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「……チッ、またかよ」
靴箱に入れられた紙を乱暴に丸めると、|零《れい》はゴミ箱へ放り投げた。
――今時、なんで紙なんだよ。
メールもLINEも知ってるくせに。面白がってんだろう。
『2年A組 |篠原零《しのはら れい》、15:45までに生徒会室へ来ること。3年D組 |神大寺弦《かんだいじ ゆずる》』
格式高い私立|聖音《せいおん》高校。
春に転入してきたばかりだというのに、零はすでに問題児として有名だった。
派手な金髪。教師にも媚びない態度。
「なんで、あんな不良が聖音に?」
「コネ入学ってこと?」
廊下の隅で交わされる噂話を、零は鼻で笑った。
零の成績は学年トップクラスだ。
そうでなければ、名門高校に転入などできるわけがない。
零からすれば、この学校に未練などない。
退学にしたいなら、勝手にすればいい。
静まり返った校舎を歩き、零は生徒会室の重い扉を乱暴に開けた。
「おい、急に呼び出すのやめろよ」
部屋の奥、整然と積まれた書類の向こうで、男がゆっくり顔を上げる。
銀縁の眼鏡。
その奥にある瞳は、氷みたいに冷たかった。
「5分遅刻だよ、零」
弦は時計を見ることもなく、淡々と告げる。
貼り付けたような完璧な笑み。そのくせ、目だけは少しも笑っていない。
零は舌打ちした。
「うるせえよ。スカした眼鏡野郎」
ポケットに手を突っ込み、わざと大きな音を立てながらソファへ腰を下ろす。
「言葉遣いも、指導が必要みたいだね」
「バイトに遅れる。用件だけ言え」
「この学校はアルバイト禁止」
「苦労知らずのお坊ちゃんには分かんねぇよ」
その瞬間、弦が小さく笑った。
「零も、お坊ちゃんの仲間入りじゃないか」
「……誰がだよ」
零の母・百々子の再婚相手は、神大寺グループ代表であり、この学園の理事長――|神大寺詠《かんだいじ えい》。弦の父親だ。
つまり零と弦は、義兄弟だ。
「俺は篠原零のままだ、ずっとな」
広すぎる屋敷。音のしない食卓。無理に笑う母親。
違和感だらけの家族ごっこがはじまった。
「金が貯まったら、神大寺家を出て行く」
「百々子さんが悲しむよ」
「……うざ」
零が吐き捨てると、弦は静かに目を細めた。
「零、ネクタイが緩んでいる」
「だから?」
「校則違反は困るな」
弦が立ち上がる。
それだけで、室内の空気が変わった。
「直してあげるよ」
「や、いい!自分でやる!」
長い指が、零のネクタイへ伸びる。
「動くな」
低い声に、反射的に身体が強張る。
「いい子だね」
弦はその反応を見下ろしながら、わずかに口元を歪めた。
「最初から、素直にすればいい」
蛇に睨まれた蛙みたいだった。
眼鏡の奥にある瞳は、あの雨の日に見た淋しげな色を、もうどこにも残していない。
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