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うわっ…読み終わって、しばらく動けなかった。切なすぎる。 「もしも」を選ばなかった人生の話って、なんでこんなに胸がぎゅっとなるんだろう。吉田さんの「ちょっと習ってただけです」って笑ったとこ、めっちゃ苦しかった。本当は喉まで出かかってたのに、飲み込んじゃう感じ、わかる気がする。 佐野さんの無邪気な「なんであんな上手いんですか?」が一番の刃だったよね。知らないからこそ刺さるやつ。 でも最後の「この人生を好きでいたい」ってとこで、ちょっと救われた。毎朝のアイス選びみたいな小さな選択も、ちゃんと自分の人生なんだなって。すごく丁寧に紡がれた話で、じんわりきた…素敵な作品をありがとうございました🌙
🍼のメンバーにならなかった世界線の吉田仁人の話です。
地方公務員の吉田仁人がずっとうだうだして、佐野勇斗はいつも通りキラキラしてます。
snjn想定ですが、絡み少ないです…すみません…
加えて、ライブの解像度が低すぎるが故に、M!LKが毎年全国ツアーを行うという、ゴリラグループになっています。
何かとガバいですが、ゆるくみてください
性的描写はありません。
「」吉田仁人
『』佐野勇斗
人生は選択の連続だ。
進路やキャリアなど、ライフステージに直結する大きな選択を、俺らは度々強いられ、その選択一つで人生が変わる。
それが世間の考えだろう。
ただ、俺は案外そうでもないんじゃないかと思う。
今日は何を着る
今日は何を食べる
今日はどこを通る
そんな、選択とすら思ってもないような日常の些細な選択の積み重ねが、今の自分の人生を形作っているように感じる。
人生は思っているより、劇的では無い。
喜びも、悲しみも、後悔も
享受する感情全ては、避けようがない運命ではなく、自分の判断の元にこの身に訪れている、と…
早朝、6時10分
アラームが鳴る前に目が覚めた。
別に健康的だからじゃない。
長年の習慣が体に染みきっているだけだ。
カーテンを開けると、鹿児島の朝はもう明るい。
スマホを見る。
市役所の上司からの連絡。
母親からの「帰り牛乳お願い。」
大学時代の友達の結婚報告。
その下。
《M!LK 新曲MV公開!》
親指が止まる。
……朝から見んなよ。
そう思うのに、開いてしまう。
再生された瞬間、見慣れた顔が笑った。
『どうも僕たちは!M!LKです!』
M!LK
今、若年層を中心に人気を博している、4人組男性アイドルグループだ。
画面中心に立ついかにも主人公のような男は、佐野勇斗。
佐野勇斗は、画面の中で今日も眩しかった。
いっつもテンション高いな、と思う。
昔からそうだった。
いや。
“昔から“なんて、別に言えるほどの立場ではないと理解している。
スマホを流し台に置いて、味噌汁の火を止めた。
ざらり、と胸の奥がうるさい。
別に後悔してない。
本当に。満足している。
ちゃんと就職して、
慣れ親しんだ地元に住んで、
何不自由なく、
親も安心してる。
同期ともそこそこ仲良いし、仕事だって別に苦じゃない。
ただ。
人生って、なんでこう、“もう一個の可能性“だけが、あんな綺麗に光るんだろう。
夏に差し掛かる6月。
今日も今日とて暑い。本当に暑い。
職場まで徒歩で向かうが、やや時間がかかる。
そんな俺には、毎度決まってすることがある。
会社までの道中に並ぶ、2軒のコンビニ。
手前のコンビニに入り、選ぶのはいつもの爽やかなサイダー味のアイス。
ラベルを破り、入り口のゴミ箱に捨て、食べながら職場に向かう。
それが、俺のいつものルーティーン。
「吉田さん、これ昨日のホール申請です」
「あ、ありがとうございます」
午前10時
観光振興課の窓口は、今日も静かだった。
夏祭りの道路使用確認。
商店街イベントの後援申請。
高齢者夫婦の観光案内。
人と話す仕事は嫌いじゃない。
むしろ向いていると思う。
「吉田くん、この前のイベント申請どうなった?」
「あー、通りましたよ。先方にも連絡済みです」
「助かるわ〜」
コピー機の駆動音
古い空調の低い唸り。
静かな職場に、機械音だけが響いている。
