※同性愛あり
* * * *
「はよー、お、凛華?どしたん調子悪そーね」
派手な髪色をした女子生徒、西川は机に覆い被さるように突っ伏している凛華を見下ろした。 目につく茶髪に緩く巻かれた長髪。ぱっちりとした二重が濃い瞳とパーマを掛けた睫毛、盛り上がった涙袋を持った今どきな可愛らしい顔立ちをした凛華。気も派手な見た目と相まって強い彼女が明らかに気分が優れていなかった。
西川はちらと廊下で騒いでいる集団の中心にいる清之介に視線を移した。
「また清之介と揉めたん?今更落ち込むなんてどーゆう心変わり??」
無言を貫く凛華の席の前にだらしなく座っている女子、杏奈が首を振る。
「んーん。違うっぽい。例のアイツ。ほら三年の、凛華の年上彼氏の……小野寺のせいでさっきからずっとこうなってる」
杏奈はぱっちりとした瞳とぷるっとした涙袋を引くつかせながら凛華のスマホを睨んだ。可愛い可愛い親友が傷つけられているのだ。
当然怒るし杏奈は凛華にはっきりと言ったことはないが既に凛華の彼氏の小野寺を大嫌いになっていた。
「ねぇ凛華。本気で答えて。まだ別れないつもり?まじで、やめときなあんな彼女に四六時中ろくな反応しないやつ」
「……私も先輩のそーゆうトコ嫌いだけど」
派手なデコを施した爪をトントントンと忙しなく叩く凛華は眉を険しく寄せてスマホから目を離さない。声色は明らかに怒っていることが分かった。
「でも今回はもっとあり得ないんだけど……ッ。フツー彼女が一緒に帰ろ?って聞いたら同じクラスの女子と一緒に勉強するから無理って断る??シンプルにキモいしはっきり女子とって報告してくんのもキモすぎッ…!きっしょ!」
「あぁ……確かに。なんでわざわざ女子とって言うんだろうねぇ」
「……もしかして嫉妬させたいとか?」
「は?もしそうならガキみたいなことすんなよアイツ!お前は、もう、高3だろッ…!!」
高3なんてほぼ大人だというのに。
凛華が怒りを堪えきれずに怒鳴ってしまい、周りのクラスメイトが振り返るのと教室の廊下沿いにある窓がガラッと開いたのは同時の出来事であった。
窓から身を乗り出してきたのは清之介だった。
「お前の声廊下まで響いてるぜ。声でけーんだよ」
短髪のツーブロックと精悍な整った顔立ちが特徴的な清之介が口をへの字に曲げてわざと不満げな表情を浮かべる。凛華は小さく唸った。
「また小野寺だろ。いい加減別れろよあんな奴。お前とよく話すとこ見られるからか知らねえけどたまに階段ですれ違った時にいちいち目合うの気まずいんだよ。達也もだってよ。お前より見られてるんじゃねーの俺ら。」
ギャハハと楽しげに笑う清之介に凛華は「それはさすがにない」と即座に否定できなかった。それが悔しい。でも確かに最近目が合う回数が少ない、気がする。そういやまともに顔を合わせる機会も少ない。怒りは薄まり代わりに凛華の中には不安でいっぱいになった。
「清之介は小野寺センパイと話したことあんの?」
杏奈が気を利かせてくれたのかもしれない。ひっそり落ち込む凛華を他所に清之介は「まぁ部活の話でちょっとな」と凛華から視線を逸らし杏奈に言った。
「サッカー部だろあの人。サッカー部と陸上が練習場所被ったときにトレーニングメニューについてかなんかで話したな。でもあれらしいよな、なぁサッカー部!」
清之介は後ろにいる友人達を振り返った。
「後輩に厳しーんだろ小野寺。お前ら言ってたよな」
「あー…スパルタだよあのセンパイは。特に俺ら、一年にだけヤバい。」
「昨日も怒られたよな。整備をちゃんとしろってさ。その日してたのオレら一年じゃねーのに」
「……待って。初めて聞いたんだけど」
小野寺先輩のそんな噂聞いたの初めてだ。凛華は顔を上げて眉を顰める。清之介は意外だと眉を上げた。
「それも知った上で好きなんじゃなかったんかよ。知らねえのか、有名だぜ結構。お前も知ってるよな達也」
最初よりも更に身を乗り出している清之介がまた後ろを振り返った。もう教室に入ってくれれば良いのに。変に清之介がその位置を気に入ってるせいだ。そんな清之介の背後から清之介よりも拳一つ分背の高い達也が顔を出した。
