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(今回は前編後編に分けて霊おじ視点のお話です。今回はかなり暗め&グロテスクな要素アリ)
此れはもう何年も前の事。いや、千年前だろうか。
平安の世は、呪いや妖等の概念で満たされていた。病をあたかも神の祟りとし、寺の僧以外に陰陽師に頼ることもあった。毎朝欠かさずに占いを施し、その日によって貴族達は出かけるのをやめたり、物忌(簡単に説明すればプレゼントを貰いたくても貰えない)をすることも。
そんな当時の貴族社会の中で、陰陽師は必要不可欠とされた。
かつての霊巌も腕の優れた陰陽師として名を馳せ、時には帝からの頼みもこなしては平民にも手を差し伸べ、身分なぞ構わずに接するその姿勢は陰陽師の中でも特別だった。
しかし、一人の天才が霊巌の人生を壊すまでは。
現在。霊巌は旅を終える度に山奥の古びた座敷に度々戻って来ていた。
そこはかつて暮らしていた座敷らしく、千年経ってもその形を残し続けている。
庭は、四季に合わせて様々な花や緑が生い茂る。冬も終わりに近づき、今は桜の木が蕾を出してきていた。そろそろ風も暖かみを帯びてきている。
そんな日の事である。
?「霊ちゃん、また会えたね。」
霊「忌々しい奴め、まだ儂に付き纏うつもりか…」
霊巌の元に、とても若々しい青年がやって来た。首には、何かの刺青であろう模様が彫られている。
?「そんな事言わなくてもいいじゃないか。君が作り上げた其の術をまだ手に入れてないんだ。」
霊「これは儂の物だ。何故そんなに必要とする。」
「安倍晴憲(あべ はるのり)。」
晴「ははっ、霊ちゃんって呼ぶだけでバレるなんてやだなぁ。」
「でも、君に会う手段はこれしかなくてね。」
霊「貴様のせいで…儂は鬼となったのにも関わらず、その態度か?」
晴「良いじゃないか、霊ちゃん…」
「僕の本体は君のせいで使い物にならなくなったけど。」
その言葉に、霊巌は過去の記憶が蘇った。
─我が身を鬼と化し、憎き者の命を奪わんとす─
鬼となったあの夜のこと。ひたすらに神木へ押さえつけた藁人形へと槌で杭を打ち付け、嫉妬と劣等感のすべてをそこにぶつけていた。口から漏れるのは、恨みがこもった呪言だけ。涙は血となり、頭の中は破壊衝動ばかりが支配する。あの天才のせいで、自分は、自分はと、怒りをぶつけ続けた。
三日三晩、何も飲まず食わずして、霊巌は鬼となってしまた。手は血が滲み、額からは角が皮膚を突き破って現れ、突き破った所からは血が流れている。
そして、近くにあった小川の水面を覗けば、目は紅くなりつつあった。しかし、完全に鬼となった訳ではなく、黒かった髪は飲まず食わずで杭を打ち付けたせいか、生気を失ったように白くなっていた。
震える手に握られた槌は落ち、血が滲む手は、人としての形を失わんと爪が鋭利になって行く。
その瞬間、霊巌は鬼となってしまったことを確信した。
身体は震え、飢えと乾きを訴える。歯でさえも獣のように恐ろしく変わり果て、衝動のまま都へ降り、一夜の内に自分を見捨てた貴族達を食って行った。
人の肉の味を覚えてしまったあの瞬間は、今でも思い出すと吐き気しかしない。
そして、かつての晴憲の元へも行き、全ての恨みと妬みを牙に込めた。
晴憲は今でも、当時の霊巌の姿を覚えている。
白く染まってしまった髪には、食ってきた人間の血がメッシュのように染まり、顔は人の形を保とうとしていた。角は両方生え、着ていた物でさえも、赤黒く染まっていたらしい。足は血や土、臓物を踏みにじったせいで足袋でも履いてるのかと思える様に、何処か傷もついていた。
晴憲は鬼となって暴走していた霊巌を封印しようとしたが、本人の恨みが強く、暴走の原因となる力だけしか封印は出来なかった。しかし、霊巌はもう既に晴憲の右脚、左腕、脇腹を喰らっていた。その為に、今の晴憲は本体が使い物にならなくなったと言う。
そして、一部の力を封印された霊巌は理性を取り戻し、角と片目を隠し、姿を消した。
そこから今の彼に至るのだ。
晴「あの時の君は、僕のせいだと叫び続けていたね。」
「けれど、今の君があるのは僕のおかげじゃないか。」
霊「ふん…貴様さえ居なければ良かった話だ。」
晴「そんな事言わないでよ、霊ちゃん。」
─まぁ、いずれ君は…また、あの時と同じ様に、いや…それ以上になるだろうね─
霊「何故、そんな事を儂に言うのだ。」
晴「さあね。だけど、もうすぐ君が鬼となったあの日から千年経つんだ。」
「僕が封じた君の力が、そろそろ戻るって話だよ。」
霊「どうだっていい。今ここで貴様の傀儡の一つや二つを壊せばいい話だ。」
晴「君は本当に変わらないね、霊ちゃん。」
だが、霊巌は少し迷っていた。
鬼となり、また暴走するかもしれない話を、忍と玄爾にすべきかを。
─鬼を嗤う傀儡の巻・前 終─
─次 鬼を嗤う傀儡の巻・後─