ボクには大切な人が居る。
全てを捧げたい、一生添い遂げたいと思った大切な人。
その人は水星級魔術師で、凄く強くて…
無詠唱で魔術が使える、ボクの師匠。
ボクを虐めから助けてくれた。世界で一番カッコいい。
ボクの「お友達」
名前は「ルーデウス・グレイラット」。
世界で一番愛しの人。
久しぶりに出会った彼は、何倍もカッコよくなってて、何倍も強くなってて…
隣には、綺麗なお嫁さんが居た。
そう、ルディは、既婚者だったんだ。
────────────────────────
雪山で二つの拳がコツンとぶつかる。
十六歳のルーデウスと、十八歳のエリス。
二人による静かなグータッチ。
二人の前には、熊のモンスターであるラストグリズリーの骸が大量に転がっていた。
「ルーデウス!怪我は無い?」
「エリスも居ますからね。このくらいじゃなんともありませんよ」
二人きりで冒険を始めてから二年。
そして、結婚してから一年。
支えて、支えられて。
二人は狂犬と泥沼と呼ばれ、夫婦としてS級任務を大量に受けて成功させてきた。
そんな夫婦の片割れ。エリスがグリズリーの骸の前で声を張り上げる。
「今日も!ルーデウスを守ったわ!」
「ふふっ、はい。守られちゃいました」
ぎゅっ
誰も居ない雪山でエリスに抱き付かれる。
俺は、杖を右手に持ちながらエリスの身体を覆うように抱き返した。
「ねぇ、ルーデウス?」
「どうしました?」
エリスの柔らかくも筋肉を感じる背中を撫で、俺は問う。
返ってきた言葉は…
「私、すっごく幸せよ」
「ふふっ、僕も幸せです」
目標は、二人を幸せにした。
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ここ最近、エリスと毎日寝ている。
寝ているというのは、まぁ、そういう意味だ。
ベッドでエリスが俺の名前を呼ぶ。
俺も彼女を押し倒して、髪を撫で、首元に甘噛みする。
そのまま二人で溶け合い「好き」という言葉が重なる。
そんな甘い夜を俺たちは過ごしている。
性欲と愛情が爆発し、エリスもそれに応えてくれる。
だから毎晩、朝までハッスルタイムだ。
結婚までにも色々な出来事があった。
カウンターアローを助けたり、ゾルダートと勘違いで喧嘩したり。
プロポーズして、エリスと結婚して。
あ、赤龍も倒したな。
いろんな経験を経て、可愛くてちょっぴりヤンチャな奥さんができた。
そして、大切なことに気付いた。
成長したからこそわかる、厳しい現実。
「はぁ、龍神は遠いなぁ」
ぼやきながら隣で眠るエリスを見つめる。
ベッドの上で上体を起こし、彼女の白い肩に掛布団をかけてやった。
この世界は思ったよりも広い。
オルステッドに殺されかけた記憶を思い出すたび、嫌な汗がにじむ。
手が震える。悔しいが、震えているうちは勝負にすらならない。
俺は、呪いとは別に龍神という存在に恐怖している。
そんな考え事をしていた時だった。
コンコン、と扉がノックされる。
誰だろう?
服を着て、眠るエリスをぎゅっと抱きしめる。
そんな行動。俺は彼女から幸せをもらい、扉を開けた。
「はーい、どなたですか?」
「よぉ、泥沼」
「ルーデウス、私ですわよ」
「あぁ、ゾルダートさんにエリナリーゼさん。おはようございます」
朝早くからしっかりと服を着て俺の前に立つ二人。
ご苦労なことだ。
「お二人とも、どうしたんですか?」
「ルーデウス、今から時間ありますの?」
「今からの予定ですか?えーっと」
言葉を探していると、背中から身を乗り出してくる女の子の声。
「ルーデウスに時間は無いわ。今から朝のトレーニングに行くもの!」
「うわっ!狂犬も居るのかよ!」
ゾルダートが眉をひそめてピクピク動かし、少しのけぞる。
この人、エリスのことめっちゃ怖がってるな。
「何よ、私も居るわよ」
「泥沼は理性が残ってるからいいが、狂犬はイカれてるからな」
「……聞こえてるわよ」
ゾルダートがビビる原因になった喧嘩。
ゾルダートが俺を勘違いで殴って、エリスが彼のパーティ全員に殴りかかった事件。
確かにあの時のエリスは狂気じみてたが、ゾルダートは互角に戦ってた。
むしろ、俺の援護がなければ勝ってたかもしれないのに。
そんなにビビるか?
