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美希みなみ
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あの日から変わらず、仕事は慌ただしく過ぎていく。
今日は少しだけ落ち着かない。それは仕方がないと思う。
昨日の夜、望月君から連絡をもらっていた。結衣くんの手術の日だ。
幸い再発箇所は小さく一か所で、そんなに長い手術ではないと聞いている。
しかし、それでもやはりまだ小さな子どもの手術は落ち着かない。こればかりは何度経験しても慣れるものではない。
昼休憩になり、院内の食堂へ恭子と私は来ていた。
「Aランチお願いします」
二人でそれを頼むと、窓際の席へと座る。今日のランチはサーモンのムニエルとサラダとご飯。
意外においしいここは、たまに利用している。
食べ始めたところで、スマホが音を立てる。
【無事終わりましたよ】
その連絡にホッとする。お願いをしたわけではないが、彼は最近こうして結衣くんに関する連絡をくれる。
私が気にしているということを、わかっていてくれているのだと思う。
ホッと安堵していると、またメッセージアプリが光ったのを見て、もう一度画面に視線を落とす。
【今日、早く終われそうです。夕飯付き合ってください】
続けざまのメッセージに、え?っとなってしまう。
【こないだのお詫びしてくださいね】
キュルン、と久しぶりにその音が聞こえるような笑顔が目に浮かぶ。
「嘘つきのくせに」
最近、あれがたぶん演技だと気づいてしまった。
いつも女の子みたいに「僕、無理です」って言っている彼は、本当は違うのだろう。
「櫻町?」
目の前に恭子がいたことも忘れて、私は声を出していた。
「ごめん」
「気持ち悪いわよ。何百面相してるのよ」
訝しげな表情の恭子に、曖昧な笑みを浮かべた。
「あっ」
そこで恭子が声を上げる。その理由はすぐに分かった。
さっきまで私にメッセージを送っていた彼が歩いていた。
「やっぱりあの二人いいわよね」
隣には今日執刀したのだろう、外科の早乙女先生がいて、熱心に二人で話をしている。
それを周りの人がちらちらと視線を送っていた。
「目立つ二人よね」
「そうね、どっちが……」
考えていることがわかり、私は慌てて恭子の言葉に口をはさむ。
「やめて」
「だって、本当にあれだけ整っていて医者とか。ハイスペックすぎ。それに、あの全く違うタイプがいいわ」
相変わらず表情を変えず淡々と話す恭子に、私は何かを言うのを諦める。
「でも、望月先生、かわいいだけじゃないわよ」
つい言葉を発してしまい、私はハッとして言葉を止めた。
「どういうことよ。あのままのかわいい彼じゃないの?」
そんなことを言っていると、二人が私たちの横を通り過ぎる。
「お疲れ様です」
あのキュルンと音のしそうなかわいらしい笑顔に、つい私は怪訝な表情を浮かべたのだろう。
「櫻町さん、眉間にしわ。あと、今日の夜忘れないで」
それだけを私の耳元でささやくと、彼は行ってしまった。
私の耳はきっと真っ赤だろう。どういうつもりでこういうことをしているのかわからないが、ここにそんなに人がいないのが救いだ。
まったく。
「ちょっと、櫻町、何か意味深じゃない!」
興奮した恭子の言葉も、私は耳に入っていなかった。
仕事が終わり、スマホを見れば望月先生から連絡が届いていた。
私のほうが早く終わるとわかっていたようで、十九時に迎えに行くと書いてあった。
今さら断る理由もなく、私は了解とだけ返事をすると家へと急ぐ。
別にこのままでも出かけられるが、汗をかいたこともあってシャワーを浴びたかった。
身だしなみ。自分でそう言い聞かせると、私は電車へと乗り込んだ。
数十分で家に着くと、シャワーを浴びた後、クローゼットを開けて頭を悩ませる。別にデートではない。
着飾る必要などないが、あの彼の隣にあまりにも似つかわしくない自分がいるのも嫌だ。
そう思い、普段はモノトーンの服ばかりを着ているが、珍しく濃いブルーのワンピースを選ぶ。
髪も仕事中は束ねているのをハーフアップにした。少しの恥ずかしさでキュッと唇を噛み、鏡を見ていると、スマホが音を立てる。
【もう少しで着きます】
その文字にドキッとしつつ、私はバッグを手に家の外へと出た。
迎えに来てくれると書いてあったが、歩いてくるのか車で来るのかわからずそわそわしていると、目の前に一台の黒いイギリス製のSUVが止まる。
それはあまりにも望月君とのイメージが違いすぎて、違う人だろうと思っていると、運転席から一人の男性が降りてきた。
いつものふわりとした髪はバックにセットされており、目元にはサングラス。
まったくいつもと違う様子の彼に、ドキッとするのを通り越して、呆然としてしまう。
「誰かと思った……」
素直に言葉を発すれば、彼はふっと笑うと、まじまじと私に視線を向ける。
「柚葉さんも可愛いですよ」
そのセリフに、ぶわっと顔が熱くなる。今まで何度そんなことを言われても、軽く「はいはい」とあしらえたのに、どうして今さらこんなふうに照れてしまうのか。
彼の雰囲気が病院と違うからだと自分に言い聞かせると、私はコホンと咳払いをした。
「この間のお詫びよね。なんでもおごるわよ」
取り繕うように言えば、望月君は私を車の助手席にエスコートする。
慣れたその手つきに、私は何も言えず、そのまま乗り込んだ。
そのまま静かに車が発進して、私はちらりと運転する彼に視線を向けた。
慣れた様子で運転する姿は様になっており、病院とは別人のように見えた。
「運転するんだね」
「ええ」
あっさりと肯定され、この車内の空間が落ち着かず、私は言葉を探す。
「えっと、何が食べたいの?」
「俺の好きなものでいいんですよね?」
真っすぐに前を向いたままの望月君の問いに、私は小さく頷く。
どんなものが好きなのだろう。そんなことを思っていても、特に返事はない。
今までの彼ならば、「僕、パスタが食べたいです」そんな答えが返ってくるはずだ。
「あっ、でも望月君、お酒飲めないし、どこか洋食屋さんとか、そういうのがいい?」
先手を打つべく提案するも、彼はちらりと私に視線を向けた。
「飲めないんじゃなくて、飲まないんです」
その意味深な言葉に、望月君を見れば涼しい顔をしている。
「みんな弱いって……」
「そう思わせておいた方が楽だし、めんどくさくない」
淡々と口にしたセリフに呆然としつつ、私はそのまま運転する彼を見ていた。
「呼び出しがかかった時に、飲んでたら対応できないでしょ」
ため息交じりのそのセリフに、そのために飲まないのだとわかり、私は反省する。
どこまでも彼は責任感のあるドクターなのだ。
「そうだよね」
「でも、今日はすべて頼んできたし、飲みますよ」
その意味深な言葉に、私はドキッとしてしまう。
「明日は土曜日、柚葉さんも飲めますよね?」
その問いに、私は答えることができなかった。