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四月十七日。ナオトたちはナオトのことを知っている『アイ』という人物に『モンスターチルドレン育成所』に招待された。
ナオトは今、気を失っているため、ミノリ(吸血鬼)たちは『モンスターチルドレン育成所』の中にある、かなり広い待合室で待っていた。
その頃、ナオトは『アイ』の手術《オペ》を受けていた。
「ナオトの血液は一度、浄化されているようね。だけど、体の中に五つも誕生石を宿しているせいで体の中がボロボロね。頭部に私が『深緑に染まりし火山』に植えた『グリーンドウ』があるし、肝臓に『イエローズ』が根付いているわね。ナオト……あなたはいったい、この世界でどんな旅をして……って、もちろん誰も死なせやしない、傷付くのは俺だけで充分だとか言って、無茶に無茶を重ねてきたのでしょうね」
アイは一度、体の中にあったそれらを取り出すと、ナオトの体を縫い合わせて、意識が戻るのを待つことにした。
彼女はその間、ナオトにこんな話をしていた。
「あなたは覚えていないかもしれないから、もう一度言うわよ。私が高校時代以前のあなたのことを知らないっていう話をあなたにした時があったんだけど、私はどうもあなたをどこかで見たことがあると思っていたの。だから、あなたにこう訊《き》いたの。あなた、私に会ったことない? ……って。そしたら、あなたはこう言った。昔、お袋が話していた、いつも一人でいるくせに寂しがり屋の友達にそっくりだって。あの時、私は人違いだと言ったけれど、あなたの勘は当たっていたのよ? そして、その時、私は気づいてしまったの。あなたの母親と結婚した相手が『第三次世界大戦』で私とあなたのお母さんと一緒に戦った人だということに」
アイは彼の額に白い手袋を外した状態で触れながら、話を続けた。
「あなたのことはそれから必死で調べたわ。あなたは自覚してなかったと思うけど、たまに体の隅々を『千里眼』で見ていたのよ? そして、ある日。私は気づいてしまったの。私があなたの父親……『本田 隆《たかし》』のことが好きだったということに……」
アイはナオトの額に触れていた手をナオトの頭に移動させて、撫で始めた。
「私があなたを好きになった理由はね、あなたからあの人の面影を感じたからなの。だから、私が好きなのはあなたのお父さんであって、あなたではないの」
アイはナオトの額に優しくキスをした。
「でもね、それは最初だけだった……。あなたのことを調べていくうちに、いつのまにかあなたのことが好きになっていったわ。なぜかはわからないけど、あなたには私を引きつける何かがあることがわかった。それは」
アイはナオトの心臓を目に留まらぬ速さで体の外側から引っこ抜くと、こう言った。
「私たちがたしかに『第三次世界大戦』で倒したはずの蛇神《じゃしん》『|夏を語らざる存在《サクソモアイェプ》』の心臓だった……」
その心臓は体から抜き取られたのにもかかわらず、ドクン、ドクンと脈打っていた。
神々も殺せる猛毒を出せるそれはアイヌに伝わるものであり、肉片になっても再生する。そう、まるで『魔人ブ〇』のような存在なのである。
『第三次世界大戦』が三十分で終わったのはアイとナオトの両親である本田 あゆみと本田 隆《たかし》のおかげであるが、それの心臓はなぜかその直後に産まれたナオトの体の中に入ったのである。
彼の心臓はそれの心臓とは別にあるため、引っこ抜いても問題はない。しかし、それの心臓のおかげで彼は今まで死なずに済んだのは確かだ。
本当ならとっくに死んでいるのだから……。それの弱点は一つしかないが、ナオトの体の中に長く入っていたせいで、その方法では倒せなくなった。
答えは……アンモニア……つまり『尿《にょう》』である。それをかけるとそれの再生がなぜ止まるのかはわからないし、本当かどうかもわからない。