考え込む俺の前で、エリナリーゼが咳払いして会話を断ち切った。
「ルーデウス、話があるのは私ですのよ」
「あぁ、エリナリーゼさんでしたか。なんですか?あ、エリスの教育に悪いことは辞めてくださいよ?」
「当たり前ですわ。それに、あなたたち毎晩凄すぎますもの。私の情事に誘えるわけありませんわ」
さすがエリナリーゼさん、よく見てらっしゃる。
エリスは赤面して「毎晩は違う!」と抗議していたけど、説得力は皆無だ。
首元には俺の歯形もあるし、表面上は怒っているが、良く見ると頬を赤く染めて幸せそうな顔をしてる。
そんなエリスの観察。
楽しくて幸せだが、エリナリーゼとの会話を続けよう。
「母さん救出の件ですよね?Sランク任務も片付いたし、僕は大丈夫ですよ」
これは俺の推測。
そう考えた理由は、エリナリーゼのとある言葉だ。
彼女が俺の元に来たのが一週間前。
そのとき彼女から放たれた言葉が、これだ。
『ゼニスを見つけた』
場所は迷宮都市ラパン。
今いる場所からは遠く、もうすぐ冬で動きにくくなる。
だから、エリスとS級任務を全部終わらせるまで待っていた。
でも、もし行く話になるなら、まぁ仕方ない。
ロキシーにも会いたいしな。
そう思っていたのだが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「違いますわよ。あなた宛に推薦状が届いていたから渡しに来ましたの」
「え?推薦状?」
意表を突かれた俺に彼女は一通の手紙を渡す。
内容は、こうだった。
『私は、ラノア魔法大学で教頭を務めるジーナスと申します。
S級冒険者ルーデウスさんを特別生としてお招きしたいと思い、ご連絡いたしました。
魔術を大学で、さらに磨いてみませんか?』
推薦状か。
魔術の行き詰まり、遠い目標。行くのも悪くないかもしれない。だけど…。
背後から推薦状を覗き込んだエリスが、静かに口を開いた。
「ルーデウスは凄いわね」
「エリス……」
剣士のエリスは魔法大学には入れないかもしれない。
推薦状には彼女の名前はない。
もし、エリスが行けなかったら……
俺たちは離れてしまう、離れ離れになってしまう。
エリスは「嫌だ」なんて言わないだろう。
むしろ「強くなって待ってるわ!」と言ってくれるかもしれない。
でも、俺にはわかる。辛いはずだ。
エリスが離れようとした時、俺はとても辛かった。
だからわかる。エリスも同じ気持ちになるはずだ。
「エリス!僕は行きません!」
「ルーデウス?」
高らかに宣言して、薄着の彼女を抱きしめる。
柔らかくて暖かい。あぁ、好きだ。
今だって努力してる。サボってるわけじゃない。
狂犬と泥沼、今でも最強と名高いコンビじゃないか。
「チッ、泥沼行かねぇのかよ。任務食われちまうから期待したのによ」
そう言いながらも、ゾルダートは笑っていた。
きっと、ライバルとして認めてくれてるんだ。
エリスと冒険を続けて、イチャイチャして、ゾルダートと競い合って。
冬が明けたらゼニスを救出して。
きっと超えられる。
龍神 オルステッドだって、きっと。
「俺は、魔法大学には行かない」
ルーデウスは自分に言い聞かせるように呟いた。
─────────────────────────
気付いた時、俺は真っ白な空間に居た。
前世の姿で佇む。目の前には見覚えのある顔があった。
「やぁ!久しぶり!」
ヒトガミ……
二年ぶりか。
「お母さん見つかったんだってね。良かったじゃないか」
そうだな、良かった。
エリスと過ごして、愛を育んで、強くなって。その上ゼニスも見つかったんだ。
幸せだよ。
「幸せ、幸せかぁ。なんだか僕の知ってる世界とは随分違うみたいだね〜」
幸せが違う?
