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すると、大勢の群衆の中から黒マントに身を包んだ男がこちらに近づいてきた。背が高く、爪には黒い爪紅のようなものが塗ってある。マントには袖部分に緑の絹糸で茨の刺繍がほどこされ、ギリシャの人には珍しい白く透き通った肌色をしている。
「いやぁ、実にあっぱれだった僕なりに感心したよ。」
深く被ったフードの男の口元がやや吊り上がり、その両手でフードをつまみ後ろに下ろす。
メロスは仰天した。ライムグリーンの瞳、切れ長の目、癖のある黒髪、そして何より18前後の整った顔立ちをしていた。
「お前、年は幾つだね、名はなんという?」
キッと王様の顔が強ばる。それに対し男は物腰の柔らかい、低く透き通る声で言った。
「王様に申せるような年をしていない。名はシリウスと覚えておいてくれれば嬉しい限りだ。」
この街も随分と賑わうようになったなと独り言を言いながら一本にしばった髪を肩から退ける。髪に付けている真珠にような髪留めがカチリと音を立てた。
どこかカリスマ性のある態度や雰囲気をしているため、どこかの王族の血筋が通っているのだろうか。
メロスは考える。なぜだか、どうも人とは違う気がする。なぜだか、どこかで見たような姿をしている。
これまで景色を眺めたり王様の衣装の模様などを興味深そうに眺めていた彼だがこちらの服装に気がついたのか若干頬を赤く染め、口元に困ったような笑みを浮かべた。
「これはこれは、まるで少し先の川で水浴びをしてきたような格好をしているな。こんな格好をいつまでもしていると風邪をひいてしまうぞ。」
と言い、腕組をしていた手を解きパチンと指を1回鳴らす。
すると瞬きの間にメロスに服が着せられていた。その場にいた王様や複数人の使用人、着せられたメロスまでもがどよめく。
種も仕掛けもない…いや、見つからない。パチッと光の花が散ったと思えば、服を止める金のリングには布が通され、肩にかけるマント、ましてや首についている金具のホックまでもが止められご丁寧に後ろ側に回されている。
(なんださっきのは…見えなかった。)
ざわざわと群衆の話がシリウスの話へと変わってゆく。
「…これは……」
「フッ……僕のちょっとした自己紹介(あいさつ)だ。」
あわなかったか?と言いつつも高らかに笑うシリウス。メロスの口があんぐりと開いたまま閉じられない。
(何も見えなかった……)
群衆の中にはイケメン手品師やら、神の使いやらの噂がたち始めている。
本当に彼はその類なのか?
……何か違うはずだ、よく考えてみろ。ギリシャに手品師なんているのか?そもそも人が処刑されるのに手品を見せてなんになる?少なくとも面白くない。それにパーマがかった髪はみたことはあるが、ストレートな黒髪はギリシャでは見慣れない。
ということは、どこかの街から来たのか…だが多くの手荷物を持っているようには見えない。そして衣服に汚れが見当たらない。地面はかわいた土だ、少なくとも土埃で汚れたりするだろう。
何よりもっと分からないことがある。
私が走ってくるまでで、
おかしいじゃないか、何もかも。まず私が群衆に混じった時、黒いマント姿で目立つ背の高さの男は見当たらなかった。これだけ背も高く、真っ黒な服装をしているのに私が気づかないはずがない。
ギリシャでは珍しい肌色、猫のように細長い瞳孔、ライムグリーンカラーの鮮やかな瞳、衣服に刺繍してある茨の模様、一本にしばったストレートな髪、笑った口元から見える長めの犬歯、かかる髪をかき分けてでる長い耳。
“気がする”のでは無い“気が違う”のだ。
明らかに周囲の人の“気”とは違う。
どことなく現れどことなく消える神出鬼没な人間…いや…
本で読んだことがある。
はるか昔、茨を象徴とした唯一魔法が使えたとされる国があったそうだ。その種族のみの島で、国で生活していたため、その姿を見た人間は少ないと言われている。それをふまえ妖精族は皆こう呼ばれていた…
特殊な瞳孔をしており、特徴として人間よりも長い犬歯と耳。
人よりも長めの犬歯をしている人なども少なからずいるはずだ。それにしても当てはまる特徴が多すぎる。
(そんなバカな、戦争で全滅したはずじゃ)
己の考えが信じられない。
まさか…本当に…。
「どうした塞ぎ込んで。楽しくなかったか?」
ドキリと心臓が脈を打つ。
(気づかぬ間に背後に…)
気配がなかった。
メロスは村の牧人だ、そのこともあり獣や人の気配などは感じやすくなっているはずだ。
彼は一体何者なんだ。
「楽しくないわけではない。君は…」
「なら良かった。僕はそろそろ帰るとするよ。」
母さんに叱られてしまうと呟きながらせっせと身支度を進めている。
グッと拳を握りしめる。
だめだ…まだ……。
まだ君の正体を…!
