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私たちは準備を終えると、ディートリヒさんが用意した馬車に乗せられた。
その馬車は少し高級な感じはしたものの、どこか武骨さを感じさせる作りで――
……おそらく、偉い人は乗せないのだろう。そんな雰囲気が何となく感じられた。
ゴトゴトゴト……
馬車は王都の道をゆっくりと走っていく。
中には私たち三人と、それを監視するようにディートリヒさんが向かいに座っていた。
何かを喋ろうとするたび、すぐにディートリヒさんの咳払いが飛んでくる。
喋ることは決して禁止をしていないが、空気を読め――……そういうことだろう。
ゴトゴトゴト……
その沈黙はお城に着くまで変わらず、私たちは何とも言えない空気のまま、お城の中へと入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ようこそいらっしゃいました。アイナ様、従者の方々」
馬車を降りると、身なりの良い貴族のような老人に迎えられた。
「……初めまして。あなたは?」
「私のことはフェリクスとお呼びください。
今日はアイナ様のご案内を務めさせて頂きます」
「はぁ……」
ご案内……?
王様に会うんじゃなかったの……?
「従者のお二人は別の者が案内いたします。
このままお待ちください」
「え?」
ルークとエミリアさんとは、ここでお別れ……?
思い掛けない流れに驚いていると、フェリクスさんの後ろにいた兵士たちが移動を促してきた。
押されたり引っ張ったりはされないものの、上手く距離を詰めながら、何となく強制的に歩かさせられる。
素直に従いたくはないけど、こんなところで暴れることも出来ないし――
「――先に行ってるね。ルーク、エミリアさん、またあとで!」
「は、はい……」
「アイナ様、ご無事で!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お城の中を、フェリクスさんの後ろに付いて歩いていく。
私たちの後ろには兵士が2人、さらに付いてきていた。
それにしてもこのフェリクスさん……身なりは良いし、軍人ということもなさそうだけど――
……身分が良さそうな割には姓を名乗らなかったし、何というか、怪しいというか……。
今の時間は10時過ぎ。
いつもだったら、そろそろ錬金術師ギルドに行くことを意識し始める時間だ。
今日だって本当は行くはずだったのに……何で私、こんなところにいるんだろ。
「――あの、どこまで行くんですか?」
「長い距離を歩かせてしまって申し訳ございません。
もうすぐ着きますので」
その後も特に会話の無いまま、どんどん奥へと案内される。
それにしても、お城の中という割にはあまり華美ではない場所だ。以前、謁見のときに通った廊下とは雰囲気が違う感じの――
……まさかこのまま、牢屋に直行とか?
そんな不安さえも出てきてしまう。それならルークとエミリアさんは? 別の牢屋に……?
「――アイナ様、ここまでありがとうございました。
こちらの部屋にお入りください」
フェリクスさんが足を止めたのは、大きな扉の前だった。
それは両開きの扉で、大きな部屋に繋がっていることを想像させる。
「……開けて、大丈夫ですか?」
「はい、どうぞ」
フェリクスさんの言葉に、私は扉を開けてみる。
扉はかなり重く、開けるときには体重を掛けなければいけないほどだった。
正直、ここは開けて欲しかった……。そんな我儘な気持ちが、ついつい出てしまう。
そして扉を開けて、その中に見えたものは――
――錬金術の設備。
私の工房にあるものよりも種類が多くて、量も多い。
そして5人ほどの人たちが、壁際に並んでこちらを見ていた。
「……ここは?」
「はい。こちらは我が王国が誇る、錬金術の研究室です。
先日まではSランクの錬金術師殿がここをまとめていたのですが――
……いや、まとめるまでの仕事はされていませんでしたな。はっはっは」
フェリクスさんは、何か小馬鹿にするように笑った。
Sランクの錬金術師……?
そういえば私がSランクに昇格するとき、国に仕えていた錬金術師が引退をしたんだっけ?
だからこそ、私はSランクに昇格することが出来たんだけど――
「……凄い設備ですね。
私の工房もそれなりだとは思っていましたが、ここはそれ以上で……」
「そうでしょう? 設備の調達は前任者が行っておりましたので、多少の偏りはありますが……。
しかしここの責任者になれば、そういった裁量も任されるのです」
「へぇ……」
「少し、見ていかれますかな?」
「そうですね。一周だけ、よろしいですか?」
フェリクスさんの許可を得て、研究室の中を歩いてみることにした。
設備の詳細は分からないけど、ずっと錬金術に携わっていれば、さすがに興味も湧いてくるというものだ。
途中、壁際に並んでいた人たちとは目が合い、軽く会釈をする。
明らかに研究職のような雰囲気……。この人たちも、錬金術師なのだろうか。
「あの方々は、どういった方ですか?」
「はい、この研究室で働く者たちです。
責任者が不在の状態なので、今はそれぞれが研究を続けている形ですね」
「なるほど……?」
……え? いやいや、次の責任者を決める前に、前のSランクの錬金術師をクビにしちゃったの!?
何だか順番が違うというか、後先を考えていないというか……?
話もそこそこに終えて、研究室もすぐに一周してしまう。
広さは私の工房の4倍くらいかな? この規模なら、助手が5人というのはむしろ少ないかもしれない。
「いかがでしたか?」
「とても素晴らしい研究室ですね。ここでなら、いろいろなものが作れそうです」
とはいえ、私はこんな研究室が無くても、様々なものが作れてしまうわけで。
……そう考えると、私の持っているスキルはやっぱり凄いものだな……と、改めて思い知らされる。
「結構、結構。ここの価値を見て頂きたかったのですよ。
さて、それでは次に参りましょう」
「はぁ……」
私は再び、フェリクスさんの後ろを付いていくことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく歩いていくと、廊下が徐々に華美な雰囲気になっていった。
「この先は高貴な方がいらっしゃいますので、ご注意ください」
「は、はい」
何となく周囲からの視線を感じながら、引き続きフェリクスさんの後ろを付いていく。
そのうちに、私は開放感のある部屋に案内された。
そこはちょっとしたカフェのような場所で、綺麗なドレスに身を包んだ女性たちが、淑やかな感じでお茶を飲んでいる。
私のような庶民派にとっては居心地は悪いが、ロイヤルなレディたちにとっては、これが日常なのだろう。
「――あら、ペートルス男爵じゃない。ご機嫌よう」
「これはこれは、お久し振りでございます」
突然、ロイヤルなレディの一人がフェリクスさんに声を掛けてきた。
……フェリクスさん、やっぱり貴族だったんだ。
「こちらの方は?」
「はい。こちらは錬金術師のアイナ様でございます。
本日は城内の案内を命じられておりまして」
「……っ!!
あなたがアイナさんなのね!!」
「え? あ、はい、初めまして。
アイナ・バートランド・クリスティアです」
そう自己紹介をすると、そのロイヤルなレディは私の手を握ってきた。
「初めまして! 私、あなたの美容品のファンなの!
ちょっとお話をしていかない? ペートルス男爵も、良いでしょう?」
「はい、もちろんでございます。
ただ、時間があまりありませんので……20分ほどでお願いできますか?」
「それだけあれば十分よ!
さぁさぁ、アイナさん。そこにお掛けになって!」
ロイヤルなレディの強引な要請によって、私は彼女の向かいに座らさせられた。
まったくの初対面だし、高貴な人だろうから緊張はするものの……それでも、私の作ったアイテムを知ってくれている。
それだけで嬉しいというか、心が温かくなるというか――
……このお城の中で、初めて安心した瞬間だった。