なんだ?お前が知ってる世界では俺は不幸なのか?
「そうだよ。僕の力なのかな?いや、君の執念なのかな?随分と変わってるよ」
お前も知らない未来。
二年も顔を出さなかった理由は、未来が見えなかったとか、そんな感じなのか?
「まぁ、そんな所さ。質問が多いみたいだけど、僕も全部は語れないんだ。許してくれよ」
そうだったな。久しぶりで忘れていた。
お前はは物事を良く隠す。今に始まったことじゃない。
「S級冒険者になったんだってね。良かったじゃないか。でもさ、自分に甘えるのは良くないよ」
甘える?何をだよ。
「自分でも分かってる筈だろ?龍神をぶっ殺す。君の面白い目標、諦めかけてるじゃないか」
龍神を殺す。そうか、そうだな。諦めてるのかもな。
お前から見てどうだ?俺は龍神に勝てるのか?
「うぅーん、無理だね。ぜーったいに無理!」
絶対無理なら悩むふりするなよ。
一応聞かせろ。理由はなんだ?
「聞きたいのかい?良いよ。教えてあげよう!まずさ、強い奴と強い奴が、なんでタイマンになりやすいか知ってるかい?」
タイマン、1対1ってことか。
なんでだろうな。
「ぶぶー、時間切れ!正解は味方が邪魔になるから!」
邪魔?居た方がダメなんてことあるのか?
「うん、居た方が邪魔になるんだよ。分かりやすい例で言うと、そうだ!君のストーンキャノンあるだろ?」
あぁ、俺の得意な土魔術か。
それがなんだよ。
「もしもさ、敵と自分の間に味方が立っていたらどうだい?」
自分と敵の間に味方、撃ちにくいな。
味方に当たらないように調整しないといけない。
「そういうことさ。君に近接戦闘の能力が高ければ、前衛なんて要らない。強い奴の戦闘は攻守の変動も速いからね。尚更さ」
理屈は分かるが、納得行かないな。
そうしたら、俺に近接能力があればエリスは要らないのか?
「怒らないでくれよ〜、話はここからさ」
当たり前だ。俺の嫁を邪魔扱いするな。
「君が強くなったのは彼女のおかげさ。一人で出来ることといえば筋トレと、素振りぐらいだろ?彼女が居れば筋トレにも精が出るし、レベルの高い組み手が出来る」
そうだな、エリスは俺にとって必要だ。
「しかも!君たちは特殊さ。互いの100%をぶつけ合っても邪魔にならない。何年も旅を続けてきたからなのかな?それとも君の言う愛情ってやつなのかな?」
確かに。エリスと旅をしてて彼女の動きは速かったけど攻撃を合わせるのは容易だったな。
ストーンキャノンに泥沼。
好きな時に、好きなタイミングで撃ってもエリスには当たらなかった。
「お、理解してきたじゃないか」
まぁな、大体な。お前意外と説明上手いな。
……あれ?さっきから褒めてばっかりじゃないか。
龍神に負ける理由を教えてくれるんじゃなかったのか?
「うん。だって連携が良くても、根本的に弱いからね」
そんなことだろうと思ったよ。
悲しいぜ。単純な理由ってのは。
そうだよ、俺は弱いよ。
「あぁ、違う違う。話は最後まで聞きなよ。君は強いよ?少なくとも僕が知ってる未来よりは数段強い。近接戦闘の仕上がり、明確な目標による努力。守ろうとする物が早くからあると違うのかな?」
なんだよ、今日は随分と褒めてくれるんだな。
いつもは馬鹿にしてくるくせによ。
「まぁ、本当のことだからね。そんな強い君は、こう感じてるんだよ」
感じてる?何を。
「物足りない、彼女の前衛では物足りない。もしかしたら一人でも勝てるんじゃないか?グリズリー、赤龍、その他の有象無象共に……君自身が感じてしまってるのさ。遠距離も、近接も、彼女より強いんじゃないか?ってね」
……なんか、嫌だな。お前。
「ちょっとぉ!こんな親切な神様居ないよ〜。でもさ、正しいだろ?現状君は欠点だらけだ。闘気は纏えないし、すぐにビビる臆病者だし…」
は?俺がすぐにビビっちまうのは分かるが、闘気ってなんだ?
