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🎧短編「気付かないふり」
昼。
スタジオ。
機材の間を縫うように、二人で動く。
琉夏「ケーブルどこ」
冬星「足元」
視線を落とす。
しゃがむ。
同時に、手が伸びる。
触れる。
一瞬。
(……あ)
でも。
どっちも引かない。
そのまま、ケーブルを掴む。
琉夏「……あった」
普通に言う。
冬星「うん」
そのまま、離れる。
何もなかったみたいに。
でも。
ほんの少しだけ、間が残る。
(……増えてんな)
自覚はある。
でも。
言わない。
別の日。
帰り道。
人が多い。
駅の改札前。
流れに押される。
一瞬、距離がズレる。
そのとき。
軽く、腕を掴まれる。
琉夏「……あぶねえ」
振り返る。
冬星の手。
自分の腕を、掴んでる。
一瞬。
(……は)
でも。
すぐに離れない。
そのまま、少しだけ歩く。
人混みを抜けて。
やっと、手が離れる。
冬星「流れ早い」
それだけ。
理由は、ちゃんとある。
でも。
それだけじゃない気がする。
夜。
部屋。
ソファ。
並んで座る。
いつも通り。
でも。
距離は、ほぼゼロ。
肩が、自然に触れてる。
前なら、少し気にした。
今は。
もう、気にしない。
(……慣れたな)
ふと、思う。
そのとき。
冬星「それ」
琉夏「なに」
袖を、軽く引かれる。
(……え)
指先が、布越しに触れる。
少しだけ、引かれる。
冬星「糸出てる」
見ると、確かにほつれてる。
琉夏「あー」
でも。
それより。
(近い)
指が、まだ触れてる。
直すわけでもなく。
ただ、触れてる。
琉夏「……もういいだろ」
ぽつりと言う。
でも。
どかない。
冬星も、離さない。
数秒。
そのまま。
それから、やっと離れる。
何もなかったみたいに。
でも。
確実に、増えてる。
触れる回数。
触れてる時間。
理由のない接触。
琉夏「……なあ」
冬星「なに」
少しだけ間。
琉夏「最近さ」
言いかけて、やめる。
“触れすぎじゃねえ?”
その言葉は、飲み込む。
代わりに。
琉夏「……なんでもねえ」
冬星「そう」
短い返事。
でも。
分かってる。
たぶん、向こうも気づいてる。
でも。
言わない。
言ったら、変わるから。
今のままで。
十分だから。
肩が、また触れる。
今度は、自然に。
もう、気づかないふりすらいらない。
それが、当たり前になっていく。