「ああ。野球部の先輩から聞いた」
「小野寺って色んな意味で有名だよな。カッコいいけど厳しいセンパイでこの凛華と付き合ってるんだからな。」
「待ってそれどうゆう意味?」
ニヤニヤと笑う清之介にムッとすると達也が呆れたように笑った。
「笑った……」
杏奈はその笑みに狼狽えている。杏奈の様子に凛華は少しニヤッとした。 杏奈は達也にお熱なのだ。
お人好しで優しい性格と、短髪に整った男前な顔立ちに濃く焼けた褐色の肌に185cmという高身長。清之介と同じく程よくついた筋肉。それに部活熱心なところに杏奈は惹かれたと言っていた。 確かにカッコいいとは思うけど。
けど達也は、清之介もだけど中学からの親友だしそういう意味では一度も見たことが無かったな。
今後もその予定は無いけど。彼氏がいるんだし。
「俺は凛華がすごいと思うよ。毎回別れるって言っても好きだから別れないんだろ?悪い意味じゃないけどさ……先輩のことまだ好きでいること、尊敬してるよ俺は。みんなは言うけど凛華がそれで良いなら別れなくても良いと思うぜ」
達也の穏やかな瞳と目が合う。
「俺は別れた方がいいと思うけどな。」
ぴしゃりと清之介が腕を組んだまま言い放った。達也が清之介に視線を移す。清之介は達也の視線を無視した。
「マジでいい事言うよな達也。そんなお前に俺は尊敬するぜ。」
「ちょっとせーのすけ!なに達也にキレてんの!」
感じ悪いと感じた凛華が清之介にずかずかと歩き、黒いピアスが付いた耳を引っ張ると「なにすんだてめぇ!」と声が上がった。
止めに入らない杏奈は代わりに清之介の頬を抓る。杏奈は清之介と視線を合わせるように顔を近づけた。
「ほら杏奈も怒って──」
「お前までッ…」
その瞳にははっきりとした、マジの怒りがあった。
凛華と清之介は一瞬困惑した。
「あんな馬鹿にするような言い方やめて!他の奴らにはしていーけど達也にはしないでくれる?!」
「あぁ?なんだよ別に馬鹿にしてねぇよ。俺は素直に尊敬して……」
「じゃあさっきの言い方どうにかしてほしいんだけど!」
清之介は眉を寄せて杏奈を引き離そうと軽く肩を押すが杏奈は断固として離れなかった。凛華はとっくに耳から手を離している。清之介の友人達がなんだなんだと面白がるようにざわめいていた。
「…おいやめろよ二人とも」
達也の諭すような低い声が響くと同時に予鈴が鳴った。清之介は顔を顰め杏奈はハッと目を見開くと気まずそうに清之介の頬から手を離した。清之介の程よく焼けた肌に微かに跡が付いている。
「杏奈……あんたやりすぎ。」
そこまで怒ることじゃなかった。凛華も耳を引っ張ったがああいった行為は日常茶飯事だ。それに軽く耳を引っ張っただけで、清之介もそれは知っている。アレは極端にいうとノリだ。そのノリを普段止める側の杏奈がだ。達也のことになるとズレている。確かに清之介の言い方は悪かった。当然だけど。
「……ごめん清之介。ちょっと一人で盛り上がってた。」
杏奈は清之介を見上げて居心地悪そうに逸らした。清之介は大して気にしていなさそうに見える。だが、なにかに勘づいたような表情を浮かべていた。嫌な予感がする。まあ仕方ないか。
凛華はスマホを見下ろして、溜息をつく。いくらか気分が楽になった。清之介たちと話すと嫌なことが薄まって心に定着するな、と一人勝手に気分を取り戻していた。
「別に気にしねーよ。ただ、なるほどなって思った。」
「え?」
清之介はちらと達也を見て杏奈に意地悪く笑うとこっちにも意味ありげに笑いかけてきた。白い歯と健康的な赤い舌がちらりと覗いた。 仕方なく頷くとあいつは上機嫌に笑う。自分の推測が当たったのが嬉しいらしい。それになんだか可笑しくなって凛華も釣られて笑う。
「今度からは気をつけるぜ。良かったな達也、お前に頼もしい用心棒が付いたぜ。」
「……?どういうことだ。」
「ちょっとッ……!!」
「また余計なこと言って……」
清之介の頭を小突こうと手を伸ばそうとして、教室のドアがガララッと軋んで開く音が聞こえて止める。