それをかける前に三人はそれを気絶させてしまったからだ。
「この心臓を潰せば、あなたの旅はここで終わる。あなたの記憶を書き換《か》える必要があるけれどね。でもまあ、あなたは元の世界に帰って普通に暮らしていた方がいいでしょうから、問題ないわよね……」
アイが蛇神《じゃしん》の心臓を握りつぶそうとしたその時、ナオトのもう一人の相棒である例の狼が彼の影から出現した。(|黒影を操る狼《ダークウルフ》のことである)
「我が主の心臓をどうするつもりだ。小娘」
アイは心臓を『銀製の長方形の入れ物』に置くと、こう言った。
「|黒影を操る狼《ダークウルフ》まで従えているなんて……あなたはやっぱりすごいわね、ナオト」
「質問に答えろ。小娘。さもなくば、ここでお前を」
「あら、私のこと知らないの? まあ、知らない方がいいかもしれないわね」
「質問に答えろ!!」
「そんなに怒ることないじゃない。私はあなたの主人であるナオトをあなたたちから解放するために、ナオトの……いえ、蛇神《じゃしん》の心臓を潰そうとしているのよ?」
「我が主は我らと共にこれからも旅を続けたいと思っているはずだ。なのに、お前はそれを……我が主の願いをなかったことにすると言うのか?」
「ええ、そうよ。それに元々、本田 直人《なおと》という人間はこの世に産まれるはずがない存在なのだから……」
「……! それは……いったいどういうことだ?」
「あら、知らずに仕えていたの? まあ、この際だから、言っておきましょうか……」
アイは少し間をとると、こう言った。
「ナオトの両親の血液を一度、こっそり調べたことがあるのだけれど、あれはさすがの私も驚いたわ。だって、父親はエジプト神話に出てくる太陽神である『ラー』に近いもので、母親は同じくエジプト神話に出てくる闇と混沌または無秩序を象徴する悪の化身『アペプ』に近いものだったのだからね……」
狼はそれを聞いた瞬間、ひどく動揺した。だって、そんな存在なら自分にわからないはずがないからだ。
「最初は私も疑ったわ。だって、ラーとアペプが結婚しているわけがないし、アペプに息子がいるなんて話は聞いたことがないもの。けどね、たしかにナオトの母親はそれに近いものを持っていたわ。『第三次世界大戦』の後、彼女に会ったことがあるのだけれど、その時から彼女は両目を白いハチマキで覆っていたのよ。まるで何かの力を封印するかのようにね。気になった私は彼女に訊《き》いてみたわ。そしたら、邪神の眼に変えられてしまったと言っていたわ。その時はそれ以上|訊《き》かなかったけれど、私が想像していた『邪神』ではなく、蛇の神と書いた方の『蛇神』だったとしたら合点がいくでしょう?」
「もし……もしそれが本当なら、我が主はいったい何者なのだ? 存在するはずがない者がなぜ、この世に」
「隠し子よ」
「隠し子?」
「ラーとアペプはたしかに敵対していたけれど、ケンカするほど仲がいいと言うでしょう? だから、日本人のふりをして、現世に降り立ったのだと私は思うわ」
「ま、待て! それでは我が主は神の子だと言うのか!? そんな気配は全《まった》く感じられなかったぞ!」
「そう、問題はそこなのよ。神の子であるはずのナオトがどうして神の力を宿さずに産まれてきたのか。その謎を解くために私はあらゆる神話や遺伝子に関する情報をかき集めたわ。そして、その結果導き出された答えは二つあるわ」
「二つだと? 一つに絞れなかったのか?」
「私が導き出した答えはどちらもあり得る話よ。だけど、それだとつじつまが合わなくなるのよ」
「まだよくわからないが、とりあえず話してもらおうか。その二つの可能性というやつを……」
「分かったわ。心して聞きなさい」
アイが狼に語った二つの可能性はたしかにどちらもあり得る話ではあった。しかし……どちらもつじつまが合わなくなる点があった。
「なるほど。たしかにつじつまが合わないな」
「私自身もそう思ったから、何度も調べ直したわ。だけど、それ以上のことは分からなかった」