対話をしているが、視線の先は対話相手ではなく、専用デスクと型落ちのPC。
「いやー、吉田くんって本当感じいいよね〜」
「営業とか向いてるんじゃない?顔かっこいいし」
隣の先輩が笑う。
「いや、無理っすよ」
苦笑で軽く返す。
訂正、やっぱり人は苦手かもしれない。笑
元々、俺はアイドルを目指していた。
親がとても協力的で、小学生時代は様々なダンス教室に通わせてくれた。
自分で言うのもなんだが、かなり上手い方だったと思う。
ダンスは褒められたし、教室では必ず成績トップ。
鏡越しの自分を“悪くない“と思っていたし、少なくとも、何者かになれる気はしていた。
しかし、自分には未知の領域への実行力が足らなかった。
今思えば、勿体無いくらい多くのチャンスが訪れていたと思う。
ダンスコンテストの公募
地域イベントでのパフォーマンスのお誘い
どれも、怖くて踏み出すことができなかった。
…いや怖いと言うより、なあなあにしていた気がする。
何かと理由をつけて選ばなかった。
いざ選ぼうとした時には、大抵締め切られていた。
「次がある」
「次こそは」
そう思って先延ばしにしているうちに、訪れるチャンスがいつしか目障りに感じてくる。
大きな成功や変化ではなく、今の生ぬるい環境に縋りたくなってしまう。
そんな時に不運にも、大手事務所主催のオーディションが東京で開始された。
応募要項に目を通し、1次選考に向けた課題曲を何度も何度も練習した。
しかし、
1次に受かってしまった時のプレッシャーや東京まで出向く非現実性が起因し、めんどくささを“不可能“と自分の中でラベリングをし、結局オーディションには行かなかった。
そのオーディションの果てに生まれたグループが、今では名を馳せているM!LKだった。
今思い出せる後悔の選択以外にも、俺は記憶残らない多くの“手放す“という判断を下してきたのだろう。
実際、今日に至るまで俺の人生には、もう表現者への選択肢は用意されることはなかった。
昼休み。
コンビニのいつも選ぶチキン南蛮定食を食べながら、なんとなくSNSを開く。
《M!LK全国ツアー 鹿児島公演決定》
箸が止まる。
「……え」
心臓が、一回だけ大きく鳴る。
急いで開催場所を調べた。
「……めっちゃ近くじゃん…」
いや、そりゃ来るか。M!LKだし。
全国ツアーだし。
でも、変な感じだった。
自分の固定化された半径5kmの世界に、自分が置いてきたものが、急にこっちへきたみたいで。
ライブ当日。
結局あの時、衝動的にチケットを取った。
なんと当たってしまった。
よく確認もせず購入したため、スケジュールを確認したが運良くその日は仕事がなかった。
一般販売の二階席そして1番端。
十分だ。
普段職場と家を行き来するだけの生活だったため、着ていく服にとても困った。
とりあえず引っ張ってきた、よくわからない服装で会場に向かう。
職場と真逆の道を歩く。
同じ地域なのに、全く見慣れない景色だった。
会場に近づくほど、ペンライトを持った学生や若めな女性が増えていき、最終的に夥しい列をなしていた。
みんな、楽しそうだ。
少しだけ居心地が悪くなり、俯きながら会場へ入る。
会場はやや薄暗く、興奮と期待が入り混じるざわつきが空間を支配していた。
コールを確認する人や鏡で前髪を整える人、各々がこのステージの為に入念に準備をしている。
ざわついていた会場が照明の暗転によりさっと静かになる。
しばらくすると、まばゆい光が差し込む。
歓声、と同時に音が鳴る。
『『『鹿児島ーーーー!!』』』
奇抜な4色がこの大きな会場の中心に映る。
その真ん中でぴょんぴょんと、忙しなく動くピンク色は、まさに佐野勇斗だ。
汗かいて、笑って、全力で煽って。
眩しくて遠かった。
眩しい。
この人は、この眩さを自分で選んだのだろう。
ライブ終盤。
MCで佐野が笑う。
『なんかさ、人生って本当わかんないよね!』
『俺、たまに思うんだよ!“あの時違う選択してたら何してたんだろ“って』
その言葉に、没入してた脳内に現実が蘇る。
『でも今日ここにいるってことは、俺あん時の自分に感謝しなきゃなって思う!』
ごもっともだ。
ムカつくくらい。
でも、目が離せなかった。
佐野勇斗って男はすごい。
