行くのは『彼女のため』と言いつつ、『自分のため』でもあった。
「……そうだ。『月明かりの花』は、ペブルの鞄に入れていたんだよな。
枯れないように、今のうちに水に浸けておかないと」
『月明かりの花』はこの辺りで採取できる珍しい花で、体力を上げる効果を持っていた。
ハノは親友のペブルに手伝ってもらい、定期的にこの花を採取していたのだ。
「フィオレはまだ来ていないようだし、さっさとやっちまうか」
ペブルを寝かせている宿屋の2階の部屋に向かうと、そこには誰もいなかった。
ベッドのシーツは乱れており、どこか急いだ形跡も見える。
今回の目的だったペブルの鞄も、一緒に無くなっていた。
「……目が覚めたのかな?
おーい、ペブル~?」
宿屋の1階をくまなく探してみるも、やはりペブルの姿は見えなかった。
不穏に思い、引き続き探していると――
「ペブルなら、フィオレと外に出て行ったぞ?
ペブルが怪我をしたって、フィオレが慌てて駆けつけて来てな」
……そんな話を、ハノは聞いてしまった。
普通に話すのであれば、2階の部屋で話せば良い。もしくは、宴の場で話せば良い。
しかし何で、今ここでふたりきりになる必要が……?
「もしかして、アイツ……っ!?」
「おいおい、今日の主役がどこに行くんだよ――
……って、もう行っちまった。あれ、アリアちゃんもいないぞ? おーい、アリアちゃーん?」
宴は盛り上がっていて、もはや今日の主役であるハノを呼び止める者はいなかった。
そのため、ハノはすぐに宿屋を飛び出すことができた。
しかし――
「――この先は、行かない方がいいよ」
「何っ!?」
ハノの前に立ちふさがったのは、アリアだった。
どこからともなく……まるで空から、ふわっと現れたような彼女に、ハノは面を食らってしまった。
「君はちょっと、興奮し過ぎだね」
もはや聞き馴染みのある、軽い声。しかし、今はやたらと耳に残る。
アリアは少し目を細めて、ハノを見つめた。
「目が血走っているし、変な力が入りすぎている。君の異能は……今日はもう、使ったらダメだよ。
今、この先に行くとみんなが後悔する。まだ引き返せるから――」
「後悔だとッ!!? ……引き返すだと?
この力は俺のものだ。この力は、俺が必要なときに使う。俺のことは、もう放っておけ!!」
ハノがアリアから祝福を受けたことは、ハノ以外の人間は知らなかった。
だからこそ、それを黙ってさえいれば、この力は真に自分が手に入れたもので、自由自在に扱うことができる――
……このときのハノは、そう考えていた。
「――……はぁ。それじゃ、最期までソレに付き合ってあげなよ?
さてさて♪ あたしはデザートでももらってこよ~、っと!」
真面目な口調から、おちゃらけた口調へ。
アリアはあっさりとその場を後にしてしまった。
「……ちっ、何なんだよ」
アリアの落差ある物言いに苛立ちながら、ハノは思い当たる場所へと走った。
ペブルならどこに行くのか、フィオレならどこに行くのか。
そんなことはもう、お互いが分かり合う仲だったのだ。
「――洞窟で死に掛けてさ、そこで気が付いたんだよ……。
俺、フィオレのことが好きだ。結婚してくれ!!」
唐突に聞こえた、ペブルの告白。
いくつもの思い出がある場所の、見慣れた建物の影。
そこに隠れながら声の方向を見てみると、ペブルの横にはフィオレが立っていた。
フィオレの表情は暗くて見えないが、怒りを覚えるほど、ペブルの身体に寄り添っている。
「……うん。嬉しいよ、ありがとう――」
フィオレの返事を聞いた瞬間、ハノの頭は真っ白になった。
ペブルは知っていたはずだ。自分がどれだけ、フィオレのことで悩んでいたのか。
何度も親身に、相談に乗ってくれて。ときには厳しく。ときには優しく。
……そんな親友が。自分の想い人を。奪っていくのか。
「……おい」
「うわっ!?」
「ハノっ!?」
ハノの低い怒りの声に、ペブルとフィオレは驚いた。
地の底から鳴り響くような、彼の口から初めて発せられる音だった。
「何してるんだよ、ペブル……!!」
そう言うハノの身体は、見る見るうちに膨れ上がっていった。
通常では起こり得ない膨張は、彼が手にした異能……『怪力化』によるものだ。
ハノは大きくなった手で、ペブルの身体を横薙ぎに吹き飛ばした。
ペブルは建物の壁に激突し、壁に血の跡を残して、無惨に地面に転がった。
「ペブル!? 何をするの!!?」
「……なぁ。アレじゃなくて、俺と付き合ってくれよ?」
ペブルの元に駆け寄ろうとするフィオレの前に、一瞬でハノがまわり込む。
重い足音。荒い息。月明かりの下、膨張した体躯がフィオレを見下ろしている。
「――……怖い」
静まり返った――いや、遠くの賑やかな音の余韻が残る中、フィオレの言葉がやけに耳につく。
「え?」
「……怖いよ、近付かないでよ……。急いでペブルを助けないと……。
ひぐっ、私たちのことは、もう放っておいてよ……。ど、どこかに行ってよぉ……!」
フィオレは脚を震わせながら、近くの壁に倒れ込んだ。
目の前の恐ろしい存在に、ひとりでは立っていられなかったのだ。
そんな彼女に、巨大な肉塊は重い足取りで近付いていく。
「……何でだよ? 今まで俺は、お前のことを助けてきただろ!?
今回だって、俺がいたから花を持って来れたのにッ!!
何で認めてくれないんだよッ!? 何でそんな顔を、するんだよッ!!?」
「ひぃ――」
コキッ
「――――え?」
ハノの巨木のような腕の中で、乾いた音が軽く聞こえた。
ハノが恐る恐る両腕を開くと、その間から、人間だったものがドサリと地面に崩れ落ちる。
「……? ……?
違う、違うよ……? 俺は、こんなことをしようとしたわけじゃ――」
――その光景を、遠くの屋根から見ていたのはアリアだった。
「ふふふっ。このお団子、とっても美味しいねぇ♪」
眼下で全てが終わるのを見ながら、アリアは静かに笑った。
そしてひとつの幕を下ろすかのように、強い風が吹いていく。
「……さて。
よくある悲劇も見届けたし、あたしは次の場所に行こうかな」
アリアは村の夜景を一瞥してから――
ぴょこんと跳ねて、一瞬で夜の闇に消えていった。