テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
雲ひとつない、どこまでも澄み渡る青空。
世界を容赦なく照らしつける、明るい太陽。
足の裏に触れるふさふさとした芝生の感触も、小さな池のなかで陽気に泳ぐ小魚の姿も、すべてが退屈だった。
毎日をここで過ごし、毎日をここで消化している。
本当は、この場所の何一つとして好きじゃない。
胸の奥をかすめる奇妙な疑問だってある。
それでも、深く考えるのをやめて私がここに留まり続けているのは――。
「わっ!」
「うわっ……⁉」
突然、耳元ではじけた大きな声に、私の思考は強制終了させられた。
心臓を跳ね上がらせて振り返れば、そこには見慣れた、ショートのオレンジ髪に少し高めの声,愛嬌のある笑顔。
この退屈な世界で、私が心から大好きな少女。
「みり!」
みりが、ここにいてくれるからだ。
「もー、ペルってば! また難しい顔して、お魚さんとお話ししてたの?」
みりは悪戯っぽく笑いながら、私の顔を覗き込んできた。
〈🩷〉
その瞬間、彼女の水色のワンピースの胸元にある、小さなハート型のブローチ――私たちの【感情】をそのまま映し出す生体モニターが、ぽうっと眩いピンク色に染まる。
色々な感情によってたくさんの色があって
• ピンク〈🩷〉:愛・親愛・好意
• 赤〈❤️〉:怒り・興奮・強い拒絶
• 黄色〈💛〉:純粋な喜び・楽しさ・幸福
• オレンジ〈🧡〉:期待・好奇心・ワクワク
• 青〈💙〉:警戒・悲しみ・冷静な意志
• 水色〈🩵〉:恐怖・怯え・不安
• 灰色〈🩶〉:退屈・諦め・虚無
• 紫色〈💜〉:嘘・偽り・内面との葛藤
基本はこんな感じ。
そしてそのピンク。愛、親愛、そして純粋な好意の色。
その温かい色を見るたびに、私の胸の奥が、じんわりと溶けていくような気がした。
「そんなわけないでしょ。驚かせないでよ、みり」
〈🩷〉
私が苦笑すると、私の胸元にあるハートも、みりへの愛しさを映して同じピンク色に小さく脈打った。
私たちはこの美しい庭に監禁されている『実験体』だ。
感情を色に変える服を着せられ、ガラス張りの空の下で観察されている哀れな存在。
それでも、みりが隣で笑って、こんなに綺麗なピンク色を私に向けてくれるなら、この退屈な檻も耐えられると思えた。
「えへへ、ごめんね? ペルが大好きだから、つい構いたくなっちゃって」
みりは私の腕にしがみつき、いつものように甘えた声を出す。
「ねえペル、今日もあっちの木陰で一緒にお昼寝しよ?」
「そうしよっか」
無邪気に笑うみりの胸元で、ピンクと、ごくわずかな紫のグラデーションが、太陽の光に紛れて静かに揺れた。
「お前ら、またそうやって2人だけの世界に引きこもる気かよ」
呆れたような、けれどどこか楽しげな低い声が、頭上から降ってきた。
見上げると、大きな庭木の太い枝に腰をかけ、長い足をぶらつかせているレムがいた。プラチナブロンドの髪が、まばゆい太陽の光を浴びて白銀にきらめいている。彼の胸元のハートは、いつもと変わらない退屈を示す淡い灰色(🩶)のままだ。
「あ! レム、ずるい! 先に特等席でサボってたなー!」
芝生の向こうから、バタバタと大きな足音を立てて走ってきたのはカイだった。黒髪を風に揺らし、緑色の目を輝かせた彼は、私たちの目の前で勢いよく急停止する。彼の胸元のハートは、レムたちを見つけた喜びでパッと鮮やかな黄色(💛)に弾けた。
「ペル、みり! 聞いてよ、さっき池の裏でさ、見たことない色のトカゲを見つけたんだ! 一緒に見に行こうぜ!」
「もう、カイは子供っぽいんだから。ペルは今から私とお昼寝するの!」
みりがぷくっと頬を膨らませてカイを牽制する。みりの胸元のハートが、独占欲を映して少し濃いピンクに染まるのを、木の上のレムは琥珀色の瞳を細めてじっと見下ろしていた。
「カイ、やめておけ。そのトカゲもどうせ、俺たちの脳波を測定するために研究者が放った機械仕掛けの玩具だ。……なぁ、みり。お前なら、それが本物か偽物か、よく知ってそうだけどな?」
(…?)
時々レムはみりに冷ための態度を取る。
レムの突き放すような冷たい言葉に、みりの身体が一瞬、強張った。
私抱きついていたのみり指先に、ぎゅっと力がこもる。
「……なぁに? レム。私、そんなの知らないよ」
みりが喧嘩をうるような声で言い返す。喧嘩が起こそうなのに気づいて
「そーんな言い方しないの」
私はみりの頭をなでながらみりとレムとの距離を離した。
その瞬間、みりの胸元のハートが、一瞬だけむらさき色〈💜〉に。しかしすぐにいつもの眩しいピンク色〈🩷〉へと塗り潰される。
「なんだよレム、すぐそうやって夢のないこと言うんだから!」
カイはレムの言葉の裏にある刺に気づかず、自分のハートを退屈そうな灰色〈🩶〉に変えて唇を尖らせた。
ペルは、幼馴染たちに囲まれたこの賑やかな空間に、かすかな安らぎを覚えながらも、胸の奥にちくりとした奇妙な違和感を覚えていた。
みんなのハートは、いつも自分たちの感情を素直に映し出している。
なのに、どうして時折、この世界全体が、ひどく作り物めいて感じられるのだろう。
4人の胸元で、ピンク、灰、黄、そして見えない紫が、それぞれの思惑を孕んで静かに明滅していた。
コメント
2件
ああ、もうめちゃくちゃ引き込まれました……! 感情が“色”になって可視化される世界観、すごく繊細で美しいですね。みりの胸元が一瞬だけ紫色に揺れたところ、ゾッとすると同時に胸が締め付けられました。ペルが「退屈な檻も耐えられる」と思うほどみりを愛しているのに、そのみりが何かを隠している——この不穏な空気感、めちゃくちゃツボです。塔って何なんだろう……続きが気になって仕方ないです!