この人みたいなのを、主人公って呼ぶんだろうなと思う。
選ばれた人間でもあり、選び続けた人間だ。
その事実を嫌というほど、突きつけられたような気がした。
ライブは、大満足である。
なんだかんだ言いながら、SNSや過去の動画をチェックするほどにはハマっている。
今日は休日。
特に予定もなかった為、散歩がてら本屋に向かう。
どうやら、M!LKが掲載されている雑誌が販売されているみたいので、買ってみようと思った。
昼下がり。
少し湿った風。
アスファルトの照り返し。
市役所勤めになってから、休日にわざわざ街に出ることも減った。
特に夏なんかは暑くて、出掛ける理由なんて全くない。
ただ、今日は家にいるのがなんとなく嫌で、“雑誌を買う”という目標を掲げて外に出てみたが…
暑い。暑すぎる。
やっぱ外に出るんじゃなかった。
そんな後悔を助長するかのように、太陽は俺の脳天を突き刺してくる。
のそのそと歩く。
まあ、無事雑誌は買えたし、あとは帰るだけ。
ただ歩く。そんな矢先に、
「すみませーん!」
突然、後ろから声をかけられた。
振り返ると、カメラとマイク。
「今ちょっと、YouTubeの企画撮っていまして!」
「あー…」
よくある街頭インタビューか。
軽く会釈して通り過ぎようとした、その時。
スタッフのTシャツに書かれたロゴが視界に入る。
M!LK
心臓が跳ねた。
「あ、もしかしてM!LK好きですか!?」
咄嗟に、抱えていた雑誌を隠しそうになる。
「いや、まあ…ちょっと」
「ありがとうございます!」
スタッフが少しテンションを上げる。
「今、“M!LKの曲どこまで踊れる?”みたいな企画をやってて!」
「もしよかったらお兄さんも挑戦しませんか!」
…面白そうだな。
ここで今、自分が踊ったら。
この人たちは、どんな顔をするんだろう。
「…やってみます」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
スタッフが慣れた手つきでカメラ位置を調整する。
「じゃあ軽くお名前と意気込みだけもらっても良いですか?」
スタッフがカメラを構える。
急に現実感が押し寄せてきた。
いや、俺なにしてるんだ。
今ならまだ帰れる。やっぱやめますって言えば終わる話だ。
「いつでも大丈夫ですよ〜!」
カメラがじっと、俺を見つめる。
レンズって、こんなに緊張するんだなと思う。
「……吉田仁人です。26歳です」
少しだけ間が空く。
「M!LKさんのライブにも行かせてもらってるので…頑張ります」
自己紹介を言い終えると、スタッフが音源の準備をする。
取材班の人だかりに釣られて、周囲の人もなんとなく足を止め始めていた。
やばい、逃げたくなってきた。
でも、それ以上に。
自分がどれ程できるのか、試してみたくなった。
“もしも”を見てみたくなった。
数秒の無音。
そして、イントロが流れる。
あぁ、この曲。
一次選考の課題曲か。
あの時、何回も何回も練習したな。
久々に、あの体の動かし方を思い出す。
体が勝手に振りをなぞる。
ここまで来たら引き返せない。
後で恥ずかしくなったら、スタッフに一言言ってデータを消してもらおう。
そう、自分に言い聞かせる。
重心。リズム。抜き方。
学生時代が蘇る。
「え、待って待って」
「…上手くないですか…」
スタッフがざわつく。
このリアクション、懐かしい。
ダンス教室でも、初対面相手に披露する時のこの反応が好きなんだよな。
気分が上がり、口を開き歌い始める。
エコーも補正もかかっていない、ありのままの声だが、まあいいだろう。
完全に自分の世界に入り浸る。
周りの評価や目なんてなりふり構わず、踊り上げた。
まばらだった拍手がどんどん大きくなる。
頭の中が、段々と冷静になってくる。
恥ずかしい。
消えたい。
普通の男が何をしてんだ。
1人反省会を開催しようとしたとき、スタッフの後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
『うっま!!なに今の!?!?』
佐野勇斗。
佐野勇斗がいる!?
なんだ、何が起きている。
なんでここにいる。
まだ、鹿児島にいたのか!
