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美希みなみ
「何してるんだか……」
「何してるんですか!」
自分と同じ言葉が聞こえて、私はそろそろと頭を上げた。
「望月君……」
どうしてここに。そう思うのに、その後の言葉が出てこない。
「柚葉さん、バカなんですか!」
バカと言われ反論したいのに、言葉が出ない。そんな私に、あの望月先生から聞こえたのかと思う舌打ちが聞こえる。
にこにこと笑っているはずなのに、どうして……。
そんなことを思っていると、いつの間にか私は意識を手放していた。
どれくらい眠っていたのだろう。目を開ければ、ズキッと頭が痛む。しかし目の前に見えたのは見慣れた天井だった。
冷房の効いた部屋は心地よく、さらりとしたシーツが素肌に触れた。
え?
その感触に驚いて身体を起こせば、タオルケットがばさりと落ち、自分が下着姿だということがわかった。
「なんで!」
そう言えば、静かに低い声が聞こえた。
「それは自分のせいですよね?」
明らかに怒気を含んだその声に、私はびくりとしてその方を見る。
1Kの私の部屋。ベッドにテーブルと二人用のソファーがあり、そこに足を組んで、明らかに怒りをたたえた瞳があった。
初めて見るその表情に、私は何も言えず、ただ自分の身体を隠すようにシーツを引き上げた。
そんな私を睨みつけていた望月君だったが、小さく息を吐いて立ち上がった。
「気分は?」
「あ……大丈夫です」
なぜか敬語になってしまい、小さく俯けば、そっと私の腕を取る。
「なっ」
何をするの? そう思うも、脈を見ていることに気づき、私は黙り込んだ。
アルコールの匂いをさせた私を心配してついてきてくれていたことに、ようやく思い当たり、申し訳なさが募る。
「ごめんなさい」
静かに言葉を発すれば、ため息交じりの声が聞こえた。
「誰とこんなに飲んだんですか?」
いつも通りの声音に、少しは怒りがおさまったのだろうか。そう思いながらも、なぜか無性に悲しくなってきた。
飲みすぎると、涙腺も気持ちも緩むのかもしれない。
「だって、千堂さんといると緊張するから、だからつい飲み慣れないワインを飲みすぎて……」
それだけを言うと、ぽろぽろと涙がこぼれる。
「柚葉さん……」
そこでかなり焦った彼の瞳があり、私は慌てて涙を拭う。
「本当に、ごめん。何してるんだか」
自暴自棄な気持ちをなんとか抑え込んで、大きく息を吐く。
「はい」
手渡されたミネラルウォーターを一口飲むと、体中に染み渡るような気がした。
「ありがとう。それにしても、どうしてここに?」
当たり前だが、あのタイミングでどうしてここにいたのかわからず、私は問いかける。
そのことには答える気がないのか、何も言わず私をじっと見つめる望月君。
「言っておきますが、脱がしたのは雨に濡れたから仕方なくです。記憶のない人間に何かするとは思わないでください」
そのセリフにハッとする。当たり前だが、服を脱がしたのは彼だろう。
下着姿を見られたことに羞恥が募る。きっと真っ赤になっていたのだろう。なぜか望月君もそっぽを向くと、「患者さんで見慣れてます」とそう呟いた。
「子どもじゃない」
そう言いながら、私はそそくさとクローゼットから部屋着のシャツワンピースを取り出し、着る。
つい漏れた私の言葉に、望月君は少しだけ微笑んだ気がした。
目の前の望月君は、なぜかいつものような雰囲気ではなく、なんと形容すればいいのかわからないが、まとっている空気が穏やかな気がした。
いつものキラキラしているオーラではなく、これが素なのだろうか。
久しぶりに笑った――その言葉を、なぜか思い出した。
少し頭痛はするが、どうやら二時間以上眠っていたようで、もうすぐ二十四時を回ろうとしていることに気づく。
「ごめん! ただでさえ昨日、仕事で眠ってないって言ってたのに」
私は水を飲んでいるのに、何も持っていない彼に気づき、慌ててキッチンへと向かう。
「ねえ? そういえば夕飯は食べたの?」
ついお節介の血が騒いでしまう。
そんな私に、今度ははっきりと望月君がくすりと笑った。
「柚葉さんって、やっぱり変ですね」
「なにがよ?」
こっちは必死なのに、そんなことを言う望月くんを見れば、なぜか悪い意味ではないような気がした。
小さく息を吐くと、もう一度ゆっくりと問いかける。
「それで? おにぎりでいい?」
「はい」
私はとりあえず、今日の夜に食べるつもりで炊いてあったご飯に、冷蔵庫にあった梅やおかかを入れておにぎりを握る。
それに、簡単に味噌汁を作った。
こんな時間だし、凝ったものを作るのも時間の無駄だろう。
そう思い、お茶と一緒にローテーブルに置く。もちろん我が家にダイニングテーブルなどない。
「いただきます」
もう何も言うのを諦めたようで、望月くんは静かにおにぎりに手を伸ばした。
「美味い」
「そう、よかった」
ホッとして言えば、しばらく無言で望月君はおにぎりを口にしていた。
「それにしても、千堂さんってどんな人なんですか?」
ここまで面倒をかけて今さらな気がして、私も水を持ってソファーには座らず、望月君の前へと腰を下ろした。
「どんな人って……」
言葉を濁した私に、小さく彼はため息をつく。
「そんなに緊張して悪酔いするような人、気になるじゃないですか」
「違うのよ。別に彼は悪くないのよ。ただ、なんていうか……」
年上の人に、やはり抵抗があるのだろうか。自分でもわからない気持ちを伝えられず、口ごもる。
うまく答えられない私に、望月君は小さく息を吐いた。
「もう大丈夫ですね。帰りますね」
ハッとして時計を見れば、もう電車などとうにない時間だ。
「こんな時間じゃない」
すでに歩き出して小さな部屋を出ていこうとしていた望月君が、ゆっくりと足を止め、振り返った。
「じゃあどうするんですか? また泊めてくれるんですか?」
「それは……」
あの時とは望月君に対する見方がまったく違う。可愛いだけではないことを知ってしまった。
ドクンと胸が音を立てる。何もない保証はあるのだろうか。
「言っておくけど、俺だって男だし、こんな弱ってる柚葉さん、ちょろいですよ」
初めて聞く「俺」という言葉に、私は目を見開いた。
いつものかわいらしさなどどこにもなく、いつも額にかかっている前髪を上げれば、一気に大人っぽく見えた。
どこからどう見ても大人の男の魅力全開の彼に、私はただ呆然と彼を見ながら呟く。
「ごめんなさい……」
彼は何も言わないが、その表情からどんな感情なのか計り知れない。
しばらく無言が続いた後、望月先生はふと表情を緩めた。
「おやすみなさい」
それはいつも通りの声音で、あっさりと彼は家を出て行ってしまった。
私はずるずると座り込む。
「なんなのよ……」
まったく意味がわからない。昔の嫌な思い出も、千堂さんのことも、すべて塗り替えられたような気持ちになる。
こんなにも翻弄され、自分の気持ちが乱されたことなどなかった私は、しばらくその場で放心していた。
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