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#料理男子
「それは、きっと紗矢が今まで良い子だったからじゃない?」
ポンポン頭を撫でると、タイミングよくオーブンのタイマーが鳴った。
チキン以外も何か作っているようだ。この匂いはチーズ。グラタンかピザか。気になるのに心臓がばくばくして動けない。
あまりに幸せすぎて、今、夜空にサンタがソリで飛んでいても驚くことはないと思う。
この幸せを伝えたいがために、料理中の喬一さんに抱き着くと、危ないと怒られてしまったのだった。
クリスマスは、喬一さんの美味しいクリスマスディナーを堪能し、一緒にケーキの飾りつけをして、幸せで明日死んでしまうんじゃないかと思うぐらい甘い時間を過ごした。
その朝方、クリスマスで浮かれたのだろう飲酒運転の玉突き事故の怪我人が運ばれてきたので、喬一さんは起きたら居なくなっていた。
でも仕事前になると、漂わせている空気が変わるのが好き。
命を扱う仕事だけあって、緊急の呼び出しの時は行ってきますのキスもせず、仕事モードになるピリリとした背中は、尊敬してしまう。
小春や周りの人は、喬一さんはクールで強面で融通が効かない近づきがたい雰囲気の人だというけど、兄の家庭教師をしてくれていた時から喬一さんは喬一さんだった。
だから私と一緒の時の彼が、本当の彼なのだと思う。
*
「くっそ。本当くそだわ。年末に慌てて提出してくる書類ほど、殺意が湧くものはないわ」
クリスマスが終わった途端、小春は気持ちを切り替えたのか、決算報告書や見積もり、売り上げ管理及び資料作成、契約書類を次々持ってくる多部署の人たちに不機嫌なオーラをまき散らす。
いや、クリスマス前から貴方のデスクに乗ったままの書類もあります。とは言えない雰囲気だ。
「あんた、また社長の秘書に戻るの?」
年明けにはきっと部署移動の話や上司との面接がある。小春以外にも頼もしい社員はいるし、新部署の責任者が決まれば、きっと戻されるとは思う。
「戻りたいかな、こればかりは私の希望が届くかわからないけど。代表取締役が兄に社長を譲ったはずなのに無茶な仕事を持ち込んでこないように、監視したいし」
「ああ、なるほどね。でも聞いたんだけど、古舘先生の受付の一人が寿退職するってよ」
「え、そうなんだ」
どちらの方なんだろう。ということは求人出すんだよね。
「だから、あんたが行くかと思ったわ。ちょうどいいじゃん。旦那の職場の受付嬢なんて」
「えええ、私が?」
無理。仕事中のギャップを喬一さんも見られたくないだろうし、あの緊張感を私が壊しかねない。
「そお? まあ求人も殺到するから人には困らないだろうけど。私も転職しようかな」
「……転職する前にその書類、ちゃんと全部終わらせといてね」
手が空いたら少しは手伝えるけど、他の社員の仕事の進み具合も把握したいから、仕事ができる小春はついつい後回しにしてしまう。
「そうする。もしかしたら私も寿退職かもしれないし?」
それは小春がここに就職して彼氏が変わるたびに言っている言葉なので、耳にタコ状態だ。
「それに会社のことを心配してる場合じゃないかもよ。あんたも周りの整理しとかなきゃ」
「私も?」
「だって結婚したんだから、当然妊娠したら産休でしょ。それまで新卒を全員鍛え上げてね」
「ひい」
全く意識していなかったわけじゃないけど、その言葉はプレッシャーになって私の背中にのしかかった。
その場合、色々な手続きのことを想うと嬉しいだけではない、かも?
――
来年、もし秘書課に戻ったとしても妊娠したら産休に入る。私の穴を誰かが埋めなきゃいけなくなる。
そもそもまだ妊娠してないのに、なにを考えてるのかと言われるが、やはり今、秘書課に戻るのは良くないわけで。
かといってある程度、事務職も新卒の社員が育ったら私がいない方が自由にできると思う。
まだ先の話だと思っていたから、小春の発言に頭を殴られた。
他人事ではない。ほかの人にも迷惑をかけてしまう私自身の問題だと。
「で、色々考えてたら熱が出たの?」
仕事で何時間も書類と向き合っていたら微熱が出た、ということにしてみた。
家に帰ってからもちょっと怠くて、テーブルに突っ伏していたら、少しだけ熱が高かっただけなのだけど、帰宅した喬一さんの手際が流石だった。
「すいません。仕事でも家でも患者の相手させて」
「……紗矢は患者じゃないだろ。俺が服を脱がそうか?」
ベットまで運ばれ、急いで逃げるようにパジャマに着替えた。
「でも何時間もパソコンで仕事したならしっかり休憩しろよ。今日は簡単におかゆにしようかな」
「……ちょっと嬉しそうですね」
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