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合宿初日。体育館に各校のメンバーが集まる中、黒尾鉄朗は見慣れぬ後ろ姿に目をとめた。
長身、金髪、無表情――それが第一印象だった。
「おーい黒尾、なに黄昏てんのー?」
木兎光太郎の豪快な声が体育館に響く。赤葦京治が後ろで溜息をついた。
「黒尾さん呼ばれてましたよ」
「おぉありがとな、なぁあの烏野の11番ちょっと気になるよな」
何気ない一言のはずだった。
けれど、視線がそこに引きつけられて離れない。胸の奥がざわつく。
黒尾は頭を振った。
(違う違う、確かに綺麗な顔してるけど俺のタイプは黒髪ロングでカワイイ系だし)
⸻
合宿二日目。
休憩中、木兎と赤葦が月島に話しかけていた。
木兎が月島にやたら絡むのを、黒尾は遠くから眺める。
「ツッキー彼女いんのー?」
「……居ません、ツッキーって呼ばないでください」
「おー、ツッキー塩対応だな~」と木兎が笑えば、赤葦が淡々と補足する。
「木兎さんが距離感ゼロで行くからですよ。」
黒尾はそのやり取りを見ていて、思った。
(やっぱり昨日のは勘違いだな、明るい子の方が好きだし)
しかし黒尾の中で彼女が居ないと聞き安心したのも本当だった
それがもう、最初の違和感だった。
⸻
三日目の夜。
月島は体育館裏のベンチで一人座っていた。
黒尾が後から現れる。
「こんなとこで何してんの?」
「……考えごとです。」
「まじめだなー、ツッキー試合のこと?」
月島は無言で頷いた。黒尾は笑ってみせる。
「気にすんなって。ミスなんか誰でもするし。……なあ、意外と繊細だよなおまえ。」
「意外、ってなんですか。……放っておいてくださいよ。」
それでも、どこか拒絶しきれてない。
その横顔に、黒尾の胸はまた、変に熱くなった。
⸻
最終日。
練習試合で、月島はまたも不調だった。
夜、自主練が終わり木兎と赤葦は先に部屋に戻った後、黒尾はふと倉庫の前を通りかかる。
そこに、座っている月島が居た。
「ツッキー……」
驚いて声をかけたとき、月島の頬を伝う涙が見えた。
「どーしたの、黒尾さんの胸かしてあげよーか」
「……悔しいだけです。ほっておいてください」
黒尾は、そっと近づき、親指で涙を拭った。
その瞬間――月島が顔を上げる。
濡れたまつ毛、赤くなった目元、唇は言葉にならずに震えていた。
その表情が、息をのむほど可愛かった。
(この手離したくないなって思うほどにはもう手遅れかよ)
頭の中で、否定してきた感情が音を立てて崩れていった。
「……なあ、ツッキー。ハグしてもいい?」
俺は月島の返事を聞く前に抱きついた。
「細っちゃんと食べてねーだろ」
「余計なお世話ですよ」
そう言いながらも頬を赤くした月島はとても可愛かった。
1年後の合宿。
月島はもう2年生になっていて、後輩たちを引っ張る立場になっていた。
そして、烏野には新しい女子マネージャーがいた。
黒尾の目には、彼女と月島がよく話しているように見えた。
(……あの子、月島のタイプっぽいな。綺麗でスタイルも良くて明るい。)
そんな思いが頭をよぎり、胸がざわついた。
けれど月島は、去年と変わらず淡々としている。笑顔ひとつ見せないのに、
彼女には自然に声をかけていた。
月島が何故か遠くの存在に感じた。
⸻
「なぁ、月島。お前、最近あのマネージャーと仲いいよな。」
自主練後、黒尾はジュースを2本持って月島に声をかけた。
月島はペットボトルを受け取り、無表情で答える。
「そうですか? 業務連絡してるだけですけど。」
「……そうか。」
その言葉に、黒尾はかすかな安堵と、言いようのない空洞感を同時に抱いた。
(否定しねぇんだな。やっぱ、ああいう子がいいんだろ。)
⸻
その夜、黒尾は噂を耳にした。
――「月島、あの女子マネと付き合ってるらしいよ。」
胸が、痛んだ。
(あー……やっぱり、そりゃそうだ。こんな気持ち吐き捨てれればいいのに)
夜の体育館。
黒尾は再び足を運んだ。
伝えるだけ伝えて、終わりにするつもりだった。
だが、その扉の向こうに――
月島と、例の女子マネージャーがいた。
「……好きです、月島くん。」
その言葉が、はっきりと耳に届いた。
黒尾は、心臓を掴まれたように息を飲む。
踵を返そうとしたそのとき――
「黒尾さん?」
振り返った視線と、目が合った。
「邪魔して悪かったな、お幸せそうでなにより」
俺は苦し紛れに一言だけ言い、その場を走り出した。耐えられなかったのだ。
月島は驚いた顔をして、一瞬女子マネに何か告げると、黒尾を追ってきた。
「なんで逃げるんですか、用事があったんじゃないんですか?」
「……別に。お前こそ、いいのかよ。あの子。」
平然を装った声。
だが、頬が引きつりそうになるのを必死に抑えた。
目元が熱くて、今にも泣きそうな自分が嫌だった。
月島は、一拍置いて、真っ直ぐに言った。
「今は――黒尾さんと話したいんで。」
その瞬間、心臓が跳ねた。
ダメだと思っていた。
諦めるって決めていたのに、
そのたった一言が、どうしようもなく胸を締めつけた。
(……ほんと、バカだな、俺。)
黒尾は月島の横に立ち、少し息を整えた。
体育館の静けさが二人を包む。
「ツッキーは俺なんかより女子マネちゃんと喋った方が楽しいじゃないの?」
黒尾の声は少し強気に装ったけど、胸の奥はまだバクバクしていた。
月島は少し首を傾げ、目をそらさずに答える。
「あなたと喋るの、嫌いじゃないので。」
その言葉に、黒尾は思わず息を呑む。
心の奥の何かが、熱く弾けた。
「……嫌いじゃない、か。」
黒尾は少し笑って、でも目元が熱くなるのを隠せなかった。
(……これ、ダメだ。やっぱり俺、完全に惚れてる。抜け出せないやつじゃん)
月島は小さく息をつき、視線を下げる。
「……それに、あの子の告白は断りました。」
黒尾は、胸の奥のもやもやが一気に消えるのを感じた。
そして勇気を振り絞るように一歩近づく。
「……そっか。俺ツッキーに話したい事ある」
月島は目に少し光を浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「なんですか?ちょっとくらいなら聞いてあげなくもないですよ」
その言葉に、黒尾は少し笑い、そして覚悟を決めた。
「俺ずっと月島の事が好きだ。初めて見た時から今までずっと」
息が震え、指先も微かに震える。
(……やっと言えた……まじで心臓爆発しそう)
「……やっと言ってくれましたね。」
月島はそう言い、笑いながらも涙を少し流していた。
黒尾はその涙を拭いながら、思わずぎゅっと抱き寄せた。
二人の鼓動が、夜の体育館に静かに響く。
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