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◆ 高瀬の容態
事件から3日後。
SAT 本部の医務室には静かな空気が流れていた。
包帯に覆われ、生命維持装置につながれた 高瀬副班長は、まだ意識が戻らない。
肺の損傷と肋骨複数、そして大量出血。医師の言葉は厳しかった。
「峠は越えました。ただし、目を覚ますかは本人次第です」
ヒカルはその言葉に表情を動かさない。
だが、両手は明らかに震えていた。
ベッド脇に立つヒカルを見て、ナースが声をかける。
「あなた、ずっとここにいるのね…食事は?」
「後で大丈夫です。少しだけ…側にいさせてください」
ヒカルの脳裏には、血に染まった現場が何度も蘇った。
高瀬が倒れる瞬間、楓が涙声で叫んでいた。
「あたしのせいで…あたしのせいで!」
あの声が、耳から離れない。
◆ SATとしての処分
翌日、ヒカルは本部長室に呼び出される。
重い扉を開くと、複数の上層部が席についていた。
ヒカルは制服のボタンをきつく締め、背筋を伸ばす。
警備部長
「日向警部、高瀬副班長の重傷、ならびに隊員三浦の独断行動について…責任をどう考える?」
ヒカル
「私の監督不行届です。すべて私の責任です。処分は覚悟しています」
部屋が静まり返る。
本部長
「キミ個人に懲戒はしない。だが、SAT狙撃班は“班単位”での処分とする」
具体的な処分が告げられた。
狙撃班、1か月の訓練停止
全員に降格はしないが、特別査察入り
三浦楓、1か月の任務停止。再訓練必須
ヒカルは受け止めた。
しかし班員に罪悪感は向けない。ただ深く頭を下げるだけ。
「必ず立て直します」
◆ 楓の謝罪とヒカルの怒り
訓練停止の初日、ヒカルは楓を呼び出した。
倉庫横の静かなスペース。
呼ばれた楓は涙をこらえて立っていた。
楓
「ヒカル班長…本当に…本当に、すみません!」
ヒカルはしばらく黙っていた。
ヒカル
「楓。あなたが死んでてもおかしくなかった。
そして…高瀬さんはまだ戻ってこれない」
楓の膝が崩れ落ちる。
楓
「私…もうSAT、辞めたほうがいいですよね?」
ヒカルはその言葉を聞き、ゆっくりとしゃがみ込んで目線を合わせる。
ヒカル
「辞めろとは言わない。
でも、ここに残りたいなら…覚悟を見せて」
楓は涙で濡れた瞳をまっすぐ向けた。
楓
「やらせてください。何度だって。命を懸けでも、取り戻したい」
ヒカルは小さくうなずいた。
「じゃあ、徹底的にしごく。覚悟しなさい」
◆ 地獄の再訓練開始
翌週から、狙撃班は再建プログラムに入った。
内容は、通常の数倍厳しい。
24時間交代の射撃訓練
360度状況判断試験
人質救出シミュレーションの連続
精神耐性検査
危機判断の論文試験
楓は倒れ、吐き、膝を擦りむいても、立ち上がった。
ヒカルはあえて厳しい態度で接した。
しかし、誰よりも楓の努力を見ていた。
班員たちも楓を責めず、むしろ支えた。
井ノ上
「楓、次のターゲット判断ミスるなよ。お前の目は悪くねえ、焦りだ」
楓
「う、うん!」
少しずつ、隊を壊した事件が
“もう一度強くなるためのピース”として組み直されていく。
◆ 高瀬、副班長の意識回復
訓練4週目の夜。
ヒカルが医務室に向かうと、ナースが笑顔で言った。
「日向さん、高瀬さん…意識が戻りましたよ」
ヒカルの足が止まる。
震える手でドアを開けると、
ベッドの上で高瀬が弱々しくも目を開いていた。
高瀬
「…班長…?」
ヒカル
「高瀬さん…! 生きててくれて、本当に…よかった!」
言葉にならない安堵があふれる。
高瀬は手を伸ばし、ヒカルの肩を軽く叩こうとするが、力が入らない。
高瀬
「班…長…あの新人…どうしています…?」
ヒカル
「必死に頑張ってます。あなたのために、全員で立て直してます」
高瀬は弱く笑った。
「なら…すぐ戻らなきゃな…俺の隊に」
ヒカルは涙をこらえきれず、うつむく。
