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kurara
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思い出していた。まだ何も知らないその日を。
────七月二十日。
中学二年生の夏。開いた窓から教室に吹き込む風は全然涼しくなくて、カーテンを小さく揺らすだけ。
きっと生徒の大半が明日から始まる夏休みに意識を持っていかれているであろう。
時折聞こえる声量を落とした男子生徒の声。
アイコンタクトを交わす女子生徒達の表情。
今この瞬間の気持ちの昂りは誰も言葉にしないが、それらが何より雄弁に物語っていた。
此方も担任の長話を聞き流しながら窓の外に視線を向ける。
雲一つない青空は深くて高い。
半分空いた窓から聞こえる蝉時雨に、意識を奪われてしまった。
尤も、夏休みの過ごし方だとか課題の話だとか、そんなものを聞くつもりは最初から無かったのだが。
「あー、暑い!
これからもっと暑くなんだってね、やだなぁ。」
ネクタイを緩めながら若井が零した。
夏休みの前日は午前で終わり。
帰り道、正午にもなれば太陽は真上にあって日差しが肌を焼くような暑さ。
頬に伝う汗を手の甲で拭って見上げた空の眩しさに目を細める。
「これ以上?無理。」
「んね。元貴暑いの嫌いそうだし。」
隣を歩く若井が笑った。その笑顔が眩しくて、余計に体温上がった気がする。
にしても本当に暑い。
休みに入る前の段階でこんなんだったらこの夏持たないかも。
「…あっついな、ちょっと休憩してこーよ」
正直限界。のろのろ歩きながら近くの神社を指さした。
「あ、賛成。俺もちょっと限界かも。」
境内は木々に囲まれていて、差し込んだ木漏れ日が地面に模様を描いている。
石段を上りながら、途中の段に並んで腰を下ろした。
街中の喧騒が嘘のように静かな一帯。
蝉時雨と木々の揺れる心地良い音だけが辺りに聞こえていた。
「えー、めっちゃ涼しいここ。」
「俺の所ちょうど日向なんだけど。」
隣に座る若井が満足そうに息をつく横で、自分が座っている場所は直射日光ガンガン。
石段も熱を持っていて涼むどころかかなり暑い。
「あ、ほんとだ。こっちおいで」
若井が左に寄ったおかげで出来た拳一つ分くらいの空白を詰めるように身体を寄せた。
肩が少し当たるくらいの距離感。また暑くなるんじゃないか、というのは言うだけ野暮。
「今年さ、課題多くない?去年でさえギリギリだったのに。」
「絶対若井より先に終わらせるわ。」
「えー、やだ。一緒に終わらせようよ」
それ去年も聞いた、と返せばまた若井が笑う。
続くのは他愛もない、中身もない会話。
本当に何の中身もないけど、でもそれで良かった。
その横顔を見ていると何故か上手く思考が回らないから。
いつの間にか耳にかけられた髪。
笑う度に細くなる目も汗を拭うその仕草も。
その全てが酷く綺麗に、鮮明に映った。
静かだった空間が一層静かに感じる。近かったはずの声が僅かに遠く聞こえた。
何となく、本当に何となく試してみた。
狐の窓。それはちょっとしたお呪いみたいなもので。
両手で狐の形を作ってから指先をクロスさせて、そのまま手を開く。
簡易的に作ったそれを持ち上げてそこから若井の横顔を見た。
当然何かが見える訳じゃない。し、期待していた訳でもない。
そんなんじゃなくて、ただ。
「元貴?なにそれ」
気付いた若井と視線が合ったから、手を降ろして小さく肩を竦めて見せた。
「狐の窓ってやつ。なんも見えなかった」
「見えたら怖いんだけど。笑」
現実じゃないんじゃないか、って。
その横顔があまりに綺麗だったから、なんて絶対言わないけど。
コメント
5件
うゎ....とっても素敵なお話です、、 夏の情景が上手くはっきり、暑さも伝わってきて、ほんとにすごいなぁって、、 語彙力が無さすぎて、褒め称えられません、、、、
ああ、この距離感……すごくいいですね。肩が当たるくらいの距離で、でも「何か」を確かめたくて狐の窓を使う主人公の気持ち、すごく分かります。現実じゃないんじゃないかって思うほど綺麗なものって、確かにありますよね。この、まだ言葉にならない夏の始まりの感じ、続きが気になります。