頭が真っ白になる。現実感がない
目を見開いて立ち尽くしていると、佐野勇斗が俺の真正面に立ち両手を握る。
『待って待って待って!!』
『え、何!?ダンサーさん!?』
距離が近い。
画面越しでよく見る人が、今、目の前にいる。
「え、い、いや…普通に、ファンです」
『いやいやいやいや!嘘でしょ!?』
佐野勇斗がありえないと大笑いをする。
『振り全部入ってるじゃないですか!』
「ま、ぁ…一応…」
『しかも歌もやばくないですか!?』
思わず目を逸らす。
こういう熱量は、正直言って苦手だ。
でも、画面越しに焦がれていた主人公みたいな人が、その目で俺をみている。
それだけで、頭がおかしくなりそうだった。
『え、ちょ、一回フルでやってみてくれませんか!?』
「いや無理ですって…!」
『いけるいける!絶対行ける!』
押されるまま、曲が始まる。
体が軽い。驚くほど。
何年もまともにやってなかったのに。
表現の楽しさだけは消えていなかった。
終わった瞬間。
『やっば……』
佐野が本気の顔で言う。
『いやもう、M!LK入りません!?』
スタッフが笑う。
流石に苦笑した。
冗談だ。ただのノリ。わかってる。
なのに、
『てかもう、入ってた!?俺もう吉田さんとメンバーだったかなあ?』
佐野が少しおちゃらけながら、勢いに任せて俺の手を、強く強く握る。
熱かった。志を持ち合わせている人の手だった。
『本当にすごいです!マジで尊敬するレベルです!』
尊敬か。
憧れていた側から、そんな言葉を向けられるなんて思ってもみなかった。
『絶対努力しましたよね!?』
していない。
努力しきれなかった。
だから今、ここで、あなたに手を握られている。
佐野がとびきりのリアクションでずっと何か喋っている。
眩しい、本当に眩しい。
もし。
一度でも“まあいいか“じゃない方を選べていたら。
この握手の意味は違っていたのだろうか。
そんな未来を知らない佐野勇斗は、俺を1人のファンとして笑った。
『またライブ来てくださいね!』
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
「……はい」
引き止めたい。
何か言いたい。
そう思ったが、あまりにも傲慢すぎる。
深々とお辞儀をし、その場から去る取材班と佐野勇斗の後ろ姿をずっと見つめていた。
例の動画は、少しだけ伸びた。
本当に少しだけ。
《M!LKのファンのレベル高すぎる》
《1人めっちゃ上手い人いない!?》
《もしかして元アイドル?》
おすすめ欄に流れてくる自分の姿は、なんだか他人みたいだった。
再生数。コメント。
でも、それだけだ。
今日は月曜日。
いつも通り職場へ向かう。
「吉田くん!」
「は、はい?」
「これ、吉田くんだよね!?」
と、意気揚々に渡されたスマホの画面には、まさしく例の動画が映し出されていた。
「な、なんで知ってるんですか!?」
「娘がこのアイドル好きなのよ〜!吉田くんにこんな特技があったのねえ〜」
「やめてくださいって」
蓋をするように、画面に手を重ねて押し返す。
コピー機に紙を補充して、窓口対応して、昼休みにコンビニへ行く。
また、当たり前の人生が続く。
改めて、例の動画を見返す。
踊っている自分を客観的に見ることに耐えられず、最後まで視聴できていなかった。
途中で視聴をやめた所から再生する。
『この人!!この人だよ!俺この人の取材だったんだけど!本当に上手い!やばいよ!』
佐野が大きな声でメンバーに言う。
まじまじと他3人もみている。
『な!?やばくね!これプロでしょ!』
『また会ってみたいわ〜』
その軽い一言だけで、心が掻き乱されていく。
月日が経ち、また次の夏がやってきた。
M!LKがまたライブをするようだ。
今回は鹿児島には来ないが、遠征として向かえば行けなくない場所で開催予定だ。
あれ以来、がっつりM!LKハマり、今ではファンクラブまで入っている。
推しメンは佐野勇斗にしている。
運良く、またライブのチケットが取れた。
前よりはほんのわずかに良い席だ。
佐野勇斗が良く見える。
ライブ中、佐野勇斗は相変わらず眩しかった。
全力で笑って、全力でファンを見てくれる。
あの人は、本当に見てくれる。
一人一人を。
俺1人ではない優しさを、全員に振り撒いてくれる。
そこが堪らなく好きで、苦しかった。
終演後。
会場を出ようとした時に、突然スタッフに声をかけられた。
「え、あの時の方ですよね!?ダンスと歌がお上手な…!」
「え!?」
急な出来事で思わず声が上擦る。
「今メンバーが裏で控えているんですけど、もしよかったら……」
そんなことあるか。
どんだけ寛容なんだこの事務所は。
