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夢汰🌩️

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花屋を継いでから、嫌でも覚えたことがある。
花には、それぞれ意味がある。
赤い薔薇は愛情。
白い百合は純潔。
黄色い花は友情や幸福。
……まぁ、世間で言われている花言葉なんて、半分くらいは後付けだと思っているけど。
それでも、人は花に気持ちを乗せたがる。
好きだとか。
ありがとうだとか。
ごめんだとか。
言葉にできないものを、花に預けていく。
だから俺は、この店を大事にしている。
母親が残してくれた、小さな花屋。
古びた木の棚も、少し軋む床も、毎朝水を替える花たちも。
全部、俺にとっては守るものだった。
……ただ、一人だけ例外がいる。
「酒寄」
聞き慣れた声に、俺は顔を上げた。
「……またか」
「その言い方ひどくない?」
店の入り口に立っていた男は、困ったように笑った。
渚トラウト。
長身。
整った顔。
服の着こなしも悪くない。
初対面なら十人中十人が「モテそう」と言うだろう。
なのに。
「今回は何日もった」
「聞き方が完全に失恋前提なんだけど」
「違う?」
「……」
渚は黙った。
その沈黙だけで十分だった。
「三週間」
「短か」
「三週間も続いた」
「基準がおかしい」
渚はカウンターに肘をついて、ため息をつく。
「俺、そんなに悪い男じゃないと思うんだけどな」
「自分で言うな」
「料理もできる」
「らしいね」
「優しいって言われる」
「それで振られてんの?」
渚は少しだけ笑った。
「優しすぎるって」
「……」
「何考えてるかわからないって言われた」
その言葉に、少しだけ引っかかった。
渚はいつも笑っている。
誰にでも優しい。
店に来ればくだらない話をして、花の注文だって相手の好みを一生懸命考える。
でもたしかにこいつは、自分のことをほとんど話さない。
「で?」
「で?」
「今回は誰に贈るの」
渚は一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに笑った。
「作ってくれる?」
「注文なら作る」
「酒寄って優しいよね」
「客だからね」
「そういうところだと思うんだけどな」
「何が」
渚は答えなかった。
代わりに、スマホの画面を見せてくる。
「この人」
そこに映っていたのは、綺麗な女性だった。
「花が好きなんだって」
「好きな色は」
「青」
「誕生日」
「来週」
「渡す場所」
「夜景が綺麗なレストラン」
俺は黙って花を選ぶ。
青い花は、正直難しい。
自然界には無い色だから、どうしても種類も限られてしまう。
けれど渚が誰かを想って注文する花は、いつも真剣だった。
だから俺も手を抜けない。
白い花を中心に、青いデルフィニウムを添える。
少しだけ紫を混ぜて、夜の雰囲気を出す。
「……綺麗」
いつの間にか、渚が隣に立っていた。
「花が?」
「酒寄が」
「……は?」
「いや、花束作ってる時の顔」
心臓が一瞬だけ変な音を立てた。
「くだらないこと言ってないで帰れ」
「照れてる?」
「照れてない」
「耳赤いけど」
「赤くない」
「赤い」
「帰れ」
渚は笑いながら花束を受け取った。
「ありがとう」
「……頑張れよ」
「うん」
その時の渚は、本当に嬉しそうだった。
だから数日後。
また店のドアが開いた時。
「……振られた」
そう言って笑ったこいつを見て。
俺は、少しだけ腹が立った。
「なんで笑ってんだよ」
「え?」
「好きだったんだろ」
「うん」
「じゃあ笑うなよ」
渚は目を丸くした。
自分でも驚くくらい、強い声が出ていた。
「……酒寄」
「何」
「怒ってる?」
「別に」
「俺のために?」
「違う」
即答した。
ただ、違わないことくらい、自分でも分かっていた。
こいつが傷ついているのを見るのが嫌だった。
せっかく選んだ花束が、誰かの手に届かなかったことが嫌だった。
……それだけ。
その時の俺は、まだそう思っていた。
「次」
渚が言う。
「次?」
「また好きな人ができたら、花束お願いしていい?」
俺はため息をついた。
「懲りないね」
「だって」
渚は笑う。
「今度こそ、うまくいく気がするから」
その笑顔を見て。
俺はなぜか、不安になった。
またこいつは、誰かのために花を買いに来る。
また俺は、その誰かのために花束を作る。
それが当たり前になると思っていた。
コメント
1件
第1話、とても好きな空気感でした。花屋の店主・酒寄の、どこか距離を置いた優しさと、渚の朗らかさの裏にある謎めいた印象。花束を作る酒寄の顔を「綺麗」と言う渚の台詞が一瞬で空気を変えて、胸が跳ねました。最後の「不安になった」という一文に、この先の関係性がどう転がるのか…続きが気になって仕方ないです。お二人の距離感、じっくり見守りたくなります🌷