「あ!まだ早かったか。気にしなくて良いよ。要するにさ、今のままじゃ勝てないって言いたかったんだよ」
でも、その口ぶり。ワンチャンあるのか?
「ふふっ、醜い身体に似合わない良い闘志じゃないかぁ〜。うん、あるよ。相手はオルステッド、君一人じゃ到底敵わない。どんなに工夫を凝らしても、どんなに事前準備をしても…」
言葉を、続けてくれ。
「欠点だらけの君と彼女。そんな欠点を補う関係。足し算ではなく、掛け算のような関係なら…殺せるかもね」
エリスを守れるのか?
エリスを悲しませずに済むのか?
「君の努力次第さ。じゃあ、そろそろ助言を授けようかな〜」
助言、またか。
「魔法大学で、努力をしなさい!さすれば、エリス・ボレアス・グレイラットが最強の前衛になり、オルステッドを殺せるでしょう!」
ちょっと待て!消えるな!
そもそも何故、俺たちはオルステッドと戦うんだ!
教えてくれ!
………
……
…質問が空を切る。
ヒトガミは、光の中に消えていった
─────────────────────────
「んっ…」
俺は目を覚ました。
隣を見るとエリスは居ない。
そうか、一人でトレーニングに行ってしまったのか。
一人で寝るには少し広いベッド。
そこで仰向けになり、俺は右手の甲をおでこに乗せる。
「ヒトガミの言ってること、意味が分からないな」
アイツの言葉が脳内をグルグル回る。
エリスが強くなるなら魔法学校なのか?前にギレーヌが言ってた剣の聖地とかいう場所じゃないのか?
分からない。
何が甘えで、何が甘えじゃないのか。それすら分からなくなりそうだ。
不安が募っていく。俺はポケットからエリスの髪と師匠の御神体を取り出し、一生懸命深呼吸をする。
スゥーハァー。
俺は、どうすればいい。
その時、俯く俺の姿とは対照的に勢いよく扉が開いた。
「ルーデウス!行くわよ!」
「うわぁ!」
彼女は大きなリュックを担いでいた。
どうやら、トレーニングに行っていた訳では無いようだ。
「ルーデウス、何持ってるのよ?」
あ、やばい。
俺はポケットに御神体と髪を隠し、必死に話題を変える。
「ど、何処に行くんですか?」
「決まってるでしょ!魔法大学よ!」
な、なんで。
その理由は明白だった。
「私も魔術を使えるようになって、少しでも強くなって、ルーデウスを守るわ!」
「エリスは凄いですね」
何度でも惚れ直す。
エリスの凄さ、カッコ良さ。
彼女は見失っていない。
一緒に龍神を超える。この言葉、目標を。
ならば、俺も答えなければならない。
「ふぅー」
一つ深呼吸をして、新たな未来へ。
「エリス!行きましょう!」
目指す地は魔法大学。
二人は旅立った。
もしも、エリスが魔術を使えたらどうなるだろう。
オルステッドにダメージを入れられるほどの、竜聖闘気を貫くほどの魔術。
乱魔を使わせるほどの魔術。
そんなことが起きれば、きっと、いや、必ず。
集中せずとも、ルーデウスのストーンキャノンは容易に連打され、オルステッドを……龍神を、貫くだろう。
もしも、エリスが魔術を使えたらどうなるだろう。
オルステッドにダメージを入れられるほどの、竜聖闘気を貫くほどの魔術。
乱魔を使わせるほどの魔術。
そんなことが起きれば、きっと、いや、必ず。
集中せずとも、ルーデウスのストーンキャノンは容易に連打され、オルステッドを……龍神を、貫くだろう。
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