◆ 隊としての復活へ
高瀬の意識回復は、班全員の心を奮い立たせた。
訓練はより精密になり、
楓の判断力も見違えるほど鋭くなっていた。
そして1か月後――
上層部から通知が届く。
「SAT狙撃班、任務復帰を許可する」
班室に通知が読み上げられたとき、
班員たちは静かに、しかし誇りを込めてうなずいた。
ヒカルは全員を見回し、深く告げる。
「みんな、よく耐えた。今日からまた、私たちは最前線に立つ。
絶対に、同じ悲劇は繰り返さない」
全員が、声を揃える。
「了解!!」
狙撃班は再び歩き出す。
過去の痛みを抱えながら、しかしそれに負けない強さを胸に。
静かなる帰還*
再訓練施設のゲートが開く音が、冷えた朝の空気に響いた。
日向ヒカル警部(SAT狙撃班 班長)は直立し、その出口をじっと見つめていた。
姿を現したのは、長いリハビリと再訓練を終えた
高瀬隼人(突入班)。
まだ完全ではないものの、表情には強い決意が宿っている。
「戻りました、班長」
「おかえり。ずっと待ってた」
ヒカルは敬礼を返した。
その声は、厳しさよりも温かさが勝っていた。
後ろで見守る新人隊員・三浦楓も胸が熱くなる。
自分のミスで彼を重傷にさせてしまった後ろめたさ—
そして、戻ってきた彼への尊敬が入り混じった複雑な感情。
高瀬は楓の前で立ち止まった。
「三浦。お前とは、また同じ隊でやることになる」
楓は震える声で頭を下げた。
「……本当に、ごめんなさい。私の独断で…。」
「謝罪は一度で十分だ。あとは結果を出せ」
高瀬は優しく微笑んだ。
「俺たちは仲間だろ」
楓は涙をこらえ、深く頷いた。
「虎ノ門同時立てこもり事件」発生
雨の夜。
都心の情報ビル2棟でほぼ同時に武装集団が立てこもった。
人質は計21名。
敵は高性能ライフルや爆薬を所持—
訓練されたテロリスト。
指揮本部から無線が飛ぶ。
『SAT本隊、出動準備。狙撃班は周囲ビルを制圧後、配置につけ』
ヒカルは冷静に応答した。
「日向狙撃班、行動開始」
楓は突入班として、別ルートの建物へ向かう。
高瀬は楓の肩を叩いた。
「お前の本当の力、見せてみろ」
楓は胸の奥が熱くなった。
狙撃班・突入班、同時展開
ヒカルはビル屋上へ、冷たい雨を浴びながらスコープを覗く。
敵スナイパー、3名。
全員ベスト装備。
しかしヒカルの目は揺るがない。
「3、2、1…」
シュッ、シュッ、シュッ。
わずか4秒で全ての敵狙撃手が沈黙した。
狙撃補佐員が思わず呟く。
「…相変わらず、人間離れしてますね…お見事。」
ヒカルは雨に濡れたままスコープから目を離さない。
「まだ始まったばかりだよ」
楓の突入
突入班側では、楓と高瀬が狭い廊下を進む。
爆発音、悲鳴、銃声。
楓の心拍は上がるが、以前のように暴走しない。
高瀬が合図する。
「楓、右の部屋—人質2。敵1。頼むぞ」
「了解!」
楓はドア前で息を整え、3カウントで踏み込む。
シュパッ!
ドアを蹴り開け、即座にフラッシュライトで敵の視界を奪う。
続けて、低姿勢で滑り込みながら射撃。
パンッ!パンッ!
敵は即座に無力化。
人質は無傷。
無線が入る。
『突入班A、三浦隊員の確保成功。負傷者なし!』
ヒカルは無線越しに微笑んだ。
「楓…よくやったね」
楓の胸に込み上げるものがあった。
決戦:テロリストリーダーの狙撃
残るは指揮官と思われるリーダー1名。
21階 会議室に立てこもり、人質を盾にして叫ぶ。
「近づくな!ビルを爆破する!」
タイムリミットが迫る。
交渉班の声も届かない。
その瞬間、ヒカルの耳へ無線が入った。
『日向班長、視認可能か?』
「見えるよ。窓の反射越しだけどね」
リーダーは人質を前に立て、ほぼ体の半分しか露出していない。
風。雨。距離。反射角。
ここで外せば、人質が死ぬ。
だがヒカルは迷わなかった。
「行くよ。これが私の仕事だから」
息を殺し、世界の音をすべて消す。
トリガーが静かに絞られる。
シュパンッ!
