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「……ねぇ、これ本当に売るの? もったいなくない?」
すちがそう言いながら、小さな木箱を手に取った。
中には、丁寧にガラスで封じ込められた押し花のペンダントがいくつも並んでいる。
「だって……ほら、綺麗でしょ?」
みことが笑う。
あの日吐き出された花びら――命をすり減らして恋を叫んだ証は、
いまやこうして誰かの手に届く宝物になっていた。
「うん、綺麗だよ。でも、俺にとってはその中のひとつ、命と引き換えに出てきたって思うと、やっぱり……手放したくないんだけどな」
「それは……それだけ、君に本気だったってことだよ」
みことは、すちの指に軽く触れる。
薬指に光る、ペアリング。
そこに込められた“答え”が、全てを癒してくれた。
___
あれから、数年が経った。
すちは作家として順調に仕事を続け、みことは“花とガラス”という名前のアトリエを開いた。
今では、花吐き病という不思議な病の存在も、
一部で“感情性の強い体質”として認知されつつある。
あの苦しかった夜も、あの涙も、今ではすべて――愛しい過去だ。
「……すち、これ、今年の新作。初めて“ふたり”で作った押し花アクセ、見てみる?」
「おっ、出た。ふたりの合作ってやつ」
みことが差し出したのは、小さな丸いガラスの中に、
白と紅の二色が交わる花びらを閉じ込めたペンダントだった。
「これ、あのとき最後に出てきた花の色だよ。憶えてる?」
「忘れるわけないじゃん」
すちはペンダントを手に取り、静かにそれを胸にかけた。
「……今度の展示会、それ、俺がつけて行くよ」
「え?」
「これ見たら誰でも思うだろ、“大事な人にもらったんですね”って。……そしたら俺、堂々と言うから」
「……なにを?」
「“命がけで俺を好きだって言ってくれた、俺の運命の人から”って」
みことの頬がほんのり染まった。
「……ばか」
「でも、幸せでしょ?」
「……うん。すごく」
夕暮れのアトリエに差し込む光が、
ガラス越しの花を、きらきらと照らしていた。
もう花は吐かない。
けれど、ふたりの胸には今も――
確かに一輪の花が咲いている。
終わらない恋の花は、いま、静かに、ずっと咲き続けている。
𝑒𝑛𝑑