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#ローファンタジー
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25-1◆職人の貌、そして亡霊の死◆
その日の帰り道。俺の足取りは思議なほど軽かった。
三好を断罪し、長峯を救ったという達成感ではない。
もっと別の感覚。
自らの書いた脚本通りに、世界が動いたという
冷徹な創造主だけが知る万能感。
それが俺の全身を満たしていた。
自宅の玄関を開ける。
「おかえり」
リビングから、姉の彩葉の声が飛んできた。
彼女はソファに寝そべり、スマホをいじっている。
俺が、その横を通り過ぎようとした時だった。
「あんた」
彩葉がスマホから顔を上げる。
そして訝しげな目で俺の顔をじっと見た。
「なんか、今日、雰囲気違うね」
「そうか?」
俺は無表情を装って答える。
「うん。いつもは陰キャ代表みたいな顔してるくせに」
彩葉は、容赦ない言葉を続ける。
「今日はなんかこう面倒な仕事を、やり遂げた職人みたいな顔してる」
(職人か)
面白いことを言う。
俺は彼女のその鋭い観察眼に、内心で感心していた。
「気のせいだ」
俺は、それだけを言うと自分の部屋へと向かった。
背後で彩葉が「ふーん」と呟くのが聞こえた。
部屋に入りドアを閉める。
外界からのノイズを完全にシャットアウトする。
俺はベッドに倒れ込み、深く息を吐いた。
そして目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、今日一日で起きた出来事。
そして三好央馬のあの哀れな姿。
(終わったんだ)
中学の、あの夜からずっと俺の心に重くのしかかっていた亡霊。
俺の臆病さの象徴でもあった三好央馬。
中学から続く長かったあの男との因縁。
今日、その亡霊は俺が書いた脚本通りに醜態を晒し、そして舞台から完全に引きずり下ろされた。
胸がすくような快感はない。歓喜もない。
ただそこにあるのは、一つのタスクを完璧に完了させた時のような底冷えのするような満足感だけだった。
そうだ。これで完了した。俺の長い復讐が。
25-2◆下剋上の代償、そしてその計算式◆
翌朝の教室。
その空気は昨日までのそれとは全く違っていた。
俺が教室に足を踏み入れた瞬間、いくつかの視線が俺に突き刺さり、そしてすぐに逸らされる。
俺は、まず三好央馬の空席を確認する。
そして天宮蓮司の席も、また空であることを。
(天宮は今日も欠席か。また何か”高尚な”用事だろう)
俺はカーストスカウターの広域スキャンを起動する。
クラス全体の力関係が、俺の視界に表示された。
【クラス内序列変動:三好央馬】
【評価:Cランク(Elysion下位) Gランク(追放者)】
【タグ:”道化” ”敗北者” ”圏外”が付与されました】
(当然の結果だ)
俺の視線は教室の中心、Elysionの周辺へと向かう。
女王、久条亜里沙が冷たい声で側近たちに告げていた。
「昨日の三好くんの件だけど。あの土下座はありえないわ。彼はもうElysionのメンバーじゃないから」
「二度と私たちの周りに近づけないようにしなさい。彼の席はもう観客席よ」
その瞬間だった。
俺の視界の隅でメッセージがポップアップした。
【あなたの教室内、序列カーストレベルが変動しました】
【Lv. 識別不能(圏外) Lv. 49(Elysion下位と同等レベル)】
(なるほどな)
俺は自分のステータスを、無感情に確認する。
【参考データ:三好央馬の最大レベルはLv. 48でした】
(三好と入れ替わっただけではない。俺は奴のいた場所をわずかに超えたのか)
(なぜだ?)
俺の問いに答えるように、スカウターが分析結果を表示する。
【レベルアップ要因分析】
・要因A:三好央馬の土下座による社会的地位の失墜(+20pt)
・要因B:体育会系グループからの支持率上昇(+10pt)
・要因C:天宮蓮司への間接的貢献による評価上昇(+15pt)
・要因D:一般生徒からの「英雄的行為」への評価(+5pt)
ミラー:「見たか奏。お前のレベルが、三好を超えた理由、ただ奴を排除したからだけじゃない」
奏:「ああ。『長峯昌吉を三好の暴力から守った勇気ある行動』か。まあ奴の土下座も大きいよな。完全に醜態をさらしやがった」
ミラー:「そうだ。そしてお前自身も怪我を負った。その『悲劇性』がその他大勢の同情を買い、お前を悲劇のヒーローへと仕立て上げた。実に滑稽だな」
奏:「だが目的は達成された」
ミラー:「三好央馬という存在が、虎の威を借るただの滑稽な道化であるという事実を、学校全体の共通認識に変える。そして1軍から観客席に座らせること、だな」
奏:「そうだ。その脚本は完璧に遂行された」
ミラー:「ああ。そしてお前は脚本以上のものを手に入れた。その『新しい地位』という名の武器をな」
ミラー:「で?その武器をどう使う?脚本家先生」
俺はその問いに答えずただ思考を巡らせながら。次のゲームの始まりを静かに待っていた。
25-3◆裏の王の使者、そして新たな憶測◆
その日の放課後。
ホームルームが終わった直後のことだった。
教室の空気が再び凍りついた。
後方のドアが静かに開き、そこにまた数人の屈強な三年生が立っていたからだ。
その中心にいる男。
轟木の相棒、坂元要介の腹心であり、轟木一派のNO3高島だ。
教室中の視線が、彼に集まる。
高島はその視線を、ものともせず氷のような瞳で室内を見渡した。
そして低い声で言った。
「ここに音無奏とかいう奴はいるか」
その名前にクラスがざわつく。
今度は俺か?俺の背筋に冷たい汗が流れた。
スカウターが彼の脅威レベルを表示する。
【Target: 高島】
【脅威レベル:A-(危険)】
(轟木一派。なぜ俺が?)
(昨日の件か?俺はただの仲裁役のはずだむしろ英雄だ)
恐怖が俺の心を支配しようとする。
(そうだ。ビビッていてはいけない)
俺は、思考を切り替える。
(むしろこれはチャンスだ)
昨日、三好が見せたあの無様な姿。完璧な土下座という醜態。
俺がここで堂々としていれば、その格の違いをクラス全員に見せつけられる。
俺はゆっくりと立ち上がった。
そして高島を真っ直ぐに見据える。
「俺が音無だが」
俺のその態度に高島は少しだけ目を見開いた。
だが彼の口から出た言葉は意外なものだった。
「ボスがお呼びだ。ついて来てくれ」
その声に威圧感はない。
ただの事実を告げるような事務的な響きだけがあった。
俺は無言で頷くと、自分のカバンを肩にかける。
そして高島たちと共に教室を出ていった。
俺たちが去った後、教室が爆発的なざわめきに包まれたのを俺は背中で感じていた。
「おいマジかよ音無って、轟木一派と知り合いなのか?」
「てか高島先輩、全然怖くなかったな。むしろ丁寧だったぞ。悪い話ではなさそうだった」
「まさか音無って、裏ではすげえ大物だったりして」
彼らの勝手な憶測。
それもまた俺が望んだ脚本通りの展開だった。
俺の存在は、今や、この教室で最も不可解で、そして最も無視できない「謎」へと変わりつつあった。
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