テラーノベル
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夏休み前日——
終業式のあと、
教室は いつもよりざわついていた。
机を 引きずる音
ロッカーの扉が 何度も開く音
「プール行く?」とか「宿題やばい」とか、
軽い笑い声が 飛び交う。
私は その真ん中で、いつも通り笑っていた。
「花、夏休みも そのテンションでいてよー?」
「え、むしろ 上がるかも!笑」
大げさに肩を すくめると、周りが笑う。
それを 見ると 少しだけ安心する。
笑っていれば、場は崩れない。
笑っていれば、ちゃんとしている側 でいられる。
ふと視線を 横に流す。
空いている席がひとつ——
「夏休み前に 来れなくてかわいそー」
誰かが 軽く言う。
私は「ほんとだよね」と、軽く頷いた。
それ以上は 何も言わない。
放課後
先生に 頼まれてから、ほとんど毎日
私は あの道を歩いている。
最初は 義務感だった。
でも今は、半分くらい習慣だ。
インターホンを 押すと
数秒の沈黙のあと、ドアが 開く。
「また 来たの。」
低い声。
歓迎していないのは 分かっている。
「うん、皆勤賞」
わざとらしく笑うと、海利君は 小さく眉を寄せた。
「誇らしげに 言うな。」
「え、だめ?」
私は 首をかしげる。
癖みたいに、口角が 上がる。
「…その顔」
「なに?」
「ずっと それだよね。」
視線が 真っ直ぐ刺さる。
一瞬だけ、呼吸が 止まる。
でもすぐ いつもの調子に戻す。
「どれ?」
「笑ってる顔。」
「愛想は大事でしょ?」
「誰に対して?」
「全員。」
即答する。
海利君は 鼻で笑った。
胸の奥に、針みたいな 違和感。
でも 表には出さない。
「ばかみたい。」
「よく言われる。」
今日は なぜか、ドアを閉めない。
少しの 沈黙のあと
「…入る?」
ぶっきらぼうに言われて、私は目を 瞬かせた。
「え、いいの?」
「どうせ帰らないじゃん。」
「正解ー」
玄関を 上がると、家の中は静かだった。
生活音が 少ない。
どこか、時間が 止まっているみたいな空気。
私は 座布団の端にきちんと座る。
海利君は椅子にもたれたまま、距離を 保っている。
「毎日 来るのやめれば?」
「やめない。」
「なんで。」
「気になるから?」
「何が?」
「海利君が。」
「気持ち悪い。」
「じゃあ 学級委員だから。」
「それ便利だよねー、いい人の言い訳みたいな」
その一言で、喉の奥が 少しだけ詰まる。
“いい人”
昔、言われた言葉が ふっと浮かぶ。
――花ちゃんって、良い人だよね!
あの時からだ。
笑っていれば、それでいいと 思ったのは。
「逃げてるとかじゃないよ?」
「さぁ…どうだか。」
海利君は 視線を逸らす。
机の上の家族写真に気づいて、
私は すぐ目を逸らす。
踏み込まない。
「父親、死んでる。」
突然、海利君が 言う。
声は 平坦だった。
「病気。急に悪くなって、あっけなかったんだ。」
私は 何も言わない。
ただ聞く。
「ださいよね。」
その言葉に、思わず 顔が上がった。
「ううん、ださくない。」
「ださくないよ。」
ふと海利君を見ると、
海利君の目が 少しだけ揺れる。
「…木村に 何が分かんの。」
「わかんないよ。」
「でも、ださくない。」
沈黙が 落ちる。
重たいわけじゃない。
でも、軽くも ない。
帰り際、玄関で 靴を履く。
「明日から来なくていい。」
「…夏休みだし。」
「どうだろう。」
「もしかして 来る気?」
私は 思わず少し笑う。
「多分?笑」
「勝手にすればー」
靴を履いて玄関を出る。
ドアが 閉まりかけた瞬間——
「木村」
「その顔、やめればいいのに。」
「疲れない?」
その問いに、心臓が 一拍遅れる。
でも、私は 笑う。
「大丈夫だよ!」
慣れているから——
外に出ると、夏の 匂いが濃い。
頬に触れると、
ちゃんと口角は 上がっていた。
笑っていれば、
壊れないでいられる気がする。
少なくとも、今は。
「笑って。」
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