鏑木et。
その名前が、yanの頭の中で何度も何度も反響していた。
目の前に掛けられた肖像画をじっと見つめながら、彼はその言葉の意味を噛みしめる。
「et……それが、お前の本当の名前……?」
彼は何度も名前をつぶやいてみる。
鏑木et――その名前が何かを意味するような気がして、ただの名前の響きだけではない、深い何かが胸の奥を押し上げてくるような感じがした。
肖像画の人物は、やはりえとの顔に似ていた。しかし、その顔は、見覚えがあるようで、ない。
あまりにもぼやけていた。その顔の輪郭は、まるで過去から引き出され、長い時間を経て徐々に消えていくかのように描かれていた。
yanはその絵を触れるように見つめた。
その時、ふと背後から、あの静かな声が聞こえた。
「……yan、見つけたの?」
その声に振り返ると、そこにはすでに、etが立っていた。
髪を結びなおして、少しだけ顔を伏せた彼女。
でも、その瞳には、ゆあんの探し求めていたものが映し出されていた。
「な、なんで……ここに?」
yanが驚いたように言うと、etは少しだけ目を細めた。
「私の過去、yanが探してるんだって、分かってたから。」
「え?」
「yanが手に取ったその肖像画、気づいてたんだ。これを見て、何かを知ろうとしてるんだろうって」
yanは、言葉を失った。
そして少しだけ、ぎこちなく言った。
「でも、顔が消されてた。なんで……?」
etは静かに、でも確実に答えた。
「それは……私が死ぬ前に、消されたから」
その言葉が、yanの心に突き刺さった。
「消されたって……何で?」
「昔、私は“鏑木et”として生きていたんだけど、ある事情があって、私の名前も、顔も、記憶も、全部消されてしまった。」
etは、少しだけ遠くを見るように、言葉を続けた。
「私、もともとは普通の学生だった。美術部に所属して、毎日絵を描いていた。教師にも、親にも、みんなに認められていた。でも、ある日——」
etは、その先を言わなかった。
だが、その沈黙が何よりも重く、そしてその背中から伝わる苦しさが、yanの胸を締めつける。
「……それが、私の“過去”だよ。」
その言葉を聞いて、yanは何かがはっきりと見えた気がした。
etが消された理由、それはただの事故や偶然ではない。
もっと深い、何かが絡んでいる。
その時、yanの頭にある考えが浮かび上がった。
「お前、もしかして——」
「うん、私はその時に、ある“儀式”に巻き込まれた。」
「儀式?」
「その儀式が、私の名前や顔を消し去ったんだ。そして、私は“怪異”になった。誰にも認識されず、存在すらも消されるように。」
その言葉に、yanは思わず声を上げた。
「そんなの、意味わかんねぇ! どうして、そんなことができるんだ?」
「それが、私にも分からない。でも、私が知らないうちに、誰かが私を“怪異”として扱って、その結果、こうなったんだ。」
「え……」
etは、ゆっくりとその場を見渡しながら、話を続けた。
「私を消すために、その“儀式”を使ったのは、鏑木家の人たち。私の家族だったんだよ。」
その言葉に、yanの胸が痛んだ。
「お前の家族が、そんなことを?」
「……うん。」
その瞬間、yanの頭に過去に読んだ新聞記事が蘇る。
鏑木家は有名な美術家の家系で、数年前に起きた家族の事件。その事件の詳細は、結局はどこにも公表されることなく、未解決のまま消え去っていた。
「その事件って、もしかして——」
「うん。私の家族が、私を消すために使ったのがその“儀式”だった。」
「でも、私はただ、絵を描きたかっただけだった。」
etの目が、また少しだけ湿っているように見えた。
yanは、その言葉があまりにも重すぎて、言葉をうまく出せなかった。
その場の空気が、ひどく静かに感じられた。
そして、yanは深く息を吸い込んだ。
「じゃあ、お前の本当の名前は——」
「“鏑木et”。でも、それを戻すためには、私自身がちゃんと“記憶”を取り戻さないといけない。あなたに返してもらったリボンが、私にとっては唯一の“手がかり”だから。」
その言葉が、yanの心にしっかりと刻み込まれる。
「約束する。俺が、お前の名前を戻してやる。絶対に。」
yanは、今度こそ、心からそう言った。
(続く)
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