ガラスが砕け、リーダーが後ろに倒れた。
爆弾の起爆装置も同時に吹き飛ばされていた。
『リーダー 排除!!人質救出!!作戦は完了!』
現場が歓声に包まれる。
楓は涙をこぼしながら呟いた。
「班長…やっぱり、すごい。」
高瀬は誇らしげに頷いた。
隊の絆
作戦終了後の車内。
楓がヒカルに頭を下げた。
「班長…今日、私…ようやく先輩たちと同じ場所に立てた気がしました」
ヒカルは優しく微笑む。
「うん。あなたはもう“新人”じゃない。
今日の突入、とても良かったよ」
楓の目が潤む。
高瀬も笑って加わる。
「これからは三浦が先陣を切る番だ」
隊員たちの笑い声が響く中、ヒカルは一瞬だけ空を見上げた。
南條 班長。
あなたが守った隊は、今日も前へ進んでいるよ。
雨は止み、夜空には薄く月が差していた。
◆ 楓の結婚式
SAT隊の一員として懸命に働き、隊を救ってきた三浦楓は、交際していた一般男性との結婚を決めた。
妊娠がわかり、産休に入ることになった楓は、結婚式の日、ヒカルに直筆の招待状を渡した。
「班長、絶対来てくださいね! 私、ヒカル班長にドレス姿を一番に見てほしいんです」
いつも無邪気で元気いっぱいの楓らしい笑顔だった。
ヒカルは、胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。
結婚式当日。
純白のドレスに身を包んだ楓は涙を浮かべながら、ヒカルに抱きついてきた。
「班長、本当に今までありがとうございました。私、班長みたいな人になりたいです」
「楓。あなたはもう立派な隊員よ。胸張りなさい」
二人は固く手を握り合った。
ヒカルは“仲間を送り出す喜びと寂しさ”を同時に感じていた。
あるの日の巡回で―
楓の式から数日後。
ヒカルは
通常警察官として
地域の見回りをしていた。
そのとき―目に入った。
軍用仕様の巨大バックパック、迷彩のキャップ、ミリタリー風の格好
眼鏡をかけた青年。
肩には妙にリアルな銃ケースを背負っている。
(ん?これは、どう見ても職質案件よね)
青年は28歳、少し猫背で、小柄落ち着かない様子で周囲を見回していた。
ヒカルはゆっくりと近づき、声をかけた。
「こんにちは。警察です。少しお話伺ってもいいかな?」
青年はビクッと跳ねた。
「な、なんでオレなんですか! 別に怪しくないですよ!?」
「いや、怪しいか怪しくないかは、私が判断するの。
背中のケース、中身を確認させてもらえる?」
青年は渋々ケースを開いた。
中には
本物そっくりの大型のエアガン。
金属パーツで改造され、銃刀法に抵触する可能性が高い仕様になっていた。
ヒカルは眉をひそめた。
「これ、どこで使うつもり?」
「サバゲー…っす。でも近所の人が
うるさくて
あと家に置けなくて…
その、散歩がてら
持ち歩いてただけで」
「散歩に銃はいらないでしょう?」
青年はしょんぼりとうなだれた。
しかし逃げようとする気配はない。
「名前と住所、教えてもらえる?」
青年は観念したように答えた。
「黒部(くろべ)アキトです…無職、28歳…」
(無職でリアル銃の改造エアガンを持ち歩く…危なすぎるわ)
ヒカルは周囲の安全を確保しつつ、落ち着いた声で話を続けた。
「アキトさん、エアガン自体は趣味で持つのは構わないけど、
外で持ち歩いたら犯罪になる危険性があるの。わかる?」
アキトはうなずきながら、小さくつぶやいた。
「あ、あの…姉ちゃん…
じゃなくてその、警察官さん。
怒ってないんですか?」
「怒ってるというより、危ないことはやめてほしいのよ」
その言葉を聞いた瞬間、アキトの頬が赤くなった。
「オ、オレ…やっべ…めっちゃタイプだわ…。」
「はい?今なんて言った?」
「いえ、何も……!」
(めんどくさいタイプに当たったわね…)
ヒカルは深くため息をつき、応援を要請してアキトを署へ任意同行することにした。
◆ヒカルの胸に残る“不安”
しかし―心のどこかで引っかかった。
(彼…“危ない匂い”がする。
ただのオタクじゃない。もっと深い闇があるかもしれない)
ヒカルは感覚的にそう悟っていた。
そして、アキトが署に連行される直前―
彼はヒカルの背中に向かって小さくつぶやいた。
「また…会えますよね…?」
その言葉に、ヒカルは一瞬動きを止めた。
(この青年…近いうち、また関わることになる気がする)
それが、後にヒカルの人生を揺るがす奇妙な事件へと繋がっていくとは
まだ誰も知らなかった。