「いやいやいや…」
「佐野さん絶対喜ぶんで!ずっと会いたいって言ってるんですよ!」
会いたい
またそのこと言葉か。
その言葉を信じてみたくなった。
断る間もなく、裏口近くまで連れて行かれる。
やめとけ。
何をしている。
忘れられてたらどうする。
そう思うのに、足はとまらなかった。
『えーーーーー!?!?』
扉が開いた瞬間、大きな声が響く。
『うわマジじゃん!!』
人生2回目にして、生勇斗。
なんで佐野勇斗に関してはこんなに運がいいんだ。
ライブ直後の熱った顔に、汗で少し崩れた髪。
それでも、洗練されたビジュアルを保っている。
タオルを肩にかけたまま、こっちへ来る。
『また会えた!うれしい!!!』
体がちぎれそうなほど、強く抱きしめられる。
汗の匂いしかしなかったが、心が満たされる。
また会えた。
俺も嬉しいです。佐野さん。
この人はなんも知らない。
本当になんも知らないんだろうな。
俺が、どんな気持ちで見ているかなんて。
何回も何回も、叶うことのない“もしも“を重ねているなんて。
何も知らない佐野勇斗は、ただ再会を喜んでいる。
『いやもうこんなの運命ですよ!』
『ライブどうだった!?』
「…とても、よかったです」
『本当!?やった!』
屈託なく笑う。
もっと、そばで、もっとたくさん。
その笑顔を見たい。
そう思ってしまう。
『てかさ!去年のあの動画!見てくれてますよね!?』
佐野が突然思い出したように言う。
『動画でも映ってるけど、メンバー全員で見たんですよ!吉田さんのパフォーマンス!』
『メンバー全員“いやあの人何者!?“ってめっちゃなって(笑)』
ちくりと胸を刺される。
ただの、会社勤めですよ佐野さん(笑)
あなたと違って、なんとなくで選び続けた人間です。
あなたは、すごい。
あなたは、素晴らしい人間だ。
『てか、』
佐野がふと不思議そうに首を傾げる。
『なんであんな上手いんですか?』
『何か目指してたりしてたんですか?』
まっすぐな目だった。
何か意味を含めていたり、探る感じじゃない。
ただ、純粋な疑問。
余計辛い。
言おうと思えば、言えた。
表現の世界に憧れて練習していたこと。
夢を目指し、東京へ行こうと思ってたこと。
あなたと同じオーディションに受けようとしてたこと。
アイドルを、目指していたこと。
少し違えば、あなたの隣にいたかもしれないこと。
全部。喉まで上がる。
「……」
「…いや」
でも、結局笑って誤魔化した。
「学生の頃、ちょっと習ってただけです」
『えぇ!?そのレベル!?』
佐野が目を丸くする。
『絶対もっとやってたって!(笑)』
「いやいや本当ですって(笑)」
嘘だ。
でも、それでよかった。
この選択に、後悔はない。
だってこの人は、今何も知らずに笑っている。
もしここで全部話したら、この人はきっと優しい顔をする。
気を使わせてしまう。
俺が欲しいのは、後悔を慰めてもらうことじゃない。
ただ一瞬、
同じ光を見たかった、それだけなんだ。
『本当にすごかったな〜』
佐野さんが笑う。
その言葉と同時に、握られていた手がするりと離れた。
『またライブ来てくださいね!』
いつもの明るい声。
きっと、何百回もファンに向けてきた言葉。
その一言で、全て、諦めがついた。
この人はアイドルで、俺はそのファン。
そして、俺の当たり前の毎日は続いていく。
これはどうしたって、変わる事のない現実。
そう思うと、虚しくなるが同時に張り詰めていた自分の人生に空気が抜ける。
「……もちろん、また行きますよ」
悲しい。悔しい。
けど佐野さんに出会えてよかった。
心底そう思った。
夢のような時間はすぐに過ぎ去り。
また日常へと戻る。
今日も今日とて暑い。本当に暑い。
職場までのいつものルーティーン。
職場までの道中に並ぶ2件のコンビニ。
手前のコンビニに入り、いつものサイダー味のアイスを買う…
が、今日は他のアイスが目についた。
佐野さんが動画内でおすすめしていた、サツマイモ味の濃厚なアイス。
夏には到底向かない。なんで今売ってるんだ。
アイスケースの前で立ち止まる。
「……まあ」
小さく笑う。
「佐野さんが勧めてたし、いっか…」
カゴに入れ買い物を済ます。
ラベルを割いて残りのゴミは入り口のゴミ箱へと捨てる。
一口。
うーん
んー……。
「やっぱ、いつものやつだな(笑)」
やはり安定が1番。
でもこういう選び方も、悪くない。
今の自分は、人生の中で選び続けてきた些細な選択肢の全ての上で、形作られている。
今でも時々、焦がれてしまう時はある。
これでよかった、とは言えないけど。
それでも。
この人生を、
この選択を、
好きでいたいと思った。