「我が主の両親が現世に降り立った直後、それぞれの力が失われ、ただの人間となってしまった説と神の力は我が主の弟または妹が受け継いだ説……か」
「前者だと『第三次世界大戦』で一緒に戦った時にはすでに、二人には神の力はなかったはずだけど、そんなことはなかったから、この可能性は消えたわ。そして後者だとナオトに弟または妹がいることになるけれど、ナオトの家系図を調べても世界の時を一時的に止めて、その間に全人類の血液サンプルを私の分身を全世界にばらまいて調べてみても、ナオトの弟または妹にあたる人物を特定することはできなかったから、この可能性も消えたわ」
「うーむ、ますます我が主の存在が謎になってしまったな」
「たしかにそうね。だけど、ここで重要なのは彼の本当の心臓についてよ」
「我が主の本当の心臓?」
「ええ、そうよ。ナオトの本当の心臓は蛇神《じゃしん》の心臓が入る前にたしかに存在していた。じゃないと、産まれた時にはもう死んでいることになるし、いくら神の子だといっても心臓なしで生きられるほど万能ではないわ」
「では、我が主の本当の心臓は今、どこにあるのだ?」
「さっき解剖したから分かったけど、ナオトの心臓が何者かによって、本当の心臓にすり替えられた痕跡があったわ」
「なに? そんなことができる存在がいるのか?」
「私以上の存在はどこを探してもいないから、私と同等もしくは私に近い力を持つ者がいるなら、あり得るでしょうね」
「その者は我が主と面識はあるのか?」
「まだわからないわ。だけど、ナオトが眠る以外で意識がない時、脳波にわずかながら変化があることをさっき見つけたわ」
「脳波に変化だと? それはどのようなものだ?」
「これを見てちょうだい」
アイはどこからともなくモニターを展開すると、ナオトの脳波を映し出した。
「うーむ、別に変化はないと思うが、何かおかしいところがあるのか?」
「今見ているのは、ここに来た直後のものよ。だけど、ここに来て十分経ったものと見比べると……」
アイは手術室に来て十分後のナオトの脳波を映し出し、先ほどの脳波の上に重ね合わせた。すると……。
「こ、これは……!」
「ええ、そうよ。まるで誰かと会話をしているかのように脳波が不規則になったわ」
「これはいったい、何なのだ?」
「彼の頭の中にヒントがあるのは間違いないのだけれど、残念ながら現代の医療でそれを解明することはできないわ」
「そうか……では、我が主の正体が何なのかは、まだ分からないということなのだな……」
アイはモニターを消すと人差し指を立てながら、こう言った。
「たしかに今の医療技術では、ここまでしか調べることはできないわ。だけど、私なら、それを可能にすることができるわ」
「なにっ!? まさかとは思うが人の脳に直接、自分の意識を飛ばして脳を調べられると言うのではあるまいな?」
「私を誰だと思っているの? 宇宙が存在する前からこの世に存在しているヴィシュヌの姉よ?」
「……! 本当にお前は宇宙を作ったといわれているヴィシュヌの姉……なのか?」
「見た目が幼女だからって生意気な口を利いたら、存在ごと消すから覚悟してね?」
彼女のその笑顔を見た狼はナオトの影の中に避難した。
「あらあら、驚かせてしまったようね。まあ、ヴィシュヌが勝手に私のことを姉だと言っているだけだから実の姉ではないのだけれどね……さてと」
アイは蛇神の心臓があった場所を覗き込んだ。するとそこには、先ほどまでそこにはなかった『ナオトの本当の心臓』があった。
やはり、ナオトの頭の中には誰かがいるようね。今日の仕事は分身たちにやらせているから、大丈夫。体調も万全……。よし、行ける!
「善は急げ……急がば回れ……油断大敵……。それじゃあ、行きましょうか。ナオトの頭の中へ……」
アイはそう言った直後、こう言って自分の意識をナオトの頭の中に転送した。
「『精神転移《マインドテレポート》』!!」