「おはようッッ!!今日は一時間目から数学らしいな!!さぁ席につけ!」
担任の元気よく張り上げた挨拶が響いてちょっと憂鬱になりかけた。
担当が体育だから声が一段とでかい。正直だるいけど面白いのだ。それに女子に意外とすごく好かれている。顔と体格のおかげだろう。
「えー嫌ですよ先せぇ。今日だけ時間割入れ替えて欲しいんですけど!」
「はははッ!無理だ!いくら俺が担任でもそれはできん!可愛い生徒たちの頼みはできれば答えてやりたいんだけどなぁ!」
身長は190cmを超えてるらしいし。体格は筋肉ががっしりとあってジャージが見るからにキツそうだ。肩幅もしっかりあって脚も長くてプロのスポーツ選手みたい。
そして、あの顔。凛華は頬杖をついて担任の顔をまじまじと見る。 涼しげな男らしい、だけど笑うとちょっと幼い端正な顔をした好青年。髪は少し目元に掛かるぐらいの短い髪。年齢はまだ20代で若い。とてもカッコいいのだ。
人柄も良いし生徒を心底可愛がってくれる先生、唐沢にガチ恋してる人なんて多い。先輩にもいる。
「お?なんだ凛華!あぁおまえも数学は嫌だよな!ごめんな!」
目がばっちり合った。気まずい。少し見すぎたかな。
「いや…フツーに嫌ですよ。私が赤点とったのセンセイ知ってるでしょ。」
「そうだったな!!悪い悪い!安心しろ今度は俺がそうならないように安井先生に報告しておくからな!」
「えそれは別に余計なお世話なんだけど」
「遠慮するな!!あ、そういやもう報告してあったな!安心しろ。」
「はぁ…ッッ!!?」
思わず手鏡を机の上に取り落としてしまった。
最悪。最悪。補習決定じゃん。こういうとこが好きになれない。夏休みとか放課後に補習とかになったらホントに無理!病むんだけど!!ふざけんな唐沢!!
「よしホームルームは終わり!!今日も張り切って前向きにいこうな!青春は今ここにある!この言葉忘れるなー!」
最悪なことをしてくれた唐沢は嵐のように去っていった。
「終わったなお前……っ」
隣の席の清之介の笑いを堪えるような顔が腹立つ。こいつもギリギリだったというのに。この怒りを打ち明けようと杏奈たちを探すがトイレに行ったらしい。
「まじ最悪……夏休みとかに補習入れられたら死にたくなるんだけど。遊びに行く機会少なくなるじゃん」
「補習っつっても夏休みは午前中だけらしいぜ。勉強終わりに遊べばいいじゃねーか。」
「そうだけど……」
「達也のバイクで海にでも行こーぜ。俺が後ろに乗るからお前だけ走って来いよ!運動も両立できるだろ?」
「私だけはぶらないで。運動不足で殺す気か。公平にジャンケンね。」
「お前ッ……ヘルメットと風で前髪崩れるから嫌っていってただろ!達也泣いてたんだからな、あんなこと本人の前で言うんじゃねぇよ!」
「え、そうなの?ごめん……我慢するからまた乗せてくれない?」
「あぁ、いいよ。一応だけど泣いてないからな。清之介、嘘をつくな。」
清之介と達也で夏休みの予定を話し合っていると、不意に悲鳴じみたクラスメイトの声が耳に入ってきた。「なんだ?」と清之介が振り返るのに釣られて振り返る。
「えあの人カッコよくない!?」
「それな!!モデルみたい!」
女子皆んながドア付近に向かってキャーキャーと楽しげに笑っている。スマホで写真を撮ろうとしている子もいた。
「あ」
そして凛華は間の抜けた声を出してしまったのを後悔した。でも仕方ないだろう。
ドアの向こうで明らかに大人びた青年が立っていたのだ。
サラサラとした艶やかな黒髪のセンター分けにキリッとした目元。186.5cmの高い身長に均等にとれた筋肉が付いた身体つき。顔付きは寡黙な顔面偏差値百億点男子であった。心臓の脈拍がぐんっと数拍上がる。顔面だけで優勝不可避すぎて泣く。
周りに固まる女子には目もくれずすらりと静かに佇む彼はまるで海外の神話絵画みたいだ。
「……なんで」
退屈そうな表情でドアの向こうに立っているその人こそ。
凛華の例の彼氏、小野寺だった。
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