シリウスの足が前に出る。ザッと地面を踏み出す靴音が響く。
君!と口から出たときにはすべてを声に出していた。
咄嗟に出た手。彼の腕を掴む。
初めこそはっとした表情をしていたシリウスは固まり、睨み合いのようになっている。
シリウスが口を開き何かを呟いた。
「………っている。」
「…は……?」
「知っている。」
「なっっっっ!?!?」
「お前の考えていることも全部。」
メロスの頭に手がそえられる。
ドクドクと早まる心音がうるさい。
(聞こえてた? 全部筒抜けだったのか!?)
ふわりと浮いた彼の体の周りに光の粒が飛ぶ。
「な…なぜッ!!」
「すまないが心を覗かせてもらった。」
「そんなこと…!」
「僕はこれでも魔法士であり、お前の言うとうり妖精族だ。この程度のこと、できなくてどうする?」
僕の正体を見破るとは…クフフとさっきまでの笑い方とは違う笑い方。
ニィっと口端が吊り上がる。
生還は絶望的だ。
“殺される”直観的にメロスは思った。
キラキラとした閃光が走る。真っ白な光がメロスを包んだ。
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目を開けると、メロスは見知らぬ土地にいた。
どこの国の文化か分からないタイル張りの地面の上に、小さめのテーブルと椅子が置いてある。その片方にメロスが座っていた。
周りには茨が取り囲んでおり、外は薄暗く、しんと静まり返っている。さっきまでいたギリシャの砂地とは大違いだ。
「ここは…?」
「先程の場では話しにくいだろう。少し移動させてもらった。」
「そんな、一瞬で移動するなんて…」
「さっきも言っただろう。“この程度”のこと、できなくてどうする。」
暗闇の奥からシリウスが現れ、はぁとため息をつく。
彼の手がもう片方の椅子に手をかけられ、奥へと引かれる。ぎぎぎと重たい音が鳴った。
椅子に腰かけ長い足をクロスする。
「そんなに怯えなくても、食べやしない。」
「こんな地まで連れてきて…何をする気だ…?」
「お前にチャンスを与えるためだ。まぁ、言ってしまえば人目につきすぎると面倒くさいからな。」
腕組をしながら、シャラシャラと魔法で手遊びをしている。
「チャンス…?」
「あぁ、チャンスだ。」
パット放たれた光の粒が宙に舞い、絵のようなものが映し出される。
音を立てながら形を変えていくそれ。
「今お前には二つの道がある。“今から言葉を話せなくなる”道と、“今起こったことを、生涯誰にも口にしない”道だ。もちろん僕のことも。」
「外れたら…?」
「前者を選べば命は助かる、後者を選ぶと、わかるな…?」
「前者は失えばそれで終わりだが、後者はミスれば一発アウトだ。」
「それに、僕のことを話そうと思っても絶対に話せない呪縛(のろい)がつく。」
場の空気が一気に重くなる。
質問だ、とメロスが口を開く。
「…逆に、“道を選ばない”というのは?」
「タヒにたいのか?」
「いや、結構だ」
道を選ばないという道も遮断されてしまった。
いつどこにいても、何があってもシリウスのことを口に出せない、出してはいけない。
たとえ脅され、殺されそうになってもだ。
ゴクリと唾を飲む。
熱い、体が。緊張しているのかメロスの手に汗が滲む。
しくれば終わり、だが前者を選べば、妹や友と生涯話せなくなる。
しっかりち考えなければならない。
「…………だんまりを続けても何も起こらない…。腹をくくろう。」
「ほう、決めたのか?」
ニヤリと笑いながら組んだ手を顎に当てる。
「どちらにするんだ?」
「………後者だ。」
「自ら苦の道を選ぶのか?」
「あぁ…。」
「後戻りはできないぞ?」
「大丈夫だ。」
「わかった…………。」
すうっとシリウスが大きく息を吸う。
周りが緑色の炎で包まれる。
シリウスの口が開き、動き始めた。詠唱を唱え始めたのだろう。
最後に一言だけ、こう聞こえた気がした。
「哀れな男に幸福を。」
メロスの記憶がここで途切れた。
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目を覚ますと、あのタイル張りの茨の地から、いつものギリシャの砂地に戻っていた。
不幸中の幸いとはこういうことか。あのとき二人で話したことは薄ぼんやりとしか思い出せない。
(右手の指がヒリヒリすると思ったら…)
メロスの人差し指には、茨の模様が刻まれていた。おそらく呪縛(のろい)がかかっている証拠だろう。
(“忘れるな”ってことだろうな。)
はぁ〜〜とメロスが大きなため息を着くと膝の上から一枚の古い紙切れが落ちた。
謎に思い開いてみると、小さめだが達筆な字でこう書かれていた。
『少ししたら赤毛の人魚(やつ)が来るぞ』
差出人の名は書いていなかったが、なぜだか彼(シリウス)が書いた置き手紙だろうと思った。不思議なものだ。
「?」
よくと字を見てみると、ハテナが浮かんだ。
(「あかげのやつ」?「くる」ってどういうことだ?)
ますます分からない。
そんな思考をぐるぐると回していると後ろから人影が見えた。
ブツブツと独り言のような、また、文句のようなことを言いながら歩いている。よく見ればまだ20もいかない少年のようで、キョロキョロと辺りを見渡している。
「あ〜れぇ〜、ここら辺にいたと思うんやけどなぁ…」
メロスがいるのに気づいたのかこちらに向かって走ってきた。
「……あっt、そこのあんちゃん。ここら辺に……えーっと……あぁっ! “シリウス”っつうやつおらんかった?」
「しりうs………」
『今起こったことを、生涯誰にも口にしない』
言葉が思い出された。
咄嗟に口を塞ぐ。
(危なかった、思い出されていなければコロリだぞ…。)
顔が熱くなってくる。緊張と焦りで額に汗が滲む。そんなメロスを差し置いて少年は淡々とシリウスの説明をしていた。
すると、ふと少年の言った言葉が頭にとまる。
「いやぁ…さっきまで学園内におったんだけど、目を離した隙に消えちまうからなぁ。」
メロスは気がついた。ハマらなかったパズルのピースが、みるみるうちにはまってゆく。
なぜ、シリウスがメロスに呪縛(のろい)をかけたのか…。それは、今まで起こったことをみんなに言いふらさないようにかけたのもあるだろう。だが、置き手紙と最後に聞こえた言葉で、主な理由は単なる口封じではなく、この少年に自分がいた場所を伝えさせないための口封じだったということになるかもしれない。
そうすれば、シリウスはメロスに“しばらくしたらこの少年に会うから、頑張ってこらえろ”というメッセージを手紙と言葉で残したことになる。
(全ての約束がこのオチのためか…!!)
今までの自分がバカバカしくなった。今までやってきたことも、約束も。シリウスに騙されたのだ。
メロスは叫んだ。自分でもこれほど大きい声が出ると思わないほど。
